■リヨンが誇るチョコレートの老舗『ベルナション』


日本では、2月はパティスリーをはじめ、製菓業界の書入れどき。今年のバレンタインデーも、相変わらず日本中がチョコレートであふれかえっていた。

もともとヨーロッパ発祥のこの記念日は、特にチョコレートを贈るのではなく、恋人や友人同士が男女でカードやプレゼントの交換をする日。今年もパリでは、この愛の記念日を祝うため、ハート型の風船が放たれたり、レストランのなかには「ダンスの夕べ」を企画するところもあったようだ。パティスリーでも、有名な「ジェラール・ミュロ」をはじめ、バレンタインデー向けにハート型のチョコを売り出す店も見られたが、今年も依然、プレゼントの人気ナンバーワンは花束だったとか。また、テレビのニュースでは、大忙しの花屋をよそに、入念に恋人への下着を選ぶ男性の姿も。


 日本でチョコレートを贈る習慣が始まったのは、昭和30年代半ば、クリスマス以外に売り上げのふるわなかった日本のチョコレート業界が、独自にプロモーション活動を行ったのがきっかけなのだそうだ。しかし、そのときには、望ましい成果はあげられず、失敗。その後どのようにして「チョコレートを贈る日」が定着していったのかは定かではないが、マスコミの発達にともなって、彼らの地道なPR活動が実を結んだのだろう。いまでは「義理チョコ」なる日本独特の習慣までが登場した。いわば、日本のバレンタインデーのにぎわいは、チョコレート業界の努力の賜なのだ。



 チョコレートといえば、ヨーロッパでは、「チョコレート」の定義をめぐって論争が繰り広げられるほど人々の関心も高く、もちろんフランスも例外ではない。少し前の話になるが、昨年9月、フランス・チョコレート界の重鎮、モーリス・ベルナション氏が逝去した。80歳だった。


 残念ながら、日本ではあまり知られていないが、『ベルナション』といえば、食の都リヨンきってのチョコレートの老舗。フランス校の研修生も、開校当初からお世話になっており、製菓研究課程のチョコレート講習には同店のシェフ・ショコラティエ(チョコレート職人)を招いている。その創業者であり、ショコラティエであったベルナション氏は、食通としても知られる現リヨン市長レモン・バール氏に、「フランスで最も優秀なショコラティエ、つまり世界一のショコラティエだ」と言わしめたほどの人物。実際、『ベルナション』のチョコレートは絶品だ。ずいぶん前から息子のジャン=ジャックに舵取りをまかせてはいたが、やはり彼の築き上げてきたものの功績は大きい。彼の伝統を守る情熱と寛容さは息子へと引き継がれ、『ベルナション』のチョコレートは、いまやリヨンの誇りとなっている。


 『ベルナション』について、まず特筆すべきことは、現在ではほとんど失われてしまった昔ながらの技術でチョコレートをつくっているということ。今日のほとんどのショコラティエは、クーヴェルテュールチョコレートと呼ばれる、すでにチョコレートの状態になったものを使用して商品を作るのに対し、ベルナションでは、カカオ豆の段階から商品になるまで、すべての作業を自らおこなう。これはパン屋で言えば、小麦粉を挽くところから始めるようなものだ。カカオ豆も、自ら厳選した、南米、セイロン、マダガスカル産のものだけを使用し、伝統の技術にこだわった、高品質のチョコレートをつくり続けている。なかでも、金箔の散りばめられた「パレ・ドール」は人気のスペシャリテだ。



 しかしながら、これほどまでにすばらしいチョコレートを、『ベルナション』はリヨンの外には送り出そうとしない。「品質が下がる」からだという。彼らのチョコレートに対する情熱と伝統への敬意は、それほどまでに強いのだ。



 リヨンと聞くと、つい星つきレストランの印象ばかりが先行してしまうが、リヨンで食べ歩きをする際には、ぜひ一度、この『ベルナション』に立ち寄ってみてはいかがだろうか。ショップの隣にはカフェもあり、毎日、犬を連れたマダム達がくつろぎの午後を過ごしている。日本のバレンタインデーにはない、優雅なチョコレートとのひとときが味わえるかもしれない。



 言い忘れたが、『ベルナション』には、ランチのみのビストロもある。そこを取り仕切るのはジャン=ジャックの妻、フランソワーズ。なんとあのポール・ボキューズ氏の愛娘である。99年度版『ミシュラン』ではクヴェールひとつ、2000年度版『ゴー・ミヨ』では13点の評価を受けている。もちろんデザートは『ベルナション』特製。また、世界を代表する3ツ星レストラン『ポール・ボキューズ』のデザートにも『ベルナション』のケーキが出されており、芸術作品ともいえるチョコレートケーキ「ガトー・プレジダン」は一見の価値あり。






佐藤 重文






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