自身を含め3人の料理人でスタート。
もともと35歳までには独立したいと考え、当時勤めていたお店のオーナーシェフにもそう伝えていた。その言葉どおり、4年ほどで次のシェフにバトンタッチし、2013年2月、『リ・カーリカ』をオープン。カウンターキッチンの図面を自ら描いて設計し、自身を含め3人の料理人でスタートさせた。コンセプトは、まちに根づくこと。
人を喜ばせるのが好き。
「それまで都心で働いてきたなか、駒沢大学のベッドタウン感が心地良かったんですよ。常連さんがつく場所がいいなとリサーチしてはまったのが、乗降客数も多い学芸大学という立地。普段、いいところで遊んでいる大人が、サンダル履きで来るような場所をイメージしました。もともと人を喜ばせるのが好きなサービスマンの気質をもっていたので、料理もサービスも全員でやるほうが効率的だろうと考えて。火口をカウンター側に向け、料理をしながら全員が笑顔でおもてなしできる店づくりを心がけました」
独立後、早い段階で3店舗を展開。
「12坪20席の店舗なのに、一時期8人まで増えましたからね。その全員が料理人で、長きにわたり主力メンバーとして活躍してくれています。実は最初から必ず3店舗は開こうと決めていたんですよ。当時の飲食店の多くは、休みが少なく労働時間が長く賃金も安く、長続きしづらかった。それを変えたかったので、自分の店というより会社をつくるという感覚のほうが強くありました。雇った人を守って、長く働きやすい環境をつくる。3店舗で利益を上げればスタッフに還元できるだろうと、漠然と想い描いていました」
全員を正社員で雇用し、長く働ける環境に。
開業1年後には、株式会社タバッキとして法人化。スタッフは全員、正社員として雇用し、2015年10月に『カンティーナ カーリカ・リ』、2017年4月に『あつあつ リ・カーリカ』をオープンさせた。
一つの会社でも成長を続けられるよう、経験の機会を提供。
まちに根づき、人を育て、生産者を大切にし、身体にいいものを提供する。堤さんが志す、すべての軸は“人”だった。
「人を育てることありきで考えていたので、各店のメニューもそれぞれのシェフに考案してもらっています。3店舗とも、最初は僕がシェフと店長を務め、話し合いながらスライドさせていく形で委ねました。飲食業っていろんなお店を渡り歩いて経験値を高めていくのが一般的でしたが、同じ会社に在籍しながらも、それぞれのシェフから学べるようにもしたかったんです」
生産者にも学ぶ。
教育の一環として、スタッフにはさまざまなイベントの機会を提供。他店と共同で催す300人規模のBBQ企画や、各地方のデパートでの催事など、 経験を通じた成長を促してきた。
「イレギュラーな作業は、想定外のことが起こるのは当たり前。自分で考える能力がないと乗り切れませんし、その経験がチーム力アップにもつながります。各地の生産者を訪ね、インプットしたものをレポートにまとめ、ほかのスタッフにアウトプットする研修も続けていますが、連れて行ったスタッフは目を輝かせて生まれ変わる。僕自身の教科書も、生産者の声にありますからね」
生産者さんを紹介し合うことも多い。
「自然に敬意を払って毎日仕事をされている考え方が、すっと入ってきて、料理に対する姿勢にも大きな影響を与えてくれています。ナチュラルワインは、今でこそブームになっていますが、当時は扱っている飲食店も少なかったので、仲間意識が強かったんですよね。食材を大切にする考え方も共通していたので、生産者さんを紹介し合うことも多く、結果、食材ごとに全国各地の生産者さんから仕入れるようにもなりました」
地域にも貢献できる会社に。
「“思考と行動を止めない”をテーマに、常に何かやり続けようと、テイクアウトやデリバリーに取りかかりました。すぐに行動できたのは、みんなが主体的に考えられるよう育ってくれていたから。売上げは上々でコロナ禍のピンチは切り抜けられたんですが、いつ覆るかもわからない。社員も増えてきましたし、リスクヘッジが必要です。それに、ここまで育ててきてくれた、まちに恩返しもしていきたい。地域に貢献できる会社にしていきたいとも考えるようになりました」
まちにも開けた場にしようと、ワークショップもできる空間をデザイン。
店舗営業が緩和されてからも、ワインは提供できない日々が続いた。生産者も窮地を迎えている。だったらワインをはじめ、全国の生産者のプロダクトを販売するショップを開こうと、2020年11月、学芸大学エリアに『リ・カーリカ ランド』をオープン。まちにも開けた場にしようと、ワークショップもできる空間をデザインした。
ライフスタイルの変化に応じた働き方も追求。
「ショップ、飲食店、オフィス、ラボという、4つの機能をもたせようと考えたんです。独立開業から8年近く経つと、働いているスタッフもライフスタイルも変わってくる。社内でも2組のカップルが誕生したんですが、出産や育児で働き方も多様化させる必要がある。経理に限らないオフィス業務を増やすためにも、新しいことに取り組もうと考えました」
自社ブランドの商品開発にも着手
『リ・カーリカ ランド』では、自社ブランドの商品開発にも着手。その主力としたのが、トスカーナのピチという太めのパスタに濃厚なトマトソースを合わせた「ピチアリオーネ」をはじめとする、冷凍ピチだった。
「オープン当初からの看板メニューなんですよ。ソースと麺を一緒にし、電子レンジで温めればすぐに食べられるようにするのが難しく、試行錯誤し、納得できる商品にするまでには苦労を重ねました」
工場機能、更にはオンラインショップでの販売にも力を入れていく。
その後、2021年12月には工場機能をもつ『リ・カーリカ ラボ』を新設。製造機器に合わせてレシピをつくり直し、スープやカレー、調味料なども開発。オンラインショップでの販売にも力を入れていく。
おいしさを担保した冷凍食品をつくる。
「無農薬野菜とかって、生産量をコントロールしづらいんですよ。買ってもらえなえなければ廃棄になるし、形が悪ければスーパーに並べられません。食材の高騰、フードロス、持続可能な生産など、さまざまな課題があるなかで、僕らに何ができるだろうと考えたとき、おいしさを担保した冷凍食品をつくることだと、さらに開発を進めていくことにしたんです」
スタッフがやりたいと思えることを実現していきたい。
「好きな生産者のそばにお店を開き、そこで採れた野菜にかけるだけで立派な料理になるようなソースが開発できれば、地方に役立つことにもつながるはず。そんな話題でスタッフたちと盛り上がり、プロトタイプとして『タバッコ』事業を始めました。スタッフがやりたいと思えることを実現していきたいんですよね」
社員それぞれが自発的に行動できる体制を。
現在の社員は約30人。持続可能な雇用に向けて、社内に事業企画部、料理開発研究部、広報部、ワインサービス部、管理部、物販戦略部、人材開発部という7つの部署を設置。社員それぞれが自発的に行動できる体制を整えた。
「職人を育てる」という意識だけでは成り立たない。
「これからの料理人は、会話の仕方やサービスの仕方、ビジネススキルも身につけるべき」だと堤さん。より働き方も自由になってきた現在、これまで強かった「職人を育てる」という意識だけでは成り立たないと指摘する。
めざすは全員が能動的に動けるチームづくり。
「職務を多角化させるには、適性を見極めることも大切です。たとえば料理を開発するのが苦手な人でも、同じことを真面目にやり続けることに長けていたりもするし、調理が遅い人でも、ワインの管理を任せたら誰よりも秀でたりもする。うちでは人の資質を知る診断ツールで各自のパーソナルデータをつくり、どういう仕事が向いていて、どういうところを伸ばせばいいかを考える。全員が能動的に動けるチームづくりをめざしています」
独立するスタッフにも、会社として何かしらフォローを続けられる体制を模索。
誰もが独立をめざす時代ではなくなった今、飲食業界においても持続可能な雇用は大きなテーマだ。独立を目標にする場合でも、開業はできても継続は難しい。独立するスタッフにも、会社として何かしらフォローを続けられる体制を模索している。
幸せが連鎖する飲食業は楽しい。
「飲食は、単に料理を提供するんじゃなく、食に対する価値や幸せを提供する仕事。空間や笑顔をつくるための努力が必要です。AIに取って代わられる仕事が増えてきていますが、人とのつながりは決してなくなりません。やりがいがあり、お客様を幸せにして、自分自身も幸せになれる。大好きないい仕事です。つながりの連鎖を意識すれば絶対に楽しいと思うので、興味がわいた人には飛び込んできてほしいと思います」