1973年のある夏の日。今日も気温は上がりそうである。でも、湿気が少なく、木陰に入るとさわやかで、風があればさらに心地よい。
レストラン「ピラミッド」では、7月と8月の2ヶ月、雨天以外は屋外のテラスでのサービスとなる。大きな木がこんもり葉を茂らせて夏の強烈な太陽をさえぎり、色とりどりのバラが咲きこぼれる庭を眺める、快適空間がそこにある。
そして夜ともなれば照明が入り、いやが上にも雰囲気は高まって、テラスは一場の舞台となる。
この店の女主人はマダム・ポワン。彼女は外国からの若いカップルを笑顔で迎え、テーブルへとエスコートする。二人はこの夏のヴァカンスを利用してフランスを訪れ、パリから南仏コート=ダジュールへ向かう途中でこの評判のレストランを予約した。
メートルドテルのムシュ・ヴァンサンが渋い声で注文を取り、ソムリエのルイ・トマジがお客の好みと料理に合わせたワイン選びの案内人をつとめる。
三人の年季の入った暖かみのある接客に、初めはいささかの緊張を隠しきれなかった二人もリラックスしてきたようである。《だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうの幸福を引き受けることである》といったブリア・サヴァランの言葉を思い出さずに入られない。
料理人の神様とまでいわれたフェルナン・ポワンはすでにこの世の人ではない。だがここピラミッドでは、彼の料理の真髄をしっかりと継承したシェフのギー・ティヴァルがスタッフを率い、腕をふるっている。
メニューはマダム・ポワンとギーがその日の材料できめ、マダムが手書きにしている。コース料理はいつも2品ずつ用意され、好みのものを選ぶことができる。若い二人はオードヴルに《鱒のムース、トリュフソース》、メインには[《ひらめの蒸し煮、シャンパン風味》]と《ブレス産鶏のビネガー風味》、デザートには[《マルジョレーヌ》]【写真A-7】と呼ばれる菓子を選んだ。
ピラミッドの料理の評判は高く、2人は旅行出発に先立って、このレストランにまつわる話はずいぶん人からも聞き、本でも読んでいたが、今、まさにその料理を自分の五感で味わおうとしているのである。
口に運ぶひとくちごとに、いかに吟味された素材を使っているかが伝わってくる。そして素材とソースのマリアージュ(組み合わせ)の素晴らしさはまさに美味絶賛。「辻調」でお馴染みの「辻調理師専門学校」の「辻グループ校」のホームページです。