www.tsuji.ac.jp 辻調グループ校 学校案内サイト www.tsujicho.com 辻調グループ校 総合サイト blog.tsuji.ac.jp/column/ 辻調グループ校 「食」のコラム





オーベルジュ・ド・リルのメニュー表紙
(ジャン=ピエール・エーベルラン画)


1983年、私はフランス、アルザス地方の郵便局もパン屋もない、バスも通らない小さな村イローゼルンのレストランに研修に出かけることになりました。そのレストラン、オーベルジュ・ド・リルの調理場を、父ポール・エーベルランからまかされて切り盛りしているマルクとは、ポール・ボキューズの店で一緒に修業した旧知の仲です。

4月の初旬、朝夕は暖房を使わないとまだ寒かったことを記憶しています。近所のマリーおばさんの家に間借りして、40人あまりの従業員と一緒に、アルザス名物シュークルートマンステールチーズを飽きるほど食べ(ビールも飲み)ながら働きました。


シュークルート


イル川の小舟

の年はフランス全土で洪水が多発し、店の名前にもなっているイル川も氾濫して車の通行ができなくなったことがありました。でも、何とか店までやって来てみるとみんな平常通りに仕込み中。調理場や客席は一段高くなっているので浸水は免れているのでした。しかしどうやってお客が店にたどり着けるのでしょう。


表を見てみると普段は川につないである小さな船が交通手段になって道路の上を行き交っていてびっくり仰天。本気か冗談か、マルクは、近くまでこれでお客を迎えに行くのだといったものです。幸いお昼前には水は引き、いつものようにオーベルジュ・ド・リルは営業したのでした。イル川のそばで100年以上も暮らし続けてきた一家ならではの話です。

時、マルクは新しい料理を作ろうと毎日色々試しては、父ポールに意見を求めていました。ポールはニコニコして見ているだけで、決して口を出しません。でもその料理がよければ、すぐメニューに書き加えられます。新しい料理を創作する一方で、マルクは父から教え込まれたエーベルラン家の定番メニューも忠実にこなしていました。鮭のスフレ、蛙のムースリーヌ、中でもすばらしかったのは、フォワ・グラのテリーヌ。

このテリーヌの絶妙な味の秘密はフォワ・グラをマリネするための混合調味料、セル・ド・フォワ・グラにあります。調理場の棚に黄色いバケツに入れておいてありました。ある日もう少ししかないのでポールに作り方を教えて下さいとお願いしたところ、いつものようにニコニコしながらウィンクをするだけ。そして昼の休憩が終わって夕方調理場に行くと黄色いバケツにはちゃんとセル・ド・フォワ・グラがいっぱいになっていました。マルクに聞いても、俺も配合を知らないなどといって、これだけは最後までごまかされて教えてもらえなかったのです。でもきっとマルクにはしっかりあの味が伝えられていることでしょう。


フォワ・グラのテリーヌ

オーベルジュ・ド・リルの調理場が親から子へと受け継がれても、3つ星の評価は揺るぎませんでした。ポールの料理に加えてマルクの創作した料理も高く評価されています。イル川の流れが絶えることがないように、エーベルラン一家の物語もまだまだ続くことでしょう。

肥田 順






コウノトリ






書斎


厨房


食卓







辻調グループ 最新情報はこちらから