ナスに挽き肉の詰め物をしてグラタン風に焼いた料理です。ママリガという、トウモロコシのお粥のようなものをパンのかわりに食べます。
料理を再現した人 : フランス料理教授 分林真人
珍しい料理を口にするつど、ジョナサン・ハーカーは、婚約者であるミナのために調理法をメモしているらしい文面が日記にあらわれるが、実際にそのメモは登場しない。文中に取り上げられているのは、ルーマニアやハンガリーでポピュラーな料理ばかりだが、その中で、「インプレタタimpletata」という名前の料理だけは見つからなかった。そこでこれを取り上げて再現を試みた。
翻訳では「挽き肉を詰めたナスビの煮込み」、原文ではegg-plant stuffed with farcemeat(挽き肉を詰めたナス)とのみ書かれている。東欧でナスの料理といえば、ナスと挽き肉を重ねて蒸し焼きにし、ヨーグルトなどが入ったソースをかけたムサカが有名であるが、ここでは朝食にでてくることも考え、英語の原文通りに、ナスに詰め物をしてごくシンプルに焼いてみた。ナスは東欧各国でけっこうよく使われる素材であるようだ。
ナスにいったん火を通し、果肉をくりぬいて、挽肉を合わせて詰め物を作り、ナスの皮に戻して焼き上げているが、いったん火を通した果肉がおりなす独特の香りと、ほのかな辛みを感じるコクのある味は食欲をそそるものである。ちょうどナス餃子の味を思い浮かべていただくと近い物が想像出来るかと思う。
今回再現するにあたって、日本で手に入るナスのなかで、現地のものにより近いものということを考え、米ナスを使用した。米国のブラックビューティという品種を日本で改良したもので、そのため米ナスと呼ばれている。これはヨーロッパの広い範囲で見られる品種に近い。大型でへたが緑色をしているのが特徴で、大きいわりに種が少なく美味である。
ルーマニアの食事は、牛乳をベ―スにしてキャベツやジャガイモを煮込んだもの(チョルバ)、ジャガイモと豚の脂身を炒めたもの、パン、スラニーナと呼ばれる豚の白い脂身の燻製、きゅうりの酢漬け、ヨーグルトなどといった所が一般的である。そして、ここに登場するママリガという、トウモロコシを粉に挽き、塩をした熱湯でかき混ぜながら粥を炊くように煮た物も、かなりの頻度で食されている(ただし、この小説の舞台になったトランシルヴァニア地方では、実際はママリガはあまり食べられていないそうである)。
ママリガはママリグッツァとも呼ばれ、元々はパンの変わりだったらしい。この様な調理法はヨーロッパ全般に見られるもので、とりわけ北イタリアのポレンタはそっくりそのままと言ってよいだろう。他にもあげ出すと限りなく出てくるのではないかというほど一般化した調理法である。収穫したトウモロコシを粉に挽き、煮るだけであるから素朴というより原始的というほうが適切なのかもしれないほどである。
ルーマニアでは人が訪ねて来た時などに、まずツイカと呼ばれる蒸留酒とスラニーナを出してもてなし、家庭の主婦はその間に急いでママガリを用意すると言うのが常のようである。この作品の中での登場するように朝食などにも食されるというのは、この簡単な調理法によるものと思われる。このママリガは前出のスラニーナを炒めたものやチーズと一緒に食する事が多いと聞き及ぶ。
今回はトウモロコシの粉に対して4倍の水を利用したが、好みやその時々の使用法により加減する事ができ、もちろん水を多くすると柔らかくなり、少ないと固く仕上がる。ただし、炊き上がってからしばらく置くとトウモロコシがどんどん水分を吸い、仕上がったママリガがまとまって餅のようになってしまう。イタリアでは故意に放置しておいて、冷えて固まったものをグリルにして付け合わせ等に使う事がある。ここではあくまでも炊き上がりを供するものである。
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