【エスプリ】ひとくちのエピソード(7)
だんごのはなし
北イタリアはロミオとジュリエットの町、ヴェローナ。
冬の終わりのカーニバルには、町のみんながお待ちかねのあの人。
王冠代わりに大きなシルクハットをかぶって、赤ら顔にサンタのようなふわふわ白い髪とひげ。
おっとりした、もしくはもっさりしたハートのキングとでもいいましょうか。
股の下でラバがゆったり上下に揺れながら進むたび、大きなお腹もふるふる揺れます。
手には大きな金色のフォーク。四つ又に尖ったその先に刺さっているのは
ニョッキ。
その人は《ニョッキのパパPapa' del Gnoco》と呼ばれています。
小麦をはじめとした穀物が命の糧だったころ。
気まぐれなお天道さまに悩まされるばかりか、お偉方の戦争にも巻き込まれてしまい、このあたりの土地は荒れ放題。
食べるものが乏しく、ヴェローナの人たちの我慢はもう限界に達しました。
戦う気力すらなくなってしまう前にと、サン・ゼーノ地区の粉屋を襲撃しさえしました。
そんな惨状を目の当たりにして、さすがに心を傷めたお金持ちが施しをしたといいます。
お金持ちの中の一人、ダ・ヴィーコがパンやワイン、チーズのほかに、小麦などの穀物の粉でつくったお団子のニョッキをふるまったのは四旬節前の金曜日。
今では《ニョッキの金曜Venerdi' Gnocolar》と呼ばれます。
また、その彼を記念して、ヴェローナのカーニバルにはニョッキのパパが現れるようになりました。
ニョッキといえば、ジャガイモ。小さなジャガイモの団子。
とはいえ、もともとイタリアにジャガイモはありませんでしたから、昔のニョッキはダ・ヴィーコがふるまったもののように、ほかの穀物でつくられていました。
そこにやってきたジャガイモですが、未知の大陸からやってきた、でこぼこして気味の悪いやつということで、はじめから好かれはしませんでした。
しかし、不作に悩まされる農民たちが小麦のとれないときにも土の下にしっかり実をつける頼れるヤツらしいという噂を聞きつけて、モノは試しとあちこち植えてみるものですから、飢饉が起きるたびにジャガイモ前線は侵攻することになったのでした。
こうしてジャガイモのニョッキが作られるようになったのです。
食べれば満腹、満足度の高いニョッキは、何もヴェローナの町だけで愛されているわけではありません。
例えば、カステル・ゴッフレードという町でも、パパの親戚筋であろう《ニョッキ王》なんていうのがカーニバルに登場します。
ローマの下町に伝わる《木曜ニョッキで、金曜は魚・・・》という言い回しも有名です。
キリスト教の教えで節食に努めなければならない金曜日に備えて、木曜日はニョッキで腹を膨らませておこうというものでしたが、ローマの下町では今週の木曜日も、メニューに踊るGnocchi(ニョッキ)の文字が一際まぶしく客の目を惹いていることでしょう。
ちなみに、ローマ風ニョッキと呼ばれる料理は、スパゲッティの原料でもあるデュラム小麦を粗く挽いたセモリナ粉で作られる小さな円盤形のニョッキで、オーブン焼きにして食べるのが一般的です。
さて、再びヴェローナ。
年に一度のカーニバルで、その年のパパとして仮装できるのはたった一人だけ。
カーニバル前には《パパ選挙》が行われるのですが、立候補した人たちはパパになるためならばどんな手をも厭わないと、投票権を持つ町の人たちに賄賂のニョッキをたらふく食べさせるのだという噂も。
汚職もあっけらかんとしていれば、清清しくさえ思えるものです。
ちなみに、ヴェローナでは馬やロバを煮込んだ料理も有名で、ニョッキと合わせて食べることもありますが、それゆえパパはラバに乗ってやってくるようです。
煮込んでしまうラバに乗ってくるのもなかなかのものですが、さらに気になるところがありますね。
息子をフォークに刺すのはどうでしょう。
お茶目なおじさんがまん丸かわいい息子のニョッキをフォークに突き刺して、堂々と天高く掲げる姿、その男をパパと名づけるセンス。
この国には、まだまだおもしろいものがありそうです。