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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】真っ赤に輝くスパイシーフェスティバル~エスプレット村の唐辛子祭り~

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2015.02.20

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>

フランス南西部、小さな村エスプレット。スペインまですぐの国境近くにあり、バスク語圏であることから村の入り口の看板にもフランス語とバスク語の二つが表記されています。
この村の特産品は真っ赤な唐辛子「ピマン・デスプレット Piment d'Espelette(エスプレット唐辛子)」。A.O.P.(注1)を取得した、ヨーロッパで一番有名な赤い唐辛子です。

村の看板 エスプレット唐辛子
(左)村の看板
(右)エスプレット唐辛子

唐辛子なんてどれも同じようなものなのでは、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、エスプレットの唐辛子は日本で一般的な"鷹の爪"と呼ばれる唐辛子とは、姿も味も完全に別のものなのです。形は日本の唐辛子よりも太く、大きいです。少し先の細いピーマンといったところでしょうか。辛さも、日本の唐辛子のおよそ20分の1ほどで(注2)、マイルドで爽やかな辛さを持ち、トマトや干し草に例えられることもあるという、心地よい独特の香りも感じられます。
料理にピリッとした辛さのアクセントを与えたり、チョコレートとの相性も良く、意外にお菓子にも使いやすい唐辛子です。
産地がこのエスプレット村である事や、特定の品種、枝の高さなど非常に細かい規定が多く設けられており、これらをすべてクリアできた製品だけが「エスプレット唐辛子 A.O.P.」を名乗る事ができます。(注3)

南米原産である唐辛子は大航海時代にヨーロッパにもたらされましたが、とりわけ唐辛子がエスプレット村に根付いた理由の一つには、この地域の地形が関係しているそうです。
バスク地方は雨が多い地域ですが、傾斜のある地が多く水はけが良い上、この傾斜のおかげで作物が均一に太陽を浴びられるため、エスプレット村は、唐辛子の育成に大変適しているのだそうです。今ではエスプレット唐辛子は、バスクの料理には欠かせないスパイスになりました。

唐辛子は一年草で、毎年2月に種を植え、5月に苗を畑へ移し、8月中旬から10月末までが収穫時期。収穫は、すべて手作業で行われるそうです。1965年以来、エスプレット村では毎年秋に唐辛子のお祭りが開催されます。収穫祭であるこの祭りは、その年の唐辛子の収穫時期が終わる、10月最後の土日に開催されるそうです(注4)。唐辛子のお祭りとはどんなものかと思い、行ってみる事にしました。

お祭りの広告
お祭りの広告

村に着くと、太陽を浴びつやつやと輝く唐辛子たちが出迎えてくれました。

壁いっぱいに吊るされた唐辛子
壁いっぱいに吊るされた唐辛子

収穫して間もないその唐辛子はみずみずしく、鮮やかな色が村を彩っていました。今年3月に近くの都市ビアリッツを訪れた帰路、このエスプレット村に立ち寄ったのですが、その時村中に飾られていた唐辛子は完全に乾燥し、褐色だったのとは対照的です。その時の村の様子も深味のある色の良さがありましたが、数カ月限定のこの風景も絶景です。

このエスプレット村独特の壁の唐辛子は、かつては収穫後の唐辛子を粉末にするためと保存のために乾燥させる必要があり、どこの家でもこのように壁一面に吊るしていた事が起源なのだそうです。たくさんまとめてつるした状態にしたこの唐辛子の事を「コルド CORDOS」と呼ぶそうです。調べてみたもののはっきりとした語源は分かりませんでしたが、フランス語でひもやリボンの事を "コルドン CORDON" と言いますので、そこから派生した言葉なのかもしれません。

実用目的でコルドを壁に吊るしていたのは1950年代までで、それ以降は衛生上の関係で専用の機械の中で乾燥させたものを販売しているそうですが、昔ながらの家並みを受け継いでいくため、今でも壁を唐辛子のコルドで装飾する事を続けているそうです。
粉末にしたものは瓶詰めや真空パックでたくさん売られています。ですが胡椒と同じように、唐辛子も引き立ての香りが一番良いことから、地元の方々にはコルドのまま保存するという方法が選ばれ続けているのかもしれません。

唐辛子のコルド 唐辛子のコルド2
唐辛子のコルド


このお祭りのため、小さなこの村に一杯の観光客が押し寄せます。以前訪れた時とは比べ物にならないくらい観光客と祭りの屋台で賑わっていました。

3月に訪れた時のメインストリート 今回訪れた時のメインストリート
(左)3月に訪れた時のメインストリート
(右)今回訪れた時のメインストリート

向こうの広場から聞こえるお祭りらしい賑やかな音楽隊の演奏を遠くに聞きながら、わくわくする心を抑えてまずは腹ごしらえを。早速何か名物料理を...と探していると、どこのお店でも一様に「唐辛子祭りのスペシャルメニュー」の看板が出ています。

張り出されたお祭り特別メニュー
張り出されたお祭り特別メニュー

スペシャルメニューのメイン料理は、バスク地方の名物料理の一つ「アショア AXOA」。羊の肉をミンチ状にしてニンニク、唐辛子、ピーマンを一緒に柔らかく炊いた素朴な料理です。どこの店に入るか迷ってしまいましたが、何軒かの店を回り、テラスで食べられている料理や人々の様子を見比べた結果、アショアとジャガイモが人数分たっぷりと盛られたものを、豪快に分け合って食べるスタイルのお店に入ることに。

太陽のもとで食事を楽しむ アショアとじゃがいものロースト
(左)太陽のもとで食事を楽しむ
(右)アショアとじゃがいものロースト

村のすべてのレストランが満席で、みんな列をなして順番を待っていました。普段あるテーブル数ではとても追いつかないためか、仮設されたテラスの簡単なテーブルに座らされ、まずは、エスプレット唐辛子入りのカクテルを。このカクテルは、喉の奥からポカポカしてきて食欲を掻き立てられ、唐辛子のメリットを生かした素晴らしい出来栄えでした。

エスプレット唐辛子入りカクテル
エスプレット唐辛子入りカクテル


名物アショアは、口に入れるとまずはジューシーな羊の味を感じ、そのあとにニンニクのコク、唐辛子の香りがして何とも食べ応えのある一皿でした。付け合わせのジャガイモも揚げたというよりは油で煮ているような感じで柔らかく、合わせて食べても口の中がしっとりと食べられました。

デザートにはガトー・バスク(注5)を。さくさくの生地と、甘くバターが香るしっとりとしたケーキは、一切れでも満足できるデザートでした。コーヒーを飲み終わったら、さあお祭りへ。

ガトー・バスクと羊乳のチーズ
ガトー・バスクと羊乳のチーズ

ずらりと並ぶ屋台で売られているのは、ほぼ唐辛子にまつわる商品ばかり。色鮮やかな唐辛子のコルドの他、粉末にしたものの瓶詰めも、ふんだんに並んでいます。

photo15 瓶詰めの唐辛子のペーストやジュレ
(右)瓶詰めの唐辛子のペーストやジュレ

収穫して間もない生の唐辛子は辛く、乾燥するにつれ甘くなり香りも深くなっていくそうです。実際に生の唐辛子を試食しましたが、唐辛子の中の白いワタの部分が非常に辛く咳こむほどでした。ですが、赤い果肉の部分はパプリカのように甘かったので乾燥するにつれ一体化していくということなのでしょう。

現地の人々は収穫後、コルドにした唐辛子を保存しながら、肉のパテ、煮込み、オムレツなどに唐辛子を入れたりかけたりして様々な料理に用います。料理に使うための唐辛子はもちろんのこと、この時期限定のフレッシュの唐辛子を入れた唐辛子ワインもありました。エスプレット唐辛子の辛味、香り、コク、そして美しさを色々なアイディアで活かし、何とも面白い商品ばかりでした。

香辛料の香る唐辛子入りの甘いパン 唐辛子入りのマスタード、塩と唐辛子を合わせた調味料
(左)香辛料の香る唐辛子入りの甘いパン
(右)唐辛子入りのマスタード、塩と唐辛子を合わせた調味料

中でも私が気に入ったのが、このお祭り限定の、唐辛子の首飾りです。一粒の唐辛子にヒモをつけただけの何とも簡単な作りで、あちこちで売られていました。

一粒唐辛子のネックレス
一粒唐辛子のネックレス

あたりを見渡せば村を走り回る子供たちからお年寄りまで沢山の人々が首から下げていて、一つ1ユーロと、お祭り気分を味わうにはお手頃の値段。わたしもすぐに買いました。
首飾りを売っていた屋台の方に聞くと、この利益は、今年の夏、水害にあった唐辛子畑の再建のために募金されるとのこと。バスク地方はもともと降水量が多いのですが、この夏バスク地方を襲った水害は特に深刻なものだったそうです。こうやって助け合いながら、この小さな村が唐辛子を守ってきたんだな、と心が温まりました。

水害にあった畑の救済目的の一粒ネックレス売り場
水害にあった畑の救済目的の一粒ネックレス売り場


メイン会場である村の中心広場へ行ってみると、白いシャツに赤のスカーフをまき、頭にはベレー帽のバスクの正装をした音楽隊が音を合わせているところでした!

音合わせをする音楽隊 photo22
音合わせをする音楽隊

演奏中にも関わらず、太鼓を演奏していたおじさんが音楽隊の列から抜けて、私達に話しかけてきました。

演奏中でも声をかけてくれた優しいおじさんと筆者
演奏中でも声をかけてくれた優しいおじさんと筆者

おじさん「日本人か?? どう?楽しんでる?」
私「はい日本人です。すごくきれいですね。真っ赤でフレッシュな唐辛子は初めて見ました!」
おじさん「そうだろう、この祭りはバスクで一番綺麗な祭りなんだ。一番小さくてね。」
私「そうなんですか。素晴らしい! 前に来た時よりも人が沢山いてびっくりしています!」
おじさん「その通り、いつもの20倍くらいの人がいるよ。でも今日より、明日の日曜日の方が沢山の人が来るはずだよ。楽しんでね!」
私「ありがとうございます!」
おじさんが列に戻ると、音楽隊は演奏をしながら村を行進していきました。

東洋人の観光客がほとんどいない中、珍しさから声をかけていただいたのかもしれませんが、今日はエスプレットの土地とその名産である唐辛子の収穫を祝う祭り。ということで、それを訪ねてはるばるやって来る "まれびと" を精一杯もてなしたい、という、地元の方の愛情と誇りが感じられました。その後も2組の別の音楽隊が行進をし、お祭りを一層盛り上げていました。

赤いポロシャツの音楽隊 みんなに注目されて行進していく
(左)赤いポロシャツの音楽隊
(右)みんなに注目されて行進していく

一つの小さな村の唐辛子だけのために、私も含めこんなにも多くの人が集まるなんて、これこそが、世界の人々を魅了するエスプレット唐辛子の力なのでしょう。唐辛子を支える人たちと、村に住む人たちを支える唐辛子。もし機会があれば、アイドルのように愛されるこの唐辛子と、この美しい小さな村をぜひ一度訪れてみて下さい。

美しいエスプレット唐辛子
美しいエスプレット唐辛子


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注1 A.O.P.(原産地名称保護):特定の生産物や加工品に対して原料、飼育栽培法や製法などを細かく規定した品質保証表示制度の略称。良質な製品の名前を、質が劣ったり製法の異なる製品が不正に名乗る事態を防ぐ事を目的とする。

注2 「エシェール・スコビル(唐辛子の辛さの目盛)」では、最高10レベルの内、日本の鷹の爪は8レベル、エスプレット唐辛子は4レベル。

注3 エスプレット唐辛子A.O.P.を名乗るためには、以下の条件が必要とされる。
1)エスプレット村で生産しているものであること
2)「ゴリアGorria」という品種の唐辛子であること
3)枝の高さは0.6~1.5m
4)一つの枝に15個から30個の唐辛子の実をつけること
5)一つの枝にできた唐辛子の総量が300g~1kg
6)唐辛子の大きさ(長さ)は6~14cm
7)1ヘクタールの畑に植えられる苗は2700本まで

注4 トゥッサン TOUSSAINT(諸聖人の日:フランスの祝日で、毎年11月1日)と週末が重なる年は、11月最初の土日が開催日となる場合もある。

注5 ガトー・バスクについては、「ガトー・バスクを巡る旅~誰もが愛する素朴な地方菓子の魅力2~」 を参照ください。

取材協力
L'Office de Tourisme d'Espelette