【半歩プロの西洋料理】モツと食べたい?~リヨンとなにわのソウルフード~
『大阪=粉もん』。関西の、いや日本の食文化の中にはそういうイメージがしっかりと根付いている。
外はカリッと中はトロッとした「たこ焼き」、ふんわりとした分厚い「お好み焼き」、出汁で食べさすモッチリとした「うどん」、表面はサクッとしていて中はふんわりとした分厚い衣の「串かつ」...全てが大阪のソウルフードであることは間違いない。
少し小路に分け入れば、かならずある子供のたまり場
チェーン店から1枚数千円の高級お好み焼きまで、客層も様々
通天閣をのぞむこの界隈には有名、無名、数限りない店が並ぶ。まさに「串かつ天国」
しかし、大阪の街を歩いてみるとそんな粉もんの看板と肩を並べて、もうひとつの「モン」の看板やのれんが幅を利かせている。
平日の昼間から賑わう、モツの聖地
そう、「ホルモン」である。
「ホルモンうどん」、「ホルモン煮込み」といった看板も数多く見られるし、ステーキは牛肉ならぬ「牛肝(レバー)」であったりする。
下処理したホルモンを長時間煮込み、そのままで、あるいはうどん、そば、豆腐にかけて食べさせてくれる。なにわの名店
「牛肝ステーキ」って、フランスのビストロ料理を想像してしまうが... あくまで、なにわテイストである
居酒屋の前には一時流行った「モツ鍋」の看板だって健在だし、「イベリコ豚のかすうどん」、「イベかすカレー」などという新顔に出くわすことも少なくない。
イベかすって...油かすを作るには腸が大量に必要なのだけど... ということは抜きにして、そそられる看板が...
街を歩けば、肉屋ならぬホルモン屋が堂々と営業しているのも、こういった店がたくさんあることの証なのかもしれない。
自宅から徒歩でわずか3分、「フレッシュホルモン」発見!今まで気付かなかった...
庶民の街で見かける看板の数を見ると、ホルモンは大阪のもうひとつのソウルフードであるといっても過言ではないかもしれない。
肉は食べて内臓は捨てる。関西弁で「すてるもの」は「放(ほお)るもん」、だから「ホルモン」と呼ばれるようになったという説もあるが、明治維新後にドイツからの医学が流入してきて、生物が体内に持っている生理活性物質(ホルモン)という言葉が伝わり、内臓は安価で精力がつきそうというイメージから「ホルモン」と呼ばれるようになったという説もある。昔はすっぽん料理もホルモン料理と呼ばれていたということがあるし、野生の肉食獣は先ず栄養価の高い内臓から食べることもあるので、後者のほうに真実味を感じるのは私だけではないだろう。何より畜産副生物とされている内臓類には「心臓=ハツ」を始めとして外国の言葉に由来する呼び名が多々ある。
そういえば、この店はホルモンと一緒にすっぽんも提供している
日本では内臓を白ものと赤ものの2つに分け、そこに畜産副生物である内臓ではない肉の塊が加わるので、大きく3つに分類される。さらに焼肉店を中心に肉の部位と同じく内臓も細かく分類することが多い。フランス料理でも内臓を赤と白に大まかに分類するので、よく使われる部位について簡単に紹介してみよう。
◎アバ・ブラン abats blancs
アバ・ブランとは白い色をしている臓器で、胃、腸などの消化器系の内臓が中心になる。丁寧な下処理の後、しっかりと下ゆでしてから調理するのが一般的で、内臓の持つ独特の風味とソースとの組み合わせで食べさせる。下処理の丁寧さと下ゆでする時間が料理のできばえを大きく左右する。料理の手際や技術に自信のない場合でもじっくりと取り組めば、それなりの出来栄えが期待できるのが、これらの食材の特徴かも知れない。
先ず、胃袋である。牛の胃は4つに分かれていて、順番に食べ物を移し変えながら反芻していることはご存知だと思うが、その実物を見る機会は少ないのではないだろうか?
第一胃、ミノ(フランス語ではパンス panse)
こぶ胃とも呼ばれる。厚さはまちまちで、ゴツゴツしていて、全体が剛毛(?)に覆われている
まだ形のしっかりとした食物をすりつぶす力を持った、筋肉の固まりのようなごつごつした部分と、薄い袋状の部分が入り混じった臓器。焼肉屋でお目にかかる上ミノとは、この中の最も筋肉が発達した部分だけを取り出してきれいにむき身にしたものである。脂肪分が少なく、代表的な料理としては、以前別のコラムで紹介したリヨン風のソテーなどがよく知られている。
Gras-double à la lyonnaise
(牛胃のソテ、リヨン風)
甘く炒めた玉ねぎと白ワイン酢の酸味が、柔らかくゆでた後に表面をしっかりと焼き固めたミノと絡み合って、お酒のあてにはピッタリの一品(グラ=ドゥーブルとは、下ゆでした第一胃の別名)
第二胃、ハチノス(仏語:ボネ bonnet)
細かいひだが規則正しく並んでいて、蜂の巣の小部屋を思い起こさせる
日本で一般に流通しているのは、右のように黒い薄皮をむいた状態のもので、ほとんがオーストラリア産である
左のような薄皮付きのものの多くは和牛や子牛のもので、事前予約して購入する必要がある
厚さが均等で規則正しく並んだ表面の凹凸が特徴的。本来、左の写真のように黒い薄皮で覆われている。右の写真のようなむき身にしたものが流通していることもあり、家庭で最も使いやすい内臓のひとつである。以前別のコラムで紹介したタブリエ・ド・サプールや煮込み、リヨン風のソテなどと様々な料理に使われる千両役者ともいえるかもしれない。日本の商店ではほとんどが焼肉用に小さくカットされて店頭に並ぶ。
Tablier de sapeur (タブリエ・ド・サプール)
生のハチノスを酢やワイン、マスタードに3~5日間漬け込み、柔らかくしてからパン粉焼きにした伝統的な料理。
近年は事前に柔らかくボイルしてから作ることが多いので、内臓特有のクセがほとんど無く、内臓料理の初心者でも食べやすい
※タブリエ・ド・サプールをアレンジした料理、「牛胃のマスタードフライ」のレシピはこちら
第三胃、センマイ(仏語:フイエ feuillet)
センマイという名は、特徴的な黒い薄皮で包まれた状態のひだが、まるで「千枚」重なっているように見えることからついた。胃壁自体が薄いので、軽く焼いてコリコリした食感を楽しむことも、しっかりと煮込んで柔らかい食感を楽しむことも出来る部位である。
第四胃、ギアラ(仏語:カイエット caillette)
赤セン、赤胃、皺胃と様々な呼び名がある
内臓を扱う精肉店でも余り見かけることの無いものであるが、内臓料理を売り物にしているレストランでは比較的よく使われている。胃壁と皺状になった数多くのヒダの間にたっぷりと脂肪を含んでいるのが特徴で、煮込み料理にはもってこいの部位である。焼肉屋や専門料理店には新鮮なものが入手できる流通ルートがあるようで、きちんと予約さえすれば新鮮なものが手に入ることも多い。
Tripes à la mode de Caen (牛胃の煮込み、カン風)
たっぷりのカルヴァドス(りんごのブランデー)とシードル(りんご酒)で煮込んだ「カン風トリップ」はぶどうの育ちにくいノルマンディー地方の代表的な郷土料理で、たっぷり入ったにんじんとお酒からの甘味が癖になる逸品
続いて腸である。小腸と大腸(しま腸)という手に入りやすいものの他に直腸(てっぽう)が一般的である。全て切り開かれた状態で、比較的きれいに掃除されたものが流通しているので、軽く洗えばそのまま料理に使うことが出来る。フランスではこの小腸や胃を使った「アンドゥイエット」という内臓を詰めた白いソーセージが有名である。特に直腸に詰めてしっかりと燻製したアンドゥイユはそのまま薄く切っても温めて食べても絶品で、私の好物のひとつである。
腸(トリップ tripes:胃・腸を合わせて消化器系の内臓を総称する際にはこう呼ばれる)
三つの腸を並べてみると、厚さ、幅などが明らかに違うのが良くわかると思う
小腸(ムニュ・ド・ブフ menu de boeuf)
ソーセージのケーシング(皮のこと)にはこの小腸を処理したものが使われ、JAS規格では豚の腸に詰められたソーセージは「フランクフルトソーセージ」と呼ばれる
大腸(グロ・ド・ブフ gros de boeuf またはショダン chaudin)
はっきりした表面の凹凸から、しま腸と呼ばれる
やや肉厚で食べ応えがあるため、焼肉店でも人気の部位
直腸(グロ・ド・ブフ gros de boef)
てっぽうとも呼ばれる
排泄物が通過する部分なので、特に丁寧に処理されたものが流通している
◎アバ・ルージュ abats rouges
アバ・ルージュとは主に赤い色をしている臓器で、心臓、肝臓、腎臓などの循環器系の内臓が中心である。丁寧に血抜きをすることにより臭みは少なくなるが、抜きすぎると味も抜けてしまうことになる。牛肉のステーキと同じく、好みの火通し加減にして、血の味や素材の柔らかさを残して楽しむことが多い。中途半端に火を通しすぎると固く味気ないものになってしまうので、火通しのテクニックが料理のできばえを大きく左右する。
胸腺のような高級食材や脳みそ、脊髄といった神経伝達系の組織など、見た目が白いものもここに含まれるし、睾丸は白い腎臓と呼ばれてここに分類されている。これらの白いアバ・ルージュは丁寧に血抜きした後、一旦火を通してから改めて調理することが多い。素材の持つ独特のなめらかさや繊細さを楽しむ食材であるが、BSE発生以降、胸腺を除いた牛や羊の脳みそや脊髄は流通しなくなり、豚以外のものは今では幻の食材となりつつある。
腎臓(仏語:ロニョン rognon)
表面を覆う脂はケンネ脂(すき焼きなどに使うあれ!)
アバ・ルージュの代表格といえばロニョン(腎臓)であるが、分厚い脂肪に覆われた赤いマスカットのような肉の塊は、丁寧に内部の尿管を取り除けば、嫌なにおいも残らず、最上の内臓料理の食材となる。調理の際、火を通しすぎると嫌な臭みが出てくるので、火通しには細心の注意が必要になる。
Rognon de veau grand-mère
(子牛腎臓のロースト、グランメール風)
腎臓をローストし、グランメール風の付け合わせ<ラルドンとじゃがいものリソレ、小玉ねぎのグラッセ、シャンピニョンのソテ>と共に濃厚なソースの中で仕上げた一品(ラルドン=フランス風のベーコンを細い棒状に切ったもの)
肝臓(フォワ foie)
内臓の中で最も大きく、かなり重い。仔牛のものでも結構大きい
レバーは鉄分豊富で栄養価が高く、ステーキ肉のように好みの焼き加減で食べたり、新鮮なものは蒸して食べたりする。これも火を通しすぎないことが調理のポイントである。生肉を食べる習慣のあるヨーロッパの人々もこれを生で食べることはほとんどない。
Foie de veau à la vapeur, sauce gribiche
(子牛レバーのア・ラ・ヴァプール、グリビッシュソース添え)
柔らかい子牛のレバーを丁寧に下処理して軽く蒸し、ゆで卵やピクルス類の入ったドレッシングで食べる
心臓(仏語:クール cœur)
このように、しっかりとしたきれいなものが流通している
大きく切り開いて、中に残った血の固まりと、表面の薄い膜を取り除いてから使用する
心臓は、生まれてから死ぬまで一時も休むことなく動き続けている臓器なだけあって、しっかりとした噛み応えのある筋肉の塊である。脂肪分を含まず、癖の無い赤身で内臓だといわれても信じられないぐらいにおいしく食べることが出来るため、かつての日本では挽き肉に混ざっていることもあったという。やはり火を通しすぎると固くなるので、手早く火を通すのが調理のポイントとなる。
Fricassée de cœur de veau aux carottes
(子牛心臓のフリカッセ、にんじん添え)
心臓を手早く炒め、赤ワイン酢、マデイラ酒とフォン・ド・ヴォで軽く煮た料理
子牛の胸腺(仏語:リ・ド・ヴォ ris de veau)
見た目は白いが、消化器系の臓器ではないので、アバ・ルージュに分類される。子牛にのみあって成長すると共に小さくなってゆく臓器である
見た目に白い胸腺は分類上アバ・ルージュに属すが、アバ・ブランと同じように丁寧な下処理をしてから下ゆでし、調理にのぞむ食材である。煮込む際に強火で煮ると固く締まるので、ゆっくりと味を含めるように火を通すのがポイントである。
Ris de veau aux crevettes
(子牛胸腺と車えびのクリーム煮)
淡白でなめらかな肉質なので、甲殻類などと取り合わせることでうまみをプラスする料理に使われることもある
日本で畜産副生物と呼ばれていて、臓器ではない、肉の塊として流通しているものに、ほほ肉やかしら肉、耳、鼻先、舌などの頭部や足先、尾、横隔膜などがある。例えば横隔膜は、日本では「はらみ」、「さがり」などと名付けて、一般に内臓類であるという認識がなされない状態で提供されている。フランスでも横隔膜は肉扱いされることが多い。
また、フランスでは足先はアバ・ブランに分類される。頭は少し複雑で、舌とほほ肉と鼻先はアバ・ルージュに、それ以外の皮を含んだ肉の部位は耳も含めてアバ・ブランに分類される。子牛の頭肉を皮付きのままロール状にして、じっくりとゆでて柔らかくしたものをソース・グリビッシュやソース・レムラードで食べる「テット・ド・ヴォ」は伝統的なリヨンの家庭料理であるが、レストランで注文すると妙にぬるかったり、時間と共に冷めて食べにくくなったりするので、苦い経験を持つのは私だけではないかもしれない。
リヨン近郊はかつて絹織物の生産地であり、そこで働く貧しい絹織工に安価な料理として内臓料理が多く提供されたといわれている。大阪の街でも戦後、食料が乏しい時期に、安くて精力の付く食べ物としてホルモン料理が流行したといわれている。フランスと日本という二つの国の、食の都と呼ばれている二つの街で、「モツ」が好んで食べられている。そして、どちらも低賃金の労働者に「安くて栄養価の高いものを食べてもらいたい」という「お母さんの気持ち」から生まれた食べ物であるという共通点は、大阪で生まれ育ち、リヨン近郊でひと時を過ごした私が、フランスの、特にリヨン近郊の家庭料理や郷土料理に強く魅せられることになった一因なのかもしれない。
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