【半歩プロの西洋料理】 探求「西洋料理に日本料理食材を使ってみたら・・・?」《鮒ずしの段》
<【半歩プロの西洋料理】ってどんなコラム?>
隠れた「県」の魅力を紹介する番組が人気を呼び、各地の暮らしのあり方や珍しい食べ物が紹介をされています。
私の郷土である滋賀県にも、近江牛をはじめ、たくさんの美味しいものがあります。でも、その中で「何が一番?」といわれると、私は迷うことなく「鮒ずし」と答えます。
鮒ずし
ご存知の方も多いと思いますが、私たちが食べている「握りずし」は、江戸時代にその形が出来ました。それ以前、「すし」は以下のように変化をしてきたといわれており、古い形の「すし」ほど保存性を考慮したものであることが分かります。
なれずし ⇒ 生なれ ⇒ 姿ずし、棒ずし ⇒ 飯ずし ⇒ 握りずし
(「飯ずし」とは、大阪の「箱ずし」などのこと)
はすずし(鮒以外にも、写真の鰣<ハス>、鮎、琵琶鱒などのなれずしが作られています)
少し話が横路にそれますが、「生なれ」とは、和歌山の「(鯖などの)なれずし」に代表されるもので、「鯖のなれずし」を例に説明すると、形状は「鯖の棒ずし」と同じですが、鯖は塩鯖を塩抜きしたものか、塩をした鯖を使い、飯にも酢は加えず塩のみして、それを腹開きした鯖に詰め、笹や葦の葉で包み、すし桶に詰めて押します。4~7日おき、飯が発酵し酸味がつけば出来上がります。「なれずし」は、米などの乳酸発酵をさらに進め、その中に魚を漬けることにより、魚を保存と熟成するもので、魚を食べることに主眼がおかれています。要するに「鮓」の字が指す如く、すし類のルーツが「なれずし」にあり、現在そのままの形で存在している最大のものが、滋賀県の「鮒ずし」だということです。
かつては滋賀県の多くの家庭で「鮒ずし」が漬けられていました。そのため「大根の漬物」の漬け方に家々の独自性があるように、「鮒ずし」の漬け方にも微妙な違いがあり、「これが正解!」と言い切れるものがありません。今回、ご紹介する方法は、「滋賀県水産試験場」が、「一般家庭でも漬け易い方法」として指導されているものです。
「鮒ずし」は、①鮒を獲る → ②下処理をし、塩に漬ける → ③洗う → ④干す → ⑤ご飯に漬ける → ⑥発酵させる → ⑦熟成せる、という順で出来上がります。それぞれの工程を少し詳しくお話しましょう。
①鮒を獲る:
漁は産卵前の3月~5月に行なわれます。
本来、鮒は「寒鮒」といって初冬に獲れたものが美味しいとされています。ただ「鮒ずし」の場合、子持ち(腹に未熟卵を持ったもの)鮒の商品価値が高いため、春が漁期となります。琵琶湖には大きく分けて3種類の鮒がいますが、「鮒ずし」には、昔から主に「にごろ鮒」という鮒が使われてきました。「にごろ鮒」は、琵琶湖の固有種で、一説には「似五郎鮒」と書き、「五郎=鯉」という意味で「鯉のように大きくなる鮒」を意味しているといわれています。近年の「鮒ずし」には1歳ものの鮒が主に使われますが3年ものの「にごろ鮒」になると30cmほどの体長になり、まさに鯉のような風格が感じられます。また、「鮒ずし」にすると他の鮒と違い骨まで柔らかく食べられるという特長があり、「鮒ずし=にごろ鮒」となったようです。
にごろ鮒
②塩に漬ける:
水揚げされた鮒は、「ウロコを取る⇒内臓を抜く⇒水洗い」という下処理をし、「塩に漬ける」=【塩きり】という作業が行なわれます。
淡水魚は一般的に鮮度が落ちやすいため、鮒は生きたまま作業場に運ばれます。頭を叩いて脳震盪をおこさせ、ウロコを取り除き、続いて、腹を切らず「壷抜き」や「筒抜き」といわれる方法で、鰓と内臓(卵巣を除く)が取り除かれます。そして何度も水を替え血抜きをします。十分に洗われた鮒は、鰓ぶたのところから腹に押し込むように塩が詰められ、そして一匹ずつ塩で包むようにたっぷりの塩をつけ、桶に隙間なく並べられます。塩はたっぷり使います。塩加減を控えすぎると嫌な匂いの原因となります。漬ける期間は作り手によって異なりますが、鮒をご飯に漬ける夏の土用までの約3月間が一般的なようです。(途中大量の水分が出ますが、水が枯れると魚の脂肪が酸化するので、水はすてずにそのまま漬けます。)
3ヶ月漬けたもの。上に溜まった水分からは魚醤のような香りがします
獲りたての鮒を手に入れることは難しいため、「塩きり」した鮒を購入します。 そのため、家庭で漬ける場合は③以降作業を行うこととなります。
③洗う:
夏の土用の時期に鮒をご飯に漬けますが、その下処理として【塩きり】した鮒を洗い、余分な塩と、ウロコの残りや皮の黒い部分を取り去る作業を行ないます。
鮒を塩から引き上げ、流水をかけ、たわしやささらを使い、ひたすら洗います。鮒の内外の塩を洗い流し、ウロコや内臓の残りはもちろんのこと、鰓蓋内側の脂や表皮の黒い部分、口中の薄皮などを全て取り除きます。これらのものが残ると風味が悪くなるため、丁寧に仕上げていくことが肝心です。10尾も洗うと、手がふやけ、腕がだるくなり、「鮒ずし」が高いのも分かるような気になってきます。
④干す:
余分な水分があると腐敗がおこるため、頭を下にして、日陰で、風を当て3時間から1晩干します
⑤ご飯に漬ける(今回はビニール袋を使用する方法で行ないます):
ご飯とともに漬け込むことを【飯漬け】または【本漬け】といいます。
米1升あたり5gの塩(おにぎり程度の塩分)を加えて固めに炊き、冷まします。鮒20尾を漬けるために、生で3.3升(約5kg)以上の米が必要です。
桶にビニール袋を敷き、ご飯を厚さ2~3cmに敷きつめます。しっかり押さえて空気を抜きます。鮒の腹と鰓蓋の空間にも同じご飯を詰め、鮒同士が直接触れないように、頭を桶の外側に向けて並べてゆきます。一層並べば、鮒を覆い隠すようにご飯を被せしっかり押さえます。同様に、2層目、3層目と重ねていきますが、鮒を並べる向きは、下層の鮒と交差するよう井桁状にを並べます。大きな鮒ほど熟成に時間がかかるため下層に漬けます。鮒を並べ終われば、ご飯を被せしっかり押さえ、ビニール袋を交互に閉じます。三つ編みにした縄を桶の内側に沿って置き、桶の直径より一回り小さい内蓋をし、重石を載せます。
⑥発酵させる:
米の乳酸発酵を促進させるため、漬け込みは前記したように「夏の土用」が良いとされています。
漬け始めの1週間は鮒20匹程度なら15kgくらいの重石をします。初めから重過ぎるとご飯は発酵しますが鮒の発酵が進みません。桶は午前中に日が当たる暖かい場所に置き発酵を進めます。1週間で乳酸菌が急激に増殖し、ご飯も鮒もpH4くらいの酸性となり、腐敗細菌を抑制します。
⑦熟成させる:
1週間から10日経てば、重石を30kgくらいにします。伝統的な漬け方では水を張りますが、ビニール袋を利用する方法ではその必要はありません。
通常、12月末には食べられるようになります。出来上がりを確認できれば、桶は涼しい場所に移動します。1月~5月頃までが食べ頃で、夏が近づくと次第に身が柔らかくなり、酸味が強くなってきます。
新年をホームメイドの「鮒ずし」とともに迎えるのは如何でしょうか? 重箱が早く寂しくなることを祈っています。
<あとがき>
「米」は中国雲南省付近が原産地と言われ、「なれずし」のルーツもそのあたりにあるようだ。
やがて、その二つが日本にもたらされ、滋賀県に根付く。
米の出来が、人々の暮らしを左右するようになり、人々は豊作を神に祈る。滋賀県の神社では、神饌として様々な魚の「なれずし」が供えられる。「なれずし」を神饌とする神社は米どころの平野部に多く、「鮒ずし」を神饌とする神社が最も多い。
鮒の一部は田で産卵し、そこで孵る。『昔の人々にとって、稲田で生まれる鮒は稲の精霊のような存在だったかもしれませんね。』県立水産試験場の方の言葉には、深く頷かせるものがあった。
実りし稲と、その精霊が具現化した鮒が、一体となった「鮒ずし」。この伝統の食材を守ることは、琵琶湖を守ることと同じくらい大切なことと思われる。