【それゆけ!じゃぱに~ずクッキング♪】 野菜の煮こごり
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9月に入りましたがまだまだ暑い日が続きますね。
今回紹介するのは、「野菜の煮こごり」です。色とりどりの野菜を煮て、ゼラチンで寄せてから、だしをかけて仕上げるというとてもシンプルな料理です。
●野菜煮こごり●
前回のコラム「鱚昆布じめ(6/21公開)」で詳しく紹介しましたが、辻調を卒業したあと、吉兆のリーガロイヤルホテル店の調理場に入った僕は、多忙を極めながら日々一生懸命働いていました。
ホテルは連日大盛況でしたが、お盆がすぎると客足が少し落ち着きます。その時期を狙って、吉兆では毎年、社員をねぎらうための「慰労会」が催されていました。
その日ばかりは店を閉めて、慰労会会場の吉兆・嵐山店へ。リーガロイヤル店の従業員は80人ほどでしたが、社員に限らずアルバイトの人たちも参加可能で、飲食代はすべてタダ! 料理内容ももてなし方も、一般のお客様と同じというんですから、いかにワクワクする会だったか分かってもらえるでしょうか。
嵐山店は元々、非常に有名な古美術商の別荘を譲り受けて料亭にしたこともあり、細部にいたるまで趣向が凝らされています。屋敷に足を踏み入れた瞬間から空間に圧倒される、という経験はなかなかできるものではありません。見事な庭に案内され、大皿に盛られた豆類や煎餅をつまみながら、酒を楽しみます。庭には川が流れていて、天然の鮎を泳がせて、それを獲って塩焼きにするサービスには驚きました。あたりに敷かれた毛氈に座って、酒を飲みながらゆっくりするなんてまるで貴族みたいだと思ったものです。
庭で和んだ後は部屋に案内され、会席料理が振舞われます。料理の中身自体はロイヤルホテル店のものとさほど違いはありません。炊き合わせとして提供されたのが「野菜の煮こごり」でした。金の縁のあるバカラのギヤマンに盛り付けられ、見た目にも涼しげな一品です。ただ、その時は誰も口にはしませんでしたが、ホテルのそれとは似て非なるものだと、全員が感じていたように思います。料亭の本質は、ただ料理がおいしいことではなく、場がもたらすすべてにあるなと実感した出来事でした。
料亭の味を家庭で再現する、というキャッチーな文句をよく目にします。確かに味は再現できるでしょうが、料亭の料理にはなりえないのです。でも僕はそれで良いと思います。家庭には家庭の場が生んだ料理が、料亭にはその空間に見合った料理があります。どちらが優れているか、ではなくその本質や違いを理解できると、また料理について新しい理解が深まり、楽しいものになりますから。
余談ですが、店では暑い時期になると煮こごりをお出ししていたので、僕は作りながら「これを作り終えたら、すぐ秋の料理になる」と思っていました。夏の煮こごりなのに秋の訪れを感じる、というのはそれだけ聞くと季節を先取りしすぎているのですが、料理を作る側にいるからこその感覚だとすると、それもまた悪くないのかもしれません。
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料理で笑顔の花を咲かせたい 西垣富雄
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