REPORT

代表 辻芳樹 WEBマガジン

和久田哲也氏[第4回]

Chef’s interview

2008.12.26

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)

●料理の学び方についてお訊きします。今までのお話した多くのシェフたちから、「学生はとにかく基礎を身につけて欲しい」と言われます。哲也さんが新人スタッフに期待する「基礎」とはどういうものですか?
  それぞれのシェフでやり方は異なると思いますが、基礎的な技術、たとえばストックの捕り方などには最低限のプロセスがあります。けっこうそれを知らない人が多いんですよ。キッチンの中で何が大切か知っていることが必用です。最初からキッチンの中で新しい料理を期待してないですから。そして"姿勢"ですね。

●何に対する姿勢ですか?
  レストランの仕事に対する「姿勢」ですね。お互いを尊敬しあう、チームの中で自分がどのようにポジションを作れるかを考える。媚びる必要はありませんが、仕事に対して前向きであること。ある程度仕事ができるとしても、店のカラー、指示命令系、業務フローをゼロから習おうとする気持ち、それも素直に。もちろん基礎も習ってほしいですが、何をおいてもまずその人の「姿勢」が大切だと思います。

●学生からも質問をいくつかよろしいですか?まず「経営者としての自分を支えてきた座右の銘はありますか?」
  最後にお客様から言われる「美味しかった。ありがとう」という言葉が一番です。これがなかったらレストランは成功しないわけですから。

●「ご自分のレストランのこだわりは?」
  料理を作ること、サーヴィスをすることっていうのは要するにお客様に尽くすという 姿勢が一番大切だと常に言ってますね。

●「技術を磨くのに努力した点は?」
  料理本をひたすら読んで、美味しいものを借金してでも食べに行きました。自分の収入以上にお金を使って、食べていました。私の場合確かに仕事をしながら、基礎を教えてもらいましたが、次に私がやるべきことは食べに行って考えることです。「どうしてこの店は大して美味しくないのに繁盛しているのか」、「美味しいのにどうして繁盛しないのか」などを自分の目と胃袋で確かめたかった。

●「調理場とホールとどちらにいることが多いですか」
  両方でしょう。キッチンとホール(サービス)は人間のハーモニーがないとレストランは絶対に成功しない。

●サービスの重要性は現状ではつかみにくいですか?
  まだうちのスタッフも知りませんが。来年はシェフたちにスーツを着せて一か月くらいキッチンではなく、ダイニングルームのセットアップからサービスまでさせようと思っています。

●ここで今初めて言ったんですか?
  そうです(笑)

●それはどうしてですか?サービスの重要性を分からせるためですか?
  私の大親友で、オーストラリアで一番おいしいイタリア料理店のオーナー・シェフが「いくら料理ができても、お客様をどう扱うかということを知らなかったら絶対レストランでは成功しないぞ」って言っていました。
 『Tetsuya's』をオープンして1年目の頃にある方を紹介され、その方が食事の後に「おまえ、料理は上手いな。でも、お客様とのコミュニケーションはゼロだ」と言われました。お前は料理人ではあるけれど、経営者でもあるんだ、と。レストラン経営者としてやっていくならばお客様とどう接していくかということを知らないでレストランの経営者にはなれないぞ、って言われました。この方はもともと3代にわたるレストランの経営者で、彼からはいろいろ教えてもらいました。
 たとえばうちのキッチン・スタッフは誰でも寿司も握れますし、もちろん料理も作れますし、デザートもできます。全員がデザートも作れるように教えてきました。もちろん彼らにはできるだけ長く自分の店にいて欲しい気持ちはありますが、将来は自分の店を持ちたいという夢もあるでしょうから料理ができるのはもちろんですが、やはりレストランの全てのベーシックな機能も知るべきだと思います。
 客とどう接するか、すなわち客とのリレーションシップの方法、レストラン経営のシステム、利益の出し方などをしっかりと習得すべきです。

●また、学生からの質問です。「『美食のテクノロジー』を読みました。その中でご自身を段取りが良く、器用で飲み込みが早いと言っておられますが、私自身は段取りが悪く、不器用で作業が遅く、飲み込みも遅い。それで嫌になることがあります。何かアドバイスがあればお願いします」
  私ももともとは何もないですよ。最初はどんくさいものですよ。私も最初はどこにゴミを捨てればいいのかさえわからなかったほどです。でも自分でだめと思わない。早くできるが次できるか、随時考える。一つの事を最初から全てできるなんて無理。自分の場合は魚をさばくのは上手かったですが、それも教えてくれる人がよかったし、ちょうどいいタイミングで教えてもらったということはあります。
 まずは料理に対しても人に対しても遅くても丁寧に接することです。自分でどうやればもっといいものができるとか、どうやればさらに力がつくかとかを自分で考えることです。そうすれば絶対に叶います。それともうひとつ、コーディネーションです。これは誰かが教えてくれるものじゃないです。例えば味覚は誰かに教わるものではないでしょう?私にしても自分には味覚があるとか、料理ができるとか思っていませんでした。私はいろんなレストランに食べに行きました。そこでは「こういう味が皆さんに受けるのか」とか考えていましたし、キッチンの中で早い仕事の人段取りを観察してみたりしていました。以前は自宅に帰ってからも段取りを考えたりしていました。こういう風に続けていれば絶対にできるようになります。自分を信じることだと思います。

●「哲也さんは店も食材も調理器具も欲しいものは必ず手に入れていますが、まだ手に入れていないもので手に入れたいものは?」という質問もありますが・・・
  いやー、それは人前では言えないでしょう(笑)。<会場(爆笑)>

●最後にこれだけは若い料理人、そして私たち、学生に伝えたいシェフの思いがあれば教えてください。
  早い時期に、自分の好きなこと、つまりこの料理の世界、それが自分に向いている向いていないは別にして面白いと思うことを見つけることができた私はほんとうにラッキーです。自分が好きなこと、面白いと思っていることをしている時はたとえそれが1日20時間やらなくてはいけなくてもやはり楽しいものだと思うんです。
 まず本当に好きなことをやっているのかを自分に問いかけることです。これをやれば何が得られるかとか考えないでひたすらやるべきだと思います。自分で面白いと思ってやるのなら、それが勉強であろうと仕事であろうと苦痛ではないでしょう。そうすれば道は必ず開けるものです。確かに私は海外で今のポジションを手に入れましたが、海外がすべてとは思いません。うちにも何人か卒業生の方がいますが、非常に優秀です。本当に楽しそうに仕事をしている彼らを見ていると私も嬉しいし、頑張ってもらいたいと思います。
 まずはなりふり構わず、です。成功するかしないかは本人の気持ちです。
 そして、この世界の素晴らしさのひとつにはいろいろな方に出会うことができるということがあります。料理は特別なパスポートです。最終的に全ては「人」です。料理ができれば言葉ができなくてもどこでも生きていけます。普通なら絶対に会えないような方々に会える、大切にしてもらえる、いろんなネットワークができます。
 ある意味、料理は世界共通語のようなものです。何料理かは関係ありません。人は食べないと生きていけませんし、誰しも美味しいものを食べたいと思うじゃないですか。
 まず好きであること。日本だけとは限りません。どこにでも仕事はあります。自信を持って「私は料理人です」と言って世界中どこへでも行けます。ある意味、どこにでも住めるビザを持っているようなものです。
 ですからぜひ頑張って料理人になってください。

●ありがとうございました。

Restaurant『Tetsuya's』 529 Kent Street, Sydney NSW 2000
tel: +61(2)9267 2900

1月の<今月の顔>は中旬頃に掲載いたします。
お楽しみに!