Vol.4『Toshi Yoroizuka』オーナーシェフ 鎧塚俊彦
■『Toshi Yoroizuka』オープン
辻:そろそろ帰国しようと思い始めたのはいつ頃ですか?
鎧塚:結局、ヨーロッパには計7年半いたんですが、『ブリュノ』でデザート部門のシェフをまかされて自分でも店をやりたいなという気持ちが湧き上がってきたと言いますか、ただ、もともと僕は日本で勝負したいなと思っていましたから。
辻:そろそろ時期だな、と。
鎧塚:ただ「帰国する」という感じではなく、次は「日本で勝負する」という気持ちでしたね。
辻:またヨーロッパに戻ってくる可能性も持ったままだったということですね。
鎧塚:いや、日本で勝負しようと思ったということです。次の勝負所は日本だな、という感覚でしたね。
辻:かなりの引き出しも出来上がった、と。
鎧塚:と言いますか、僕には日本での勝算がありましたから。誰しもそうですが、もっとも成功しやすいのは母国です。母国で成功しない者は他の国へ行っても成功しないと考えるのが妥当です。そりゃなんと言っても言葉は通じますし、自分としてはヨーロッパで様々なものを学び、そこに日本人として持っているものを積み重ねていけば上手く行くのじゃないかという気持ちはありましたね。
辻:さて『Toshi Yoroizuka』の話に移りたいのですが、お客様の注文が入ってから組み立てて、お客様の反応を見つつ変化を加えていくというやり方、直接、お客さまとの会話ができて、そこから次の発想が生まれてくる。このようなやり方は日本では鎧塚さんしかやっていないのじゃないかと思うのですが、他に同様の方法でされている方はいらっしゃるのでしょうか?
鎧塚:僕は日本でも世界でも知らないです。これは同様の店がないということではなくて、むしろ興味がないのかも知れません。
あの~、他の人がやっていないことをやってやろうとか、常に新しいことにチャレンジしようとかいう方がいらっしゃるじゃないですか、また、ビジネス書などでもそういうことが書かれている内容が多いじゃないですか。僕はそういう考え方が好きではないんですよ。他の人がやってようがやってまいが、問題ではないと思っています。常に新しいことをやってやろうと思っているようではいいものは出来ないと思います。
例えば僕はゴッホが好きなのですが、ゴッホの絵て奇抜じゃないですか?誰かを驚かそうとか他人とちがうことを描こうとではなく、心の叫びがそのまま表に出てきたに過ぎないと思うんです。僕が作るものも一緒だと思います。
ですのであのカウンター形式も少しでもより美味しいものを提供しようと思うとお客さまを目の前で作ったりということになるんです。自分のやりたいことを少しでもよりよくやっていこうという気持ちで、それが傍から見れば斬新なことであったりすればそれは嬉しいことですけれど他人がやっていようがいまいが自分のやりたいことをやっていくということが大切だと思います。ですからこれから何が流行るとか、次はこれはくるとかそんなことは大切ではないと考えています。
辻:スタッフの方々はカウンター内でデザートを組み立てるのとショーケースに並べるお菓子を作るのとにチームで分けていらっしゃるのですか?
鎧塚:交代制にしていますが、基本的に分けざるを得ないですね。ただ順番に交代はしています。テイクアウトのお菓子も同じ感覚です。一般的には午前中に一日の分を作成し、午後から次の日のスタンバイをするのですが、うちはそのようには出来ないんです。
うちはショーケースに並べたらすぐに売れるので売り切れるまでに作ってしまいますから一日中作っているんですよ。ですからお客様には常に新しくてフレッシュなお菓子を食べていただくことが可能になるんです。だからこの前までは24時間体制をとっていたんです。
辻:カウンター越しの“a la minute”の形式っていうのは究極の日本料理のカウンター割烹の世界ですよね。
鎧塚:そうですね。寿司屋と同じような感覚でいます。ですから今どき古いかも知れませんが染髪禁止、長髪禁止、ヒゲ禁止、ピアス禁止、この間まで男女交際も禁止にしていましたらね。
(笑)
3年前からとある事情で男女交際は許可したんですけれどね。これは半分冗談ですけれどその他のことは寿司屋と同じことです。
辻:辻口さんに一言苦言を呈しました?
鎧塚:辻口さんときたら、笑いますよ。先日、対談をしたんですよ。で、僕が「うちは髪を染めるのも全部禁止なんですよ」って言いましたら、辻口さん何と言われたと思います?「えっ、うちもそうですよ」ですって。
(大笑)
「えぇっ、辻口さんところもそうなんですか?」って訊いたら、「いいのは僕だけ」って。スタッフは金髪禁止らしいんですよ。
僕は寿司屋に流れている空気に憧れているんですよ。あのピリッとした張り詰めた空気って気が引き締まるじゃないですか。
辻:一見外見から入るように見えて鎧塚さんは実に職人らしいカチッとしたところがあるんですよね。あそこまでのお店になりますと白衣などもデザインしたものとかに流れがちだと思うのですが鎧塚さんのところはきっちりとした文字通りの白衣ですしね。
鎧塚:僕はそういう感覚をゆるがせては駄目だと思っています。それプラス語っていくこと、メッセージを発していくことも大切だとも思っています。
辻:今まで誰もがなしえなかったことをいとも簡単になしとげてしまったとき、「これは既に誰かがやっていたのでは」という錯覚に捉われるじゃないですか、でも、洋菓子の概念をくつがえすような発想だったと思うのですが、究極の表現力だと思います。
鎧塚:その概念というものがビジネス的なことでいうなら、最初の店はカウンター6席で、「絶対にうまくいかない」と言われましたよ。回転率が寿司屋で、客単価がラーメン屋ってとも言われました。僕はこれがうまくいかなかったらその時に考えればいいと思いました。
辻:現在の店舗のほうでショーケースに並んでいるお菓子とカウンターで注文、供給されるお菓子の割合はそれぞれ何割ぐらいですか?
鎧塚:いや~、僕は数字を見ないですからよくわからないです。
辻:ご存知ないのですか?
鎧塚:知らないです。僕はレジもやりますが、一日の客数とか尋ねられてもわからないです。
辻:ええっ!でも、ミッドタウンなどに出店するのなんて家賃がとても高いと思いますからリスクがあるわけですよね?
鎧塚:いわゆる損益分岐点とか、そいういうのがあるじゃないですか、そういうのも僕はぜんぜんわからないんですよ。今、うちのスタッフが約60人いるのですが、そういうことをわかる者がひとりもいないんですよ。
辻:給料は払われているんですよね(笑)
鎧塚:払ってますよ!払っていますけれどそういったことはわからないんですよ。今の店も僕は定休日作ろうと思っていたんですけれど、ミッドタウンの管理会社がとんできて「駄目だ」と、「契約書に休店日なしと記載されているでしょう?」と言われたんです。でも、「普通契約書なんて読まないでしょう?」って言ったんですね。
辻:普通、熟読しますでしょう。
(笑)
鎧塚:この話辻口さんにしたら辻口さんにも同じこと言われました。契約書って「甲」とか「乙」とかいっぱい出てきて、僕、どちらが「甲」でどちらが「乙」なのかもまったくわからなくなるんですよ。で、最後には「もう、いいや」ってことになるんです。読まなくてもなんとかなるものですよ。
(笑)
辻:ちょっと待ってください(笑)私どもは学生たちに「技術だけではだめだよ。金銭的な感覚、知識もないと駄目だよ」って教えているのですが、それ、やめたほうがいいですか?
鎧塚:いやいや、そんなことはないと思います。でも、アバウトでわかるものじゃないですか?同業者もけっこうそう言いますよ。
辻:鎧塚さんの人徳できちんと経理関係を見ることができる人がいるのじゃないですか?
鎧塚:最近は税理士さんをつけてます。
辻:(笑)最近?
鎧塚:税理士さんから経理的な説明は受けていますが、どうでしょうね?僕らのような職業の人間はアバウトでいいのじゃないかと思いますよ。
辻:アバウトでやって店を潰してしまった人を何人も知っていますけれど(笑)
鎧塚:そうですよね(笑)ですからたぶんうちが潰れたら「だから言ったのに」ってことになるんでしょうけれどそれでいいと思いますよ。
■『Toshi Yoroizuka』のデザートの作り方■
辻:よくわかりました。次の質問は学生たちも一番知りたいことだと思うのですがデザートのアシエットをデザインするのに何を最も重要な要素と考えておられるのか?
デザインするまでのプロセスを簡単に説明していただけますか?
鎧塚:まず、デッサンしてはだめです。
辻:スケッチはだめ?それはイメージしてはいけないということですか?
鎧塚:例えば高さのあるケーキを作ろうと考えるじゃないですか、そのためにはこの部分に使う
クリームは必要以上に堅くしようと思ったり、そのためにここにコレを入れようとかを考え出すじゃないですか。その時点で味のバランスが崩れてしまうんですよ。
「コレ乗っけたい、コレ、乗っけたい、コレも乗っけたい、うわっ、こんなに高くなってしまった」っていうのはありなんですよ。でも、最初から高いものを作ろうとすると無理が出るんですね。
ですから僕がデザートを決めるときはまずは素材です。先ほども少し写真が出ていましたが“Tarte Tatin”で
あったり“Peche Melba”であったりするのですが。例えば僕の“Tarte Tatin”はまぎれもなくリンゴなんですよ。
“Peche Melba”は桃なんですよ。
そういった主役を引き立てるために脇役を配置していくわけです。あと食感も大事にします。よく口の中にいれたときにスッーと消えていくような食感が美味しいとか言われますが、僕はこういう食感はあまり好きではないです。そうではなくてそこにサクサクや、ザクザクなどのいろんな食感があって、なおかつこれが何のケーキかがしっかりとわからないと駄目だと思っています。
ですからアシエットを作るときに僕はまず主役を決めます。何を食べてもらいたいか。この主役が決まれば自然と全体が出来上がっていきます。出来上がったときに美味しいことだけが大事かというとそれはそうじゃないですよね。全体が決まったときにどのように綺麗にみせていくかを考えていくわけです。だからたまにシューの飾りであったり、テュイルであったり、そういったものは乗ることがありますよ。ただ、作りたい味をベースにして、それが完全にまとまった時点で装飾性を持たせることはあります。
辻:少し難しい話になるのですが、まずは主役(主材)がいて、口の中に入れたときにさまざまな食感、さまざまな
味を味わえるようにするということですね。普通アントルメの場合は縦に味を積み重ねて、複雑な風味を、食感
を求めると思うのですが、鎧塚さんの場合はそうではなくてもっとはっきりと食感、風味が見分けつくようにデザインするということですね。
鎧塚:今、言われたように一応僕も縦のバランスで考えます。デザートのいいところはお客さまにアドバイスできますから。たまに横にして食べる方がいらっしゃるんですよ。僕は食べていただくバランスを縦の層で考えます。そういう方がいらっしゃったら「申し訳ないですが、縦に食べていただけますでしょうか」って言いますよ。アイスクリームと下のパイとを一緒に温かいうちに食べてください、って言います。
辻:日本の食材で季節というものは表現しやすいですか?
鎧塚:はい。それに季節感というものは出すものではなくて、自然に出てくるものです。常に美味しいものを出そうと思って、かつコストパフォーマンスを考えると旬の素材を用いるのが一番です。例えば桃の一番美味しい時期というのは桃が一番市場にでるとき、すなわち桃の旬の時期なんですよ。“走り”の旬物は高いですよ。ある素材が一番美味しい時期はその素材の旬の時期です。ですから旬の素材を用いると適正の価格で入手もできますし、季節感も自然と表れてきます。
辻:一番使いたい色彩って何色ですか?
鎧塚:それも自然の色ですよね。自然の色はやはり美味しく見えるんですよ。それにいろいろなものを足していくとおかしくなります。ヨーロッパの人は加えていく色も好きですが、日本人は素材が持つそのままの自然の色が好きです。自然のものは美味しいと感じてもらえますよね。パイなどはしっかりと焼き色がついたものが好きですが。それにブリュノから言われたことなのですが、同じ時に同じ所で「生命」を営んでいるものは合うんですよ。例えば栗と洋ナシとか季節が同じですからやはりよく合います。そういう風にできているんですね。反対に南方の素材と北方の素材はなかなか合いにくいです。
辻:伝統的なお菓子を重視されるとさきほど仰っていましたよね。違いますか?
鎧塚:違うんです。僕は新しいものが嫌いなわけでもなければ、伝統を守る気もありません。こう言うと少し語弊がありま
すが、要は自然体で美味しいものを紹介していきたいと思っているんです。
辻:自然に伝統的なものは進化していくということですね?美味しいものを求めれば勝手に進化していく?
鎧塚:そうですね。僕の店に“ババ Baba”というお菓子がありますが、あれは今後も変わらないと思いますね。しょっちゅう食べていますが、やはり美味いと思いますから。“トシ・マンデルクローネ”というアイテムも変えないですね。何度食べても美味しいですから。美味しいものは古かろうが新らしかろうがまったく変える必要はないと思います。変える必要があるものを変えていく程度です。あえて守る必要もないし、反対にあえて変える必要もないと思います。
<HP>六本木ミッドタウン 『Toshi Yoroizuka』
<『Toshi Yoroizuka』オーナーシェフ 鎧塚俊彦氏>次回の更新は2011年1月14日(金)を予定しています