【とっておきのヨーロッパだより】本場のシンケン&ヴルストを求めて 南ドイツの旅
<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>
今から30年ほど前に、ドイツ南西部のオッフェンブルクという町にある「メツゲライ Metzgerei(肉屋)」(注1)で、ハムやソーセージ作りの修行をさせていただいたことがあります。私の専門はフランス料理ではありますが、この時の体験によってドイツのハムやソーセージといった食肉加工品の多彩さや味わいに魅せられ、現在に至っています。
ドイツの食肉加工は近隣のヨーロッパ諸国同様、古代ローマ帝国時代より1000年以上もの文化を誇ります。「ドイツ食品普及協会」のサイトによれば、ドイツで作られている食肉加工品の種類は、1750種類以上とも言われています。
フランス校勤務の傍ら、ドイツへ訪問する機会を得ましたので、今回はドイツの食肉加工品の知られざる魅力をたっぷりと皆さまにお届けしたいと思います。もちろん傍らには冷えたビア Bier(ビール)を用意して~、ではプロースト Prost(乾杯)!
さて、ハムとソーセージの違いを存知でしょうか?
ハムを指す言葉は、ドイツ語の「シンケン Schinken」の他、英語で「ハム Ham」、フランス語で「ジャンボン Jambon」と国により呼び名は異なりますが、これらはもともと "豚の腿肉" を指していて、これを塩で漬け、熟成、或いは乾燥させた貯蔵肉の事を指します。
コッホシンケン Kochschinken(ボイルドハム): ボンレスハム(豚の腿肉にスモークを利かせたもの)
日本のハムはスモークしてボイルしたものが主流で、背ロース肉を使えば "ロースハム"、腿肉を使ったものは "ボンレスハム" として日本でもお馴染みです。
現在のドイツでは七面鳥などもハムの材料として使われ、部位も腿肉に限定されていませんが、脂身の少ない塊の肉がハムの材料として使用されます。
一方、ソーセージは、鳥獣類の挽肉などを塩や香辛料で調味し、腸などを利用して整形、加工したもので、ドイツ語では「ヴルスト Wurst」、英語では「ソーセージ Sausage」、フランス語では「ソシッス Saucisse」と呼ばれます。
ヴィーナー・ヴュルストヒェン Wiener Würstchen(ウィンナー・ソーセージ): 羊腸に詰めた、細挽きタイプのソーセージ
ソーセージの種類は、日本ではそれ程多くありませんが、欧米、特にドイツでは数え切れないくらいの種類があって、その名称や製法も各地方で異なっています。
日本でのソーセージの分類方法は、ソーセージの太さを基準にしていて、ウインナー(羊腸)、フランクフルト(豚腸)、ボロニア(牛腸)に大別されています。
これに対して、ドイツでは生の材料を用いて調味、加工し、加熱処理した「ブリューヴルスト Brühwurst」、低温で製造された非加熱の「ローヴルスト Rohwurst」、火の通った材料を用いた「コッホヴルスト Kochwurst」の様に、製造方法によって分類されています。(注2)
直径10cmもある太いソーセージを薄くスライスしたものは、一見ハムと見間違えてしまいますね。
これ全部ソーセージです!
ドイツでは朝食にも、ハムやソーセージは欠かせません。まずは朝食からご紹介しましょう。
旅行の楽しみの一つは滞在したホテルの朝食ですよね。ゆったりと、のんびりと旅を楽しむには先ず朝食が充実していないといけません。ここドイツでは都会の大ホテルでも、田舎のひなびた民宿のような小ホテルでも、朝食の品揃え、特にパンとハム・ソーセージ類の種類は本当に大したものです。
今回宿泊したホテルでは、8種類のハム&ソーセージ(ビュッフェ式で全て食べ放題!)に加えて、パンの種類がやはり5、6種類。これがドイツの朝食の優れている点ですね。勿論全て食べられる訳が無いのですが、「どのお客様にも美味しく、好きなだけ召し上がっていただけるように!」、そんなご主人のメッセージが聞こえてくるようです。
ここのホテルでは、卵料理も客の希望する調理法をちゃんと聞いてくれていましたね。さらに目覚めのフレッシュジュース、何杯も飲める軽めのコーヒー、チーズ、ヨーグルト、フルーツ、ジャムの種類も多くて食いしん坊は迷ってしまいます。
(左)小さなホテルでもこんなに種類豊富!パンのそばにあるチューブ状のものは、ペーストタイプのレバーソーセージです
(右)生ハム、スモークハム、ソーセージ4種
さあ、ゆっくりめの朝食を済ませてようやく出発です。
最初の訪問先は『カフェ・コッホス Café Kochs』。辻調グループの製菓職員も、研修などでお世話になった事のある製パン店です。ここのお隣に私が修行した肉屋がありました。
オッフェンブルクの肉屋さん
残念ながらその当時の店主の店は既に移転していて、今は全く違う方が営んでいます。
店内に入らせてもらって、「あれ?あの当時と同じ香りがする...」。他の肉屋では感じなかったのですが、なんとも不思議です。たった3ヶ月の修行でしたが、身体は覚えていたのでしょうか?だとすると嬉しい事です。
その肉屋さんのハム&ソーセージの品ぞろえも魅力的でしたので、何種類か買ってみる事に。ドイツでの外食は何といっても言葉が大変なのですが、これだととっても簡単!「ダス、ダス&ダス、ビテ~(これ、これと、これ~っ)!」と連呼すれば、誰でも安くて美味しいご飯にありつけます。
(左)アスパラガスを加えた七面鳥のソーセージ
(右)ソーセージを細切りにしてチーズと合わせたサラダなど、持ち帰り可能な惣菜もあります
隣のコッホスさんの焼きたてパンとあわせて、特製サンドイッチにしてみました。最高の "ドイツ風お弁当" です。
(左)色々なパンでサンドイッチを作ってみました!日本だと焼き鮭、焼きたらこ、梅おにぎり!の感じですね
(右)焼き立てパンとキッチンを提供していただいたコッホス夫妻
さて、いよいよ今回のメインの町、ジンゲンへ向かいます。オッフェンブルクから車で3時間、途中木陰で特製サンドイッチを頬張り、心地良い空の下、ドライブを楽しみます。
南ドイツの風景
訪ねたのはボーデン湖の近くジンゲンという町で、肉屋を営んでいるクリスチャン・リプラー Christian Ribler氏。7年ほど前に日本に来られた時に、大阪の製菓校をご案内しました。それが縁で今回の取材も喜んで受けていただいたのですが、ハム&ソーセージに全ての情熱をかける "熱い男" です。久しぶりの対面とあって、本当に楽しい時間を過ごすことが出来、またソーセージの製法や特徴について色々な事を教えていただきました。
(左)リプラー氏の店の外観。商店街ではなく普通の街角にあります
(右)クリスチャン・リプラー氏
まずはこんな一皿からご覧下さい。リプラー氏が私達をもてなす為にハムとソーセージの盛り合わせを用意してくれていました。
これはフェスパープラッテ Vesperplatte(ハム&ソーセージの盛り合わせ)といって、フェスパー(午後から夕方にかけての軽食)として、良く食べられるものです。朝食で提供されるハム・ソーセージ類と比較すると、血のソーセージや生ハム、サラミ系など日持ちのするスモークの利いた味の濃いものが多いようです。
リプラー氏自慢のハム、ソーセージをもっと詳しく見てみましょう。
シュヴァルツヴェルダー・ローシンケン Schwarzwälder Rohschinken(写真上)
シュヴァルツヴェルダー・シュペック Schwarzwälder Speck(写真下)
上は豚の腿肉を使った「ローシンケン Rohschinken(生ハム)」、下は豚バラ肉のベーコンの一種で「シュペック Speck」といいます。いずれも大変味わい深く、黒い森地方(注3)、の名産品として名高いものです。どちらも煙で燻して作るためか、まるで日本の本枯かつお節の様な、なんとも芳しい香りがします。30年前に初めてこれらの香りをかいだ時は、日本とドイツの不思議な共通性を感じたものでした。
ラントイェーガー:日持ちのする固めのサラミ(写真上)
プフェッファーバイサー:少し柔らかめのサラミ(写真下)
こちらはサラミ。ラントイェーガー Landjägerとプフェッファーバイサー Pfefferbeisserは、どちらも低温でスモークした日持ちのするソーセージで、乾燥具合によって食感が異なります。
シュヴァルツヴルスト:燻製にした血のソーセージで、中には豚の舌と背脂が入っています
血を使ったソーセージは何と古代ローマ時代の食卓に上っていたようですが(注4)、燻製にかけて保存性を高めたドイツのシュヴァルツヴルスト Schwarzwurst(黒いソーセージ)と、フランスのブーダン・ノワール boudin noir(黒いソーセージ)は全く趣が違います。前者は固く締まっているのでスライスする事も出来、歯ごたえのある食感がありますが、後者は滑らかでソフトな食感に仕上げてあり、バターでこんがりと焼いて熱々を供します。
ドイツのソーセージの多様性は限りがないですが、特に珍しいものとしてはこんなソーセージもあります。
フライシュケーゼ(上がピーマン、下が玉葱入り)
腸詰めではなく、チーズを成型するときのように型につめて焼いたもので、フライシュケーゼ Fleischkäse(直訳すると、肉のチーズ)と言います。細挽きのソーセージの生地の中に色とりどりのピーマンや、玉葱のチップを混ぜ込むなど応用が利き、そのまま薄切りにしても、厚切りにして焼いても美味しいです。とても面白いアレンジですね。
アレンジの効いた変わりソーセージと言えばこちらも。
ゲフュルター・シュヴァイネバウホ(詰め物をした豚バラ肉)
豚のバラ肉に、ブレートBrätと呼ばれるソーセージの生地を詰めたもので、ゲフュルター・シュヴァイネバウホ gefüllter Schweinebauch(詰め物をした豚バラ肉の意)と言います。燻製にかけて仕上げられているので、ソーセージとベーコンを一緒に食べているような味わいがあります。
パンに塗るタイプのソーセージもドイツではお馴染みです。
(左)テーヴルスト
(右)レーバーヴルスト
豚の赤身肉をたっぷり使って低温でスモーク、熟成させたソーセージがテーヴルスト Teewurst。テーヴルストのTeeとはお茶の意味で、ティータイムにカナッペなどにして供します。そして豚レバーを使ったものがレーバーヴルスト Leberwurst(レバーソーセージ)です。朝食でも提供されますが、やはり夕刻のビールとの相性が良いように思います。
日本人にも親しみのあるソーセージと言えば、やはりこれでしょうか。
これらは焼くと美味しいタイプのソーセージで、総称はブラートヴルスト Bratwurst(焼きソーセージ)。肉の種類や挽き方、腸の種類、スモークの有無など種類が豊富で、ドイツではよくお祭りの屋台で焼かれているのを見かけます。屋台では「ミット・ブレートヒェン mit Brötchen!(パンと一緒に!)」と注文するのが定番。ここにビールも加われば、もう他には何も要りません。
フランスではスパイスを極力押さえて、肉本来の風味を引き出す事に重点が置かれています。例えば、豆の煮込みと合わせたり、赤ワイン風味のソースを添えたりした料理を良く見かけます。
フランスでのソーセージの調理例。このように煮込んだ豆といただく料理が一般的です
一方ドイツでは、調理と言えば茹でるか焼くかぐらいで、そのまんま。至ってシンプルです。
平日の夕食にはソーセージやハム、チーズとパンだけのアーベントブロート Abendbrotと呼ばれる冷たい食事が一般的です。これもお国柄でしょうか?食を通して文化の違いを感じます(私はどちらも好きですがね)。
リプラー氏と久闊を叙しながら、話は自然と食や、それと対峙する人の有り様などの方向へ。そんな中、リプラー氏の「食に求められるのは、美味しさはもちろんだが、それ以上に大切なのは美や芸術性ではなく、全ての人々が健康に生き続ける為の本質を貫くことではないのか?」という言葉は、長年ハムやソーセージ作りに打ち込んできた職人ゆえの含蓄にあふれていました。
昨年、WHO(世界保健機構)から発表のあった「加工肉と発がん性」(注5)についての話にもなりましたが、それよりもリプラー氏は、ドイツの大切な食文化であるハム・ソーセージ作りの伝統を受け継ぐ若者の減少や、社会情勢の変化に杞憂を感じているようでした。それでも彼は郷土をこよなく愛するハム・ソーセージ職人として、これからもプロフェショナル魂を貫いていくのでしょう。
注1: ドイツ語の Metzgerei(肉屋)は単に精肉だけを扱う店舗を指すのでなく、どちらかというと自家製のハムやソーセージといった食肉加工品やお惣菜が主力商品となっていて、ケータリングサービスを行っている店も多い。
注2:
今回登場したドイツのソーセージと一般的に知られているソーセージを製造方法別に3つに分類した。
ドイツのハム、ソーセージについては、辻調食のコラム&レシピ内の【独逸見聞録】肉屋~食料品の買い物 其の4~も参照。
*ドイツのソーセージの分類
分類名 | ブリューヴルスト Brühwurst |
ローヴルスト Rohwurst |
コッホヴルスト Kochwurst |
定義 | 生の材料を用いて調味、加工し、加熱処理したもの | 非加熱ソーセージ | 火の通った材料を用いたもの |
スモーク あり |
ヴィーナー・ヴュルストヒェン《羊腸》 フランクフルター・ヴュルストヒェン (Frankfurter Würstchen)《羊腸》 ビアヴルスト(Bierwurst) ゲフュルター・シュヴァイネバウホ (詰め物をした豚バラ肉) |
ペースト状 テーヴルスト |
*ペースト状 レーバーヴルスト |
プフェッファーバイサー 《羊腸》 ラントイェーガー |
シュヴァルツヴルスト ブルートヴルスト(Blutwurst) |
||
スモーク あり・なし 両方 |
*焼きソーセージ ファイネ・ブラートヴルスト(Feine Bratwurst:細挽き)《豚腸》 グローベ・ブラートヴルスト(Grobe Bratwurst:粗挽き)《豚腸》 |
*サラミ類全般 ザラーミ(Salami) *焼きソーセージ ファイネ・ブラートヴルスト《豚腸》 グローベ・ブラートヴルスト《豚腸》 |
|
スモーク なし |
ヴァイスヴルスト(Weißwurst)《豚腸》 リオーナー(Lyoner) ビアシンケン(Bierschinken) 七面鳥のソーセージ *型に入れてオーブンで焼く フライシュケーゼ |
*焼きソーセージ(生タイプ) ニュルンベルガー・ローストブラートヴルスト(Nürnberger Rostbratwurst)《羊腸》 テューリンガー・ローストブラートヴルスト(Thüringer Rostbratwurst)《羊腸》 |
参考までに、日本の分類表も掲載した。ドイツのものとはだいぶ異なる。
*日本のソーセージ分類
分 類 名 | 定義の要約 |
ウインナー・ソーセージ《羊腸》 | 羊腸を使用したもの又は製品の太さが22mm未満のもの |
フランクフルト・ソーセージ《豚腸》 | 豚腸を使用したもの又は製品の太さが22mm以上36mm未満のもの |
ボロニア・ソーセージ《牛腸》 | 牛腸を使用したもの又は製品の太さが36mm以上のもの |
セミドライソーセージ | 塩漬した原料畜肉類を使用し、かつ、原料臓器類(豚の脂肪層を除く)を加えないもの。湯煮若しくは蒸煮により加熱し又は加熱しないで、乾燥したもので、水分が55%以下のもの(ドライソーセージを除く)。 |
ドライソーセージ | 塩漬した原料畜肉類を使用し、かつ、原料臓器類を加えないものであり、加熱しないで乾燥したものであって、水分が35%以下のもの。 |
レバーソーセージ | 原料臓器類(豚及び牛の脂肪層を除く)として家畜、家禽又は家兎の肝臓のみを使用したものであって、その原材料及び添加物に占める重量の割合が50%未満のもの。 |
ソーセージの日本農林規格
http://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/pdf/kikaku_04_soseji_160224.pdf
注3: ドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州に位置する森林一帯。密集して生える森林が黒く見えるところからこう呼ばれている。
注4: 参考文献:『古代ローマの食卓』(東洋書林、2007年)パトリック・ファース(著)、目羅公和(訳)
注5: 世界保健機関(WHO)の専門組織、国際がん研究機関(IARC)は2016年10月、ハムやソーセージなどの加工肉を「人に対し発がん性がある」物質に指定した。加工肉の摂取量が多いほどがんを患う危険性が高いとしており、過剰な食肉摂取のリスクに異例の警告を発した。
取材協力店
『Café Kochs』
Zeller Straße 27
77654 Offenburg
Kimiko & Wolfgang Kochs
『Metzgerei Ribler』
Romeiasstraße 8
78224 Singen
Christian Ribler
参考サイト
ドイツ食品普及協会
参考文献
『Würste, Sülzen, Pasteten selbst gemacht』(Verlag Eugen Ulmer, 3. Auflage)Bernhard Gahm
(日本語版:『ドイツ・ソーセージをつくる改訂新版』(星雲社、2010年)ベルンハルト・ガム(著)小林良子(訳))