【とっておきのヨーロッパだより】魅惑の国、ギリシャの地中海料理(3)
<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>
今回の夏も大好きな国、地中海やエメラルドグリーンのエーゲ海に囲まれたギリシャを旅してきました。
(左)ディロス島(注1)のライオン像
(右)無名戦士の墓を守る衛兵(注2)の交代式の模様
これまで2008年、2013年に訪れており、今年は3回目。ギリシャの独特な食文化については過去2回のコラムでも触れてきましたが、訪れる度に私が今住んでいるフランスと比べ、様々に異なる魅力を発見します。
観光国であるギリシャ、とりわけ首都であるアテネにおいても伝統料理を提供している飲食店が多いと思います。伝統料理を気軽に味わえる食堂形式の飲食店としては「タベルナ ταβερυα」が良く知られていますが、他に「ウゼリ ουζερη」と呼ばれる店もあります。これはギリシャの火酒、ウゾ(注3)を飲みながら「メゼ μεζε」(注4)と呼ばれるおつまみを頂ける場所で、日本で言う居酒屋や、スペインのバルのような感じです。飲み物はウゾ以外にワインやビールもあります。
店員さんが20皿近くの料理をテーブルまで運んでくれてプレゼンテーションしてくれるので、この中から好きなものを選びます。食べたい数だけ選ぶお店もあれば、今回のように1人につき2皿を選ぶお店もあります。このお店では1人だと2皿、2人だと5皿、3人だと7皿といった感じで選ぶ事ができ、パン、ミネラルウォーター、アルコール類、デザートが付いて、なんと1人当たり14ユーロ!
今日のお薦め料理は、「スぺゾファイ σπετζοφάϊ」でした。ギリシャ中部にあるピリオン半島の家庭料理で、唐辛子の入ったスパイシーソーセージを赤ワインやトマトで煮込んだものです。ソーセージがピリ辛なんだろうな、と思ったら意外と辛くなく、玉ねぎやトマトを使った甘みのあるソースと馴染んでいました。この味はウゾやワインがすすみますね。
(左)おなじみのギリシャ風サラダ(注5)やサガナーキ(注6)、魚介のフライや肉の煮込み料理など
(右)スぺゾファイ
メニューを見て選ぶよりも、目の前で見ることで美味しさも伝わってくるのがいいですね。ウゼリでは沢山の料理をプレゼンテーションしてくれますが、煮込み料理や焼きたての料理などは調理場まで作っているところを見に行くこともできます。
時代の流れなのか、伝統料理を重視してきたギリシャにも、近年では新しい食の流行が見られるようです。まず、ここ数年の傾向ではイタリア料理店が多く出店しています。フランス料理を打ち出している店を町中ではあまり見かけないのとは対照的な多さです。やはりイタリアとギリシャは地中海を挟んでの地理的な近さがあり、また歴史的にも結びつきが強く食の共通点も多いため、イタリア料理は好まれるようです。また、伝統的ギリシャ料理を現代的なアート感覚で提供したり、小さいポーションで複数品を提供するなど、従来のギリシャ料理にはない手法で若者をターゲットにした店も増えています。
このような新しいコンセプトのレストランなどへ足を運ぶのは地元の方達が多いようで、旅行客がわざわざ食べに行く事は少ないようです。やはりギリシャに来たからにはギリシャの伝統料理を味わいたいですものね。新しい食のシーンもそれなりにあるものの、ギリシャは伝統を大切にする土地柄です。伝統料理はこれからも途絶えることなく続いていく事でしょう。
現代のアテネのレストラン事情はこのような感じですが、ふと『ギリシャの人々はどこで、どんな食材を調達しているのかな?』と思い、調べたところアテネ市内に中央市場があることを発見しました。アテネの人達の胃袋を満たす中央市場、料理人としての興味もグッと沸いてきました。
ギリシャで市場散策や食べ歩きをしていると、ヨーロッパという一括りの呼称で分けられてはいても、その中の国々は『なぜこんなに食文化が違うのか?』と思ってしまいます。それは気候や土地の違いなのか、又は歴史的背景によるものなのか。色々な見方があると思いますが、日本と比べると全く違う視点になってしまうので、ここからは私が現在住んでいるフランスと比較説明しながら進めていきたいと思います。
市場はギリシャ語で「アゴラ αγορα」と呼ばれています。現代では市場を指す言葉として使われていますが、古代ではもっと広い意味があり、政治、宗教などの文化的施設が集中していた場所や社交生活の中心となる場所を指していました。当時はそこに人々が集まり政治を論じたり、哲学の話に耳を傾けたりしていたんですね。定期的に評議会も開かれていたようで成年男子であれば参加ができ、行政、経済、軍事などの決議もしていたようです。
このように男性が集まる古代アゴラの中には、市場も存在していました。敷地内には長さ約120m、幅15mの細長い直線状の柱廊があり、個人商店が並んでいました。アゴラの周りには地方からやってくる露店があり、物品を売買しており、買い物をするのは一般男性や男性召使いの役目だったそうです。
現在では当時の面影を残す礎石や神殿の跡が残っているだけですが、沢山の観光客が訪れるアテネの観光スポットとなっています。
古代アゴラの柱廊
現在の中央市場は、アテネの中心地であるシンタグマ広場から30分ほど歩いた場所にあります。市場はアティナス通りを挟んで左右に分かれており、モナスティラキ広場を背にして右側で肉や魚、左側で野菜や果物、オリーブ等が売られています。アテネ市民の胃袋を賄っているだけあり、非常に広く、所狭しと生鮮食品が並べられています。
(左)中央市場外観
(中央)肉屋さんが並ぶ通り
(右)魚屋さんは建物内にあります
肉屋に関しては、ほぼ全店で羊の枝肉(丸ごとで皮が剥いである状態)が売られていました。フランスでは枝肉でぶら下げている状態はあまり見かけず、部位ごとにさばいてあるものが売られています。牛や豚、鶏等もありましたが、羊肉を扱っている量が圧倒的に多いです。ギリシャは土地が痩せているため牧草が育ちにくい環境です。そのような場所でも比較的飼育しやすいのが羊なので、おのずと多く食べられるようになったのでしょう。
店先にぶら下げられている枝肉は、頼むと切り分けてもくれます。しかも通行人が通っている目の前で! 少し危なっかしい気もしますが、このようなリアルな感じが市場っぽくていいですね。
羊肉の値段をフランスと比較してみると1kgあたりフランスでは18.00~20.00ユーロほどなのに対し、ギリシャでは3.99ユーロと大変差があります。羊肉はフランスではスーパーマーケットや市場でも売られており、ポピュラーな食肉の一つではありますが、牛肉や豚肉などと比べると値段は高く、レストランなどで比較的多く扱われる食材です。一方ギリシャでは非常に安価なので、家庭やケバブを売っているようなお店でもフライパンやグリルで焼いたりして提供されています。
(左)ギリシャ産です
(中央)丸い大きなテーブルのようなまな板が定番
(右)スヴラギ用の豚肉です
次は鮮魚コーナー。地中海で獲れた活きのいい魚介類が並びます。しかし何故かみんなまっすぐに並べられています。初めて見る並べ方です。
(左)地中海で獲れた鯛。1kgあたりフランスでは12.90ユーロ、ギリシャでは5.00ユーロ
(中央)グリエなどに向いているひめじは1kgあたりフランスでは14.00ユーロ、ギリシャでは10.00ユーロ
(右)アンチョビーです。マリネ用の小さな鰯ですが、1kgあたりフランスでは7.00ユーロ、ギリシャでは5.90ユーロでした
ヨーロッパの中で地中海に面している地域だけはタコを食する文化があるので、こちらでもイイダコのような小さいものから大型のタコ、マリネやサラダ用にボイルされた状態の物まで様々な種類が売られていました。私が住んでいるボジョレー地区やリヨンなどではほとんどタコを売っていないので値段比較はできませんが、この市場では1kgあたり10ユーロ前後で売られていました。
(左)イイダコはボイルされていました
(右)こちらのタコは生の状態
その他にもまぐろ、あんこう、いか等は多く見かけましたが、ムール貝やつぶ貝等の貝類は数種類しか置いてありません。
威勢の良い店員さん達は、厚紙を円錐形に整えてこの中に商品を入れてくれるようです。フランスであれば、防水加工の施してある専用の紙袋に入れてくれますが、ここでは素朴な厚紙を用いています。
(左)この中に...
(右)入れます
野菜コーナーの品揃えはフランスの市場とあまり変わらない印象ですが、季節感にあふれており色鮮やかです。トマトやナスなど季節の夏野菜は値段がずいぶん安いようです。フランスの市場ではあまり見かけなかった、花付きズッキーニも普通に店頭に置かれていました。ギリシャでは花の中に詰め物をしたり、フライ、炒めものにして食べます。
(左)花付きズッキーニはギリシャでは1kgあたり1.29ユーロ
トマトは1kgあたりフランスでは1.20ユーロ、ギリシャだと0.99ユーロです
(右)色とりどりのピーマン
きゅうりはフランスでは30cm位あるものが一般的ですが、ギリシャでは20cm位のものが売られていました。ギリシャ風サラダ用にしたり、ザズィーキ(注7)にして食べられます。
水々しいきゅうり。1kgあたりフランスでは1.80ユーロ、ギリシャでは0.49ユーロです
市場ではオクラも多く売られています。独特の粘りがあまり好まれないようで、フランスで見かける機会は少ない食材ですが、ギリシャでは良く食べられるようです。日本のものと比較すると、大きくても5cm程の小さいものが主流です。若摘みなので産毛もなく、食べやすそうです。オクラはギリシャ語でバミエス μπάμιεςと言い、家庭ではトマト煮などにするそうで、煮込んだ料理自体を指したりもします。
オクラも山積みです
とうもろこしはギリシャでもおなじみの夏野菜のようで、ギリシャでは夏になると町のあちこちに焼きとうもろこしの屋台が出店します。
(左)市場で売られているとうもろこしは3本で1ユーロ
(右)焼きとうもろこしの屋台
この暑い中、店員さんが炭で焼いてくれます。味付けは塩のみ。日本人からすると、醤油を少々かけてほしいような...。この焼きとうもろこし屋さん、実は冬になると焼き栗屋さんに変身するそうです。
その他、フェタチーズ屋さん(注8)、ソーセージやハムなどを売る豚肉加工品の専門店、香辛料専門店などもありました。オリーブ屋さんではオリーブ油漬けや塩漬け、その他香辛料でマリネされたものなど沢山の種類が売られています。
産地によって色々なフェタがあります
ギリシャはヨーロッパに位置する国ではありますが、オスマン帝国の支配下に置かれトルコなど中近東の影響を最も強く受けていた歴史の名残が、市場のそこかしこに見受けられました。何を見てもついフランスと比較してしまいましたが、同じヨーロッパの国といえども、品ぞろえ、品質や価格、ちょっとした"常識"などがフランスのそれとは異なる事が多く、大変興味深い市場探訪でした。
アテネの市場はフランス同様、地域に密着した雰囲気の漂う市場でした。先人達が議論を交わしていた場所が今では老若男女問わず通う場所となっています。店の人や市場で出会った知人と挨拶をして交わす、食についての情報交換。これだけは過去も現在も変わらない事なんだと実感しました。
※1ユーロ=138円(2014年7月現在)
※アテネ中央市場の営業日と営業時間 月曜日~土曜日 6:00~17:00(営業時間は目安です)
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(注1)太陽神アポロンと月の女神アルテミスの誕生の地。
紀元前5世紀にはペルシアとの戦いに備えてディロス同盟本部が設置された場所で、キクラデス諸島の中心となる島。
1990年にユネスコ世界遺産に登録され、島全体が世界遺産の島となっています。
(注2)国会議事堂前で30分ごとに交代式があります。
「エウゾナス εβζονας」と呼ばれる民族衣装に身を包んでいます。
(注3)ギリシャを代表する無色透明のリキュール。ブドウの搾りかすから作られ、アニスの香りがするのが特徴。
(注4)語源はペルシア語の「味」を意味するマゼから。
又は「味わう」を意味する「マジーダン」から派生しました。
東地中海近辺の国でアルコール類と共に供される前菜のカテゴリーです。
(注5)ギリシャでは定番のサラダで、大きめに切られたトマト、きゅうり、ピーマン、玉ねぎが盛られ、
その上にはオリーブ、フェタチーズ、乾燥オレガノがのせてあります。
自分で塩、こしょう、赤ワイン酢、オリーブ油をかけて頂きます。
(注6)フェタチーズをオリーブ油で焼いたり、揚げたりした料理。
(注7)ヨーグルトにきゅうり、にんにく、オリーブ油を混ぜたものです。
ソースやディップとして扱われ、パンや焼いた肉などに付けて食べると一段と美味しくなります。
(注8)ヤギや羊のミルクから作られる圧縮タイプのチーズで、保存する為に食塩水に漬けてあります。