COLUMN

食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】大地+野菜=料理の力

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2012.01.20

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム??>

前回の赴任から8年を経て昨年より再びフランス校勤務となり、現在シャトー・エスコフィエに赴任中です。以前は若かったこともあり、自然と魚・肉料理などに目が向きましたが、この頃は何かと野菜料理が気になります。

私が料理を学び始めた20年ほど前は、フランス料理の中で野菜料理といえばジャガイモのグラタンやソテ、さやいんげんのバターソテなどで、味は勿論よいのですが、野菜の持ち味を前面に押し出すようなものは少なく、肉や魚などメイン料理の"付け合わせ"というあくまで脇役的な存在だったように思います。

より軽く、より健康的になど人々の嗜好の変化と共にフランスの現代料理はスタイルを変えてきましたが、近年はより一層野菜に対する関心が高まり、料理人達が野菜に対し、脇役などではなく肉や魚に匹敵するメインの食材としての多くの可能性を見出しています。フランスにとどまらず、最近のヨーロッパの話題のレストランは必ずと言っていいほど、野菜を中心とした皿がメニューに組みこまれ、素材の持ち味を活かしながら自己表現を行う店が増えたことも、私自身が野菜料理に心惹かれる一つの要因でもあります。

そういった最先端の料理を出すレストランで、現在どのような野菜料理が作られているのかを見て来ました。

野菜をメイン食材として用いた料理として有名なのはやはりフランス中央部のラギヨール
にある3つ星レストラン『ミッシェル・ブラス』の代表料理である「ガルグイユ」ではないでしょうか。

photo1_galguiyu.jpg
ガルグイユ

20数種類もの野菜、香草、野草の形や風味・特徴が活かされるようそれぞれに合った調理をし、アクセントとして"ニャック"と呼ばれる薬味(季節などで変わります)が添えられた料理で、一口食べる毎にその印象が変化します。野菜の風味を陰で支えるのが、出汁として用いられた生ハムの風味です。従来の料理とは逆に野菜をメイン食材に、肉の風味を脇役としたこの料理の味・ビジュアルは衝撃的でした。

フランス南西部の海沿い、塩田や米の栽培で知られるカマルグ自然公園の近くに、私の友人アルマン・アルナル氏が経営するレストラン『ラ・シャサニェット』があります。ミシュランガイドで1つ星の評価を得ているこの店のすぐ横には広い自家菜園があり、店で使う多くの野菜が栽培されています。

photo2_syasanieto_.jpg

今回の訪問ではコースメニューをいただきましたが、コースで使われる様々な野菜はトウモロコシ以外、すべて隣の自家菜園で作られたものだそうです。こだわりを持って作られた前菜は自家菜園の野菜を中心とし、近くでとれる牛肉や魚介類を合わせた5品が出てきました。野菜の美味しさ、力強さの印象が強く、肉や魚は脇役のような印象を受けました。

photo3_syasanieto_youri.jpg

写真の前菜は土の香りと共に甘みがしっかりとあるビーツに、しっかりとした苦みのあるロケット菜がバランスを取っています。シンプルな料理ですが大地の恵みを感じさせてくれました。

「何故ここにレストランを開いたのですか?」と質問してみると、一言満面の笑みで
「きれいな景色だろ。それだけ。ほかに何が必要だ?」

確かにこれだけきれいな星空が見えるこの場所は空気もきれいだし、環境は最高です。野菜作りにも適した土地なのだろうと容易に想像がつきます。

photo4_syasanieto_hukei.jpg
店の周りの風景

ここのレストランの原動力は間違いなく、大地とそれが生み出す野菜です。もちろん彼の実力あってのことですが...

南仏プロヴァンスを代表する景勝地レ・ボー・ド・プロヴァンスにあるレストラン『ウストゥー・ド・ボーマニエール』1は現代フランス料理の粋が体験できる店の1つですが、例えば1つの野菜を幾つもの調理法で提供して楽しませたり、野菜を使った伝統料理や地方料理を現代風にアレンジするなど、野菜の持ち味に最大限の敬意を払って追求した味作りが印象的です。

今回選んだのは野菜のコースです。チーズや出汁などには動物性の食材も使用していますが、使い方はあくまでも野菜の味の補いといった所です。1つの野菜の調理法を変えてテクスチャー(食感)に変化を与え、風味の強弱をつけるなどその持ち味を一皿で十分に楽しませる内容になっています。

photo5_bomanie-ru.jpg
アーティチョークが「火を通したもの」「生でサラダ仕立て」「ラビオリの詰め物」など様々な形に姿を変えて一つの皿の上に

もう1品は伝統的なプティ・ファルシ2。シンプルながらも野菜その物の風味を楽しませ、なおかつ安心させる仕上がりはさすがといったところです。

photo6_bomanie-ru_pti.jpg

プティ・ファルシの詰め物はひき肉が一般的ですが、今回は各野菜をベースに、チーズなどそれぞれの個性を引き出すような組み合わせになっていました。シェフのシルヴェストル・ワイド氏の野菜の使い方やプレゼンテーションには、野菜に対しての愛情を強く感じました。

フランス東部、美しいアヌシー湖のほとりにあるレストラン『ラ・ヌーヴェル・メゾン・マルク・ヴェイラ』のユワン・コント氏3の、香草や野草の使い方は注目に値するものと言えるでしょう。ちなみにこのレストランでは有機野菜だけでなく、チーズなども、原料となるミルクを出す牛には有機栽培で育てた飼料を与え、自ら経営する有機野菜などを販売するショップもあるぐらいですから相当のこだわりです。レストランでは使用している食材が何処の誰から届いたかが小さな黒板に記入されていました。

photo7_marukuveira.jpg
今日提供している野菜は地元フランス産、魚はスイスのレマン湖産...漁師さんの名前まで書かれています

サーヴィスの方の話では店の近くに畑があり、そこで育てた有機栽培の野菜も使っているそうです。香草などはレストランの周りの花壇で育てており、料理人達が必要な分を摘んでいました。さて、店の特徴でもある香草や野草を使った料理。

photo8_marukuveira_hotate.jpg

ホタテ貝を秋の味覚のきのこと合わせた料理。その奥に見えるシダのようなものは、根をかじると甘くレグリース(甘草)のような風味があり、森の香りを強くイメージさせる、非常に"大地の香り"を感じる力強い料理になっていました。
たまたまマルク・ヴェイラ氏4にも会う事が出来、興味深いお話を聞くことが出来ました。

photo9_mr_veira.jpg

「今現在、食材の安全性が失われつつある。A.O.C.注5など色々と食材に関しての法律などがあり守られていることも多いが、その基準をクリアできているものが良いとは限らない。そこの土地が健全であるか、どのような背景があって育てられているかなど、現行の法律だけでは分からないところが多すぎる。」

「例えばチーズを作るにしても原料乳を生産する牛に与えるエサに対しては決まりがあるが、そのエサとなる藁が本当にそこの地域でとれた物とは限らない。多くの製造者がほかの地域からエサを買い与えている。農薬もそうだ。」

「それが本当にその土地のチーズと呼べるのか?本当に美味しいものなのか?本当に安全なのか?」
今の料理界で懸念されている様々な事を、熱く語ってくれました。

食材は美味しい前に安全でなければならない。言い換えれば、安全で美味しいものが良い食材と言えるでしょう。本来の土地の味を表現するためには、その土地の産物を生み出す大地が健康で力強いものでなければいけないのです。

今度はスペインのレストランにも目を向けてみましょう。現代スペイン料理はこの20年ほどの間フランス料理をしのぐほどの発展を続けており、郷土の味と最先端技術が融合した世界レベルの名店が次々に誕生しています。現代ヨーロッパ料理の重要なポジションを占めるこの国での野菜料理は、どんな進化をとげているのでしょうか。

バスク地方、サン・セバスチャン近郊のレストラン『マルティン・ベラサテギ』6のサラダは野菜だけではなく、貝の風味のジュレや甲殻類、ニシンの燻製を添えるなど相乗効果をもたらす組み合わせと共に、見た目にも華やかで、出てきただけで思わず声を上げそうになってしまいます。2001年からスペシャリテとして続いているのですから完成度の高さは間違いがありません。

photo11_sarada.jpg

シェフのアンドーニ・ルイス・アドリス氏が以前働いていた『ミッシェル・ブラス』のガルグイユを応用したような料理でしたが、野菜の本来の持ち味と、魚介や甲殻類などの旨味が相乗効果をもたらした美味しい一皿でした。

もう一軒これもバスク地方の『ムガリッツ』7で、現代スペイン料理を代表するレストランです。非常に野菜をユニークに使っています。見た目の面白さや味のギャップ、驚きは他のレストランとは一線を画するものでした。コースの説明があり、前菜の5品は手に取って食べて下さいとサーヴィスから指示がありました。

photo12_beer_orive.jpg

最初の一品は、スペインのバルを思わせるビールです。見るからにビールですが飲んでみると温かい?香ばしい香り...味わいは麦のローストを野菜のブイヨンに煮出した優しい味、なおかつ泡まで立っている。なるほど料理の構成はビールをモチーフにその主材料を再構築させています。発想がおもしろくそれに合わせるのは、バルでおなじみのブラックオリーブです。バルでつまみとして出てくるものはグリーンオリーブが多いのですが、こちらはブラックオリーブにタプナード8が添えられています。

photo13_orive.jpg

何も考えず口に入れると、風味がない? 少し遅れて味の記憶がついてきました。「黒豆だ!」 そういえば昼に見学した市場で黒豆売っていました。見た目と味のギャップに驚くと同時に日本人だからでしょうか?やられたーという気持ちでなんだか楽しくなってきました。まさしくバルのつまみ的な組み合わせも発想の自由さからくるのでしょう。

次は砂の上に石ころが置かれて出てきました。

photo14_mugaritu.jpg

見た目は石ころで、手に取ってみても手触りは少しざらついた石のような感じです。一口かじると・・・ジャガイモでした。

photo15_koishi2.jpg

火を通して甘みを引き出したジャガイモに食用の炭をまぶし石に見立てています。非常に薄くまぶしてある炭は噛むとパリッとした食感ですが、塩味など特別感じるものではありませんでした。石を食べるという感覚とジャガイモだとわかった瞬間のほっとした感じが何とも言えませんでした。

ここ数年、土に見立てたり鉢植えにしてみたりと、加工前の自然に近い姿に模して提供される野菜料理も増えてきています。見た目の面白さ、意外性などシェフの感性が問われるところです。やはり世界が注目する、創造性の高いレストランは発想力が違います。野菜の力がシェフの発想力によって無限に引き出され、さらなる料理の可能性を感じさせてくれるレストランでした。

色々なレストランの野菜料理を食べ、話をうかがう中でやはり優れたレストランは、料理人の「料理の力」、それによって尊重され引き出される「野菜の力」、なおかつその野菜をはぐくむ優れた「大地の力」、この3つが揃わなければ成り立たないと感じました。マルク・ヴェイラ氏が言うように地球環境にも目を向けることが大切だと痛感するとともに、ムガリッツのように柔軟な発想を持って野菜に向き合うことで美味しさの可能性を広げることが出来るのではないでしょうか。


注1:ウストゥー・ド・ボーマニエール
「フランス校食べ歩き日記」2011年11月11日を参照。

注2:プティ・ファルシ
ズッキーニ、トマト、ジャガイモ、ナスなど様々な野菜にひき肉を詰めてオーブンで火を通した、南仏プロヴァンス地方の郷土料理。

注3:ユワン・コント
『ラ・ヌーヴェル・メゾン・マルク・ヴェイラ』のシェフ。

注4:マルク・ヴェイラ
"香草の魔術師"の異名を持つシェフ。トレードマークは山男風の黒い帽子。ゴーミヨでは史上初の20点満点を2003年に獲得、ミシュランでも同時に2つの店で3つ星を獲得するなど、現代料理の一時代を築く。2006年のスキー事故での予後不良から2009年に3つ星を返上し引退を発表するが、2010年5月にユワン・コント氏と共同経営でレストラン『ラ・ヌーヴェル・メゾン・マルク・ヴェイラ』を再開し、2011年のミシュランガイドで初登場1つ星を獲得する。

注5:A.O.C.
Appellation d'Origine Contrôlée原産地呼称統制。A.O.P.=Appellation d'Origine Protégée保護原産地呼称など、製造過程及び最終的な品質評価において、特定の条件を満たしたものにのみ付与される品質保証。

注6:マルティン・ベラサテギ
スペインバスク地方サン・セバスチャン近郊にある同名のレストランシェフ。同店はミシュラン3つ星(2011年)。『エル・ブリ』のフェラン・アドリア氏と並ぶ、現代スペイン料理界スターシェフの一人。

注7:ムガリッツ
イギリスの権威ある料理情報誌『レストラン』で2011年度世界のベストレストラン第4位に選ばれた。ミシュラン2つ星(2011年)。ここからは次々とスターシェフが誕生しつつある。

注8:タプナード
【半歩プロの西洋料理】「楽しいヴァカンスの過ごし方」を参照。