【とっておきのヨーロッパだより】クグロフを巡る旅へ ~誰もが愛する素朴な地方菓子の魅力~
<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>
ドイツとの国境地帯に位置するフランスのアルザスAlsace地方。
町は木組みの家が並び、静かに流れる運河を横に、石畳が長く連なります。
リクヴィルRiquewihr カイゼルスベルグKaysersberg(いずれもアルザス地方の町)
そんな可愛らしい町の中では、アルザスワインやビールを片手にシュークルートChoucroute(注1)やベッコフBaeckeoffe(注2)などのアルザス料理に舌鼓を打つ人々の姿を見ることができます。そして町のパティスリーPâtisserie(菓子屋)やブーランジュリーBoulangerie(パン屋)に必ずと言っていいほど置いてあるのがアルザスを代表する地方菓子クグロフKouglofです。
アルザスを代表する地方菓子クグロフ
皆さんもご存じのあのフランス王妃マリー・アントワネットが愛してやまなかったことでも有名なこのクグロフ。その見かけや味わいは非常に素朴なものですが、今やフランス中のパティスリーやブーランジュリーで見かけることができます。なぜここまでフランスの人々に愛されているのかその理由が知りたくなり、今回はこのクグロフを巡る旅に出かけました。
そこでまず気になったのがその歴史。クグロフの歴史は非常に古く、調べれば調べるほどその起源を突き止めるのは難しく、様々な説がそれぞれの土地に根付いているようですが、その説は大きく分けて2つありました。
まず一つ目がボヘミア地方(現在のチェコの西部・中央部にある地方で、古くはオーストリアも含む地方を指します)を発祥の地とし、ドイツ語のGugelグーゲル(僧侶の帽子)とHupfフプフ(ビール酵母)という2つの言葉が語源であるという説です。形が僧侶の帽子に似ているためだそうですが、オーストリアではクグロフはこの語源どおりグーゲルフプフGugelhupfと呼ばれ、バターケーキのような製法で作られ、その味わいはお菓子のそのものです。
もう一つの説が、フランスのアルザス地方にあるリボーヴィレRibeauvilléという町が発祥の地で、その町の陶芸家クゲルの名前が語源であるという説です。アルザス地方のクグロフは、イーストを使用して生地を発酵させ、中にレーズン、型の底にはアーモンド、仕上げに粉砂糖を振りかけるのが一般的で、お菓子というよりはパンと呼ぶ方がふさわしく、ブリオッシュ生地タイプのものが主流です。
フランスで一般的なブリオッシュ生地タイプのクグロフ
となれば早速その発祥の地に行くしかないと思い、一路フランス校から北東へ約400km、車で約4時間のリボーヴィレの町へと車を走らせました。向かった日は6月の第1週の土曜日。なぜこの日かというと、フランス校の製菓教授であるデュラン先生から、毎年その週末に『フェット・ドゥ・クグロフFête du Kougelhopf(クグロフ祭り)』が開催されていると話を聞いたからです。
どんなお祭りだろうかと期待に胸を膨らませ、到着したリボーヴィレの町。
町の入り口 町の大通り
「幸福を運ぶ鳥」コウノトリの里としても知られ、あちらこちらの民家の屋根には大きな巣が作られています。
屋根の上に作られたコウノトリの巣
アルザスの特級クラスのワインの生産地としてもこの町は有名で、町の大通りには様々なカーヴCave(醸造所)が並びます。もちろんどのお店でも試飲をすることができます。
そして目的の『クグロフ祭り』が開催されているという場所へ向かうと、なぜか閑散とした様子。お祭りの雰囲気なんてみじんもありません...。もしやと思い観光案内所に行ってみると、「今年のお祭りは主催者の都合により中止になったのよ。」とのこと。
『クグロフ祭り』の例年の様子
まさかの事態に肩を落として町を歩いていると、そこはやっぱりクグロフ発祥の地。
町のパティスリーや、ブーランジュリーには数多くの溢れんばかりのクグロフが並んでいます。
山積みにされたクグロフ
さらには町の至る所でクグロフの飾りを目にすることができ、クグロフのお土産用のグッズもずらりとあります。
パティスリーの看板 ドアノブ
クグロフ一色のポストカードや本 型がセットになったクグロフのレシピ本
数店舗ある町のパティスリーの中には、カウンターのすぐ後ろで成形して焼いているお店もありました。
お店の中で発酵中
思わずその匂いにつられ近づいてみると、お店の方から「試食するかい?」と声をかけられました。もちろん迷わず頂いて食べてみると、ふわふわとした食感で、素朴でほんのり甘い味わいが何とも言えず、クグロフ発祥の地で食べているという気持ちも相まって、本当に最高の味でした。
町で購入したクグロフと町の広場
試食後、お店の方にクグロフについて聞いてみると、この地方の家庭には陶器のクグロフ型が必ずと言っていいほど置いてあって、食事用やデザート用として各家庭でも頻繁に作っているそうです。
確かにこの地方のお店には、普通のクグロフの他クグロフ・サレKouglof saléと言われる塩味のクグロフも並んでいます。見た目やその作り方は普通のクグロフと全く同じですが、甘味がなくほんのり塩味が効いた、食事と共に味わうものです。朝食や昼食時にパンの代わりに食べたり、クロック・ムッシュCroque-monsieurのようにハムやチーズを挟んで食べたりするそうです。
クグロフ・サレで作ったクロック・ムッシュ
それ程クグロフは日常的に食べるものだということに驚かされました。
さらになぜ陶器の型で焼いているのか聞いてみると、「陶器の型で焼くとオーブンの中でじんわりと熱が伝わるから、よりふっくら焼けるんだよ。」と答えて下さり、「もし陶器のクグロフ型が欲しいのならスフレンハイムSoufflenheimへ行ってみるといいよ。陶器の町だからね。」と教えてもらい、その店を後にしました。
という訳で、次の目的地をスフレンハイムに決定し北へさらに約1時間車を走らせました。
スフレンハイムの入り口、陶器の町を示す看板
町に入ると、さすがに陶器の町というだけあって、家の外壁は陶器のタイルで可愛く飾られていました。観光案内所までもが素敵な雰囲気です。
そして町の至る所にポティエPotier(陶工)の看板が掲げられていて、
それぞれのお店が自慢の手造りの陶器で溢れていました。
陶器で可愛く飾られたお店
ある一軒のお店に入ると、お目当てのクグロフ型が所狭しと並んでいました。シンプルなものから、可愛く装飾されたもの、サイズも飾り用の小さなものから直径30cm程ある大きなものまで様々です。
もちろんクグロフ型だけではなく、ベッコフ専用の型やココット型、さらには植木鉢まで揃っています。
ベッコフ専用の型 植木鉢
お店の方に「この綺麗に装飾されたクグロフ型でクグロフを焼いても大丈夫ですか?」と尋ねると、「もちろん焼いても大丈夫よ。インテリアとして飾るのもいいけれど、私たちとしてはせっかくだから、その型を使ってお家でクグロフを焼いて欲しいわ。」と笑顔で答えて下さいました。
学校に戻り、早速その陶器の型を使いクグロフを焼いてみると、確かにアルミの型よりもふっくらと焼きあがりました。学生に試食してもらったところ、その素朴で家庭的な味わいは大好評でした。クグロフの作り方や配合は、もちろん作る人によって十人十色ですが、ここではフランス校に講師として来校したM.O.F.製パン職人のゲイトン・パリスGaëtan PARIS氏から伝授された、伝統的なクグロフの作り方をご紹介したいと思います。フランスでは一般的なブリオッシュタイプの配合と作り方で、家庭でも作りやすいものです。
直径20㎝のクグロフ1台分
① 小麦粉(250g)、塩(7g)、砂糖(38g)、イースト(13g)、卵(75g)、牛乳(75g)を低速で5分間混ぜます。
② 柔らかいバター(125g)を加え、ボールから生地が外れてくるまで捏ねます。
③ ラム酒漬けのレーズン(100g)を加えます。
④ 30分間1次発酵をさせ、その後生地をパンチしてガスを抜き、ビニールの上に広げ冷蔵庫で一晩置きます。
⑤ 生地を丸め、20分間休ませます。
⑥ バターを塗ったクグロフ型の底に皮付きのアーモンドを散らし、王冠(リング)状に成形した生地を入れます。
⑦ 25℃で2時間半最終発酵をさせます。
⑧ 200℃のオーブンで40分間焼成し、型からはずします。
⑨ 表面に澄ましバターを塗り、砂糖をまぶします。
⑩ 食べる前に、粉砂糖を振ります。
その素朴で温かな味わいはもちろん、どの家庭でも簡単に作ることができるという点や、食事用としても日常的に食べられるという点から、アルザスだけでなく今やフランス全土にまで広まっているクグロフ。今回の旅で出会った人々は、誰もがみんな美味しそうに笑顔でクグロフを食べていました。その笑顔にこそ、クグロフがフランスの人々に愛されている理由が表れているように思います。
日本でも最近、陶器のクグロフ型を見かけることがあります。是非一度、陶器の型で焼いた本場アルザスのクグロフを家庭で作ってみてはいかがでしょうか?きっとその形の可愛らしさと素朴な味わいに幸せなひとときを感じることができるはずです。
注1:塩漬けし発酵させたキャベツを豚肉とともに白ワインで煮込み、ソーセージ類を盛り合わせたアルザスの代表的料理。
注2:肉やジャガイモなどを、フタ付きの厚手の鍋に入れオーブンで蒸し焼きにしたアルザスの郷土料理。スフレンハイムで製造されるベッコフ専用の陶器鍋は有名。ベッコフについては、「食卓に温もりを添える...フランス生まれの鍋~ル・クルーゼ~」も参照ください。