【とっておきのヨーロッパだより】シンプルだけど奥が深い菓子 プラリーヌ
<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>
フランスには地方で愛され続けている伝統的なお菓子が数多くありますが、その中でも「プラリーヌ Praline」ほどシンプルなものは無いかもしれません。「プラリーヌ」と聞くと、アーモンドやヘーゼルナッツにキャラメルをコーティングしたものを挽いた「プラリネ Praliné」を想像する方もいらっしゃるかもしれませんが、今回ご紹介するプラリーヌはそれとは異なり、アーモンドにシロップをからめてつくるコンフィズリー(糖菓)の一種で、17世紀にフランスで生まれたといわれています。
フランスの料理百科事典『ラルース・ガストロノミック』によれば、ルイ13世の治世に権勢を誇ったプレシ=プララン Plessis-Praslin伯の食膳頭、ラサーニュ Lassagneという人物がプラリーヌの発案者とされています(注1)。見習いのコックが残り物のアーモンドとキャラメルを一緒にかじっていたのを見たことから、ラサーニュはそれらの材料を組み合わせた糖菓を思いつきます。この菓子は貴族たちの間で大変な好評を博し、菓子の名も主人であるプララン伯の名から「プラリーヌ」と名付けられたとのことです。
ラサーニュは引退後、パリから120kmほど南に位置するロワレ県のモンタルジ Montargisという町に隠遁しますが、その際にこのプラリーヌもこの地に広めました。
銘菓「モンタルジのプラリーヌ」は、現在でもモンタルジを発祥とする糖菓やチョコレートの専門店『メゾン・マゼ Maison Mazet』(注2)で製造、販売されています。
『メゾン・マゼ』の店内
プラリーヌ
一見硬そうな濃いキャラメルですが噛むとそうでもなく、カリカリといい音を立てて砕けます。キャラメルの層も厚すぎず、ローストされたアーモンドと調和のとれた味と香りがあります。また、当時からの変わらないプラリーヌだけでなく「塩キャラメル」や「オレンジとクローブ」、「ゆず」など、様々な風味を加えたアレンジ商品が並んでいます。時代に沿った発展ということでしょうか。その三種も、食べる前にイメージしていたものよりもとても優しい味に感じました。
『メゾン・マゼ』のアレンジされたプラリーヌ。左から「ゆず」、「オレンジとクローブ」、「塩キャラメル」
プラリーヌの製法はその後フランス各地に広まり、各地で独自の発展を遂げていきます。郷土菓子の一つとして定着し、その地で根強い人気を保ち続けているプラリーヌもあれば、個人経営の店の名物として広く知られるようになったものもあり、プラリーヌというお菓子がフランス人の間にいかに浸透し、親しまれているかを物語っているようです。
そういったプラリーヌのいくつかをご紹介していきましょう。
まずは、辻調フランス校に近い都市リヨン Lyonの名物で、赤く色づけされた姿が特徴的な「プラリーヌ・ルージュ Praline rouge」。色がピンクに近ければ「プラリーヌ・ロゼ Praline rosé」とも言います。
作り手によって状態に違いが見られるプラリーヌ・ルージュ
なぜ赤い色を付けるようになったのか、詳しいことをいろいろと調べてみましたが、はっきりとした経緯は確認できませんでした。ただ、伝聞の域を出ませんが、リヨンでは早くから絹織物産業が発達し、それに伴って進んだ染色技術が浸透していたことと関連があるのではないかといった説もあるようです。
プラリーヌ・ルージュは個人店で作られるものの他、大手メーカーによる大量生産品も幅広く普及している事が特徴です。スーパーマーケットなどでも取り扱われていて、リヨンに限らず様々な地域でも目にする機会が多く、赤い色味の濃淡や糖衣の厚さなどもバラエティに富んでいます。
MOF(注3)であるミシェル・ヴィオレ Michel Viollet氏は、フランス校に長年外来講師として来てくださっているベテランのパティシエですが、プラリーヌ・ルージュ作りの名人としても有名な方で、授業時にはいつもプラリーヌの製造工程を見せてくださいます。通常は製菓店の中で行われる作業であり、中々見られないプラリーヌ作りはとても興味深いです。先日もフランス校での製菓外来講習で、実際に作っていただきました。
(左)ミシェル・ヴィオレ氏
(右)徐々に赤い色を付けていき、最後にイチゴの香りをつけたシロップをコーティングすると出来上がりです
ローストしたアーモンドを機械にいれ、鍋を回転する事で撹拌し、下から加熱します。そこへシロップを注ぐとアーモンド全体が糖衣で覆われます。シロップが結晶化したら次のシロップを注ぎ...と、これを繰り返します。プラリーヌへの風味づけは製造者によって異なりますがヴィオレ氏オリジナルのプラリーヌには、しっかりとイチゴの香りを付けたシロップを使う点が特徴的です。
(左)糖衣が少しずつアーモンドを覆っていく様子
(右)プラリーヌ・ルージュとプラリーヌ・ヴィオレ。今回はプラリーヌ・ヴィオレの仕上げにアラビアゴム(注4)をコーティングしています。
ヴィオレ氏はご自身の名前と発音が似ている「プラリーヌ・ヴィオレ Praline violet(スミレ色のプラリーヌ)」も作っています。スミレの香りが口いっぱいに広がる上品なプラリーヌです。市販のプラリーヌ・ルージュは厚めに糖衣がかけられたものもありますが、ヴィオレ氏のものは薄めの糖衣に仕上げてあり、軽い食感が楽しめます。
単体でも人々に親しまれているプラリーヌ・ルージュですが、お菓子の材料としてもよく使われます。有名なものの一つには、リヨンで多く見られる「タルト・ア・ラ・プラリーヌ Tarte à la praline」があります。タルト生地の上に砕いたプラリーヌ・ルージュを散らして焼きこむことで、糖衣が溶けてタルトの表面を覆います。
リヨンを代表するパティスリーの一つである『セーヴ SÉVE』のもタルトも人気があり、こちらのお店はプラリーヌ・ルージュを使ったお菓子が数多くそろっています。タルトだけにとどまらず、チュイル(サクサクとした食感の薄く焼いたクッキー)やパネトーネ(発酵生地で作るイタリア発祥のパン菓子)、板のチョコレートなどにも砕いたプラリーヌ・ルージュがふんだんに用いられており、鮮やかな色合いが目を引きます。
(左)『パティスリー・セーヴ』の店内
(右)プラリーヌ・ルージュを使用した様々な菓子
ブリオッシュの生地の中にプラリーヌを混ぜ込みそのまま焼いた菓子も色々な店で作られていますが、中でも特に有名なのが、フランス中部の町ロアンヌ Roanneの『プラリュ Pralus』という店で販売されている「プラリュリーヌ Praluline」です。
(左)『プラリュ』のプラリュリーヌ
(右)プラリュリーヌを買い求める人々
『プラリュ』は原料であるカカオ豆から栽培を手掛けるこだわりのショコラティエ(チョコレート菓子専門店)としても有名で、パリやリヨンにも店舗を構えています。
本店であるロアンヌや、人口が多くお客の多い町リヨンの店舗では、週末ともなるとプラリュリーヌを買い求める人が列をなしている光景が見られます。一般の製菓店などでもブリオッシュにプラリーヌを混ぜ込んだ菓子は販売されていますが、『プラリュ』の人気はゆるぎないものがあり、多くの人がわざわざこの店のプラリュリーヌを求めに来るようです。
同じくブリオッシュ生地とプラリーヌ・ルージュを組み合わせた菓子に、サヴォワ地方の小さな町サン=ジュニ=シュル=ギエ Saint-Genix-Sur-Guiersの「ガトー・ド・サン=ジュニ Gâteau de Saint- Genix」というものもあります。
サン=ジュニ=シュル=ギエの街の入口にある看板
「ガトー・ド・サン=ジュニの街へようこそ」と書いてあります
町のホームページによると、ガトー・ド・サン=ジュニの原型はシチリアの聖女アガタ(注5)にちなんだ菓子で、1713年にこの地方の領主サヴォワ公がシチリア王ともなったことを記念し、作られるようになったそうです。プラリーヌ・ルージュを生地に練りこんだ現在の形は、19世紀後半にピエール・ラビュリー Pierre Labullyが考案したもので、「ガトー・ラビュリー Gâteaux Labully」とも呼ばれています。
店名も『GATEAUX LABULLY』です
表面のざらめ糖とプラリーヌ・ルージュが、サヴォワ王家の紋章に基づく県旗の赤地に白の十字を現しているそうです。味は、前出のプラリュリーヌと比べると生地全体にプラリーヌ・ルージュが広がっていないためそれほど甘味は強くなく、素朴な味わいでした。
ガトー・ド・サン=ジュニ
リヨンから西へ130kmほどの所にある内陸の都市クレルモン=フェラン Clermont-Ferrand近郊のエグペルス Aigueperseという町にも、名産品のプラリーヌがあります。「プラリーヌ・デグペルス Pralines d'Aigueperse(エグペルスのプラリーヌ)」と言い、ドラジェ(注6)をつくる際に表面の糖衣をキャラメル状に焦がしてしまったことが始まりで、それが美味しかったのでエグペルスの街の人々に受け入れられたそうです。
(左)エグペルスの歴史が書かれた看板にある、プラリーヌについての記述
(右)パティスリーの看板にも「Praline」と書かれています
しっかりとローストされたアーモンドの表面に白い糖衣がかけられ、その外側はキャラメルで覆われています。ドラジェをそのままキャラメルでコーティングしているように感じます。糖衣の層が硬くしっかりとした噛み応えのある食感で、キャラメルの風味がほのかに香ってきます。
エグペルスのプラリーヌ
次のプラリーヌはクレルモン=フェランから南に約200km、ヴァブル=ラベイ Vabres-l'Abbayeという町の「プラリーヌ・フォンダン Pralines fondantes」です。100年以上の歴史があり、そのレシピや作り方は門外不出とされ、町でも一つの店舗『メゾン・プエシュ Maison PUECH』でしか製造されていません。代々長男にだけ受け継がれるそうで、現在のご主人は四代目だそうです。町では毎週日曜日に行われるミサの後でゲームが行われ、その景品としてこのプラリーヌが与えられたそうです。実際にはゲームの敗者にもふるまわれていたそうですが、それほど町の人々に愛されていたということでしょう。
『メゾン・プエシュ』の看板
見た目にはツヤがありません。他のプラリーヌと違ってほろほろと崩れるような糖衣、中のアーモンドはほとんどローストされておらず、全体的に柔らかく優しい食感です。糖衣の厚みも薄めで甘さも控えめな印象です。ちなみに「フォンダン Fondant」という言葉には、「溶けるような」という意味があります。
ヴァブル・ラベイのプラリーヌ
今回フランス各地の様々なプラリーヌを調査して感じた事は、土地に根付いた菓子に対する人々の努力と愛情でした。伝統のレシピをしっかりと受け継いで守りつつも、新たなアレンジを試みたり、時には菓子の材料となって違う魅力を発揮したり、様々な形でフランス各地で親しまれているプラリーヌ。これからも永く愛され続けていくことを願うばかりです。
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(注1)プラリーヌを作った人物の正式な名前についてははっきりしない点も多く、菓子の歴史について書かれた書籍『LA GRANDE HISTOIRE DE LA PATISSERIE CONFISERIE FRANCAISE』(Minerva)によれば、「発案者はClément Jaluzot、またはClément Lassagne」との記述があります。『メゾン・マゼ』はClément Jaluzotを発案者として紹介しています。
(注2) 『メゾン・マゼ』の商品は片岡物産株式会社のオンラインショップで購入することができます。
http://www.kataoka.com/products/mazet/index.html
(注3)Meilleur Ouvrier de France (フランス 国家最優秀職人章)の略称。フランス文化の各部門において最高度の技術を持つと認められた職人に授与される、国家認定の称号。
(注4)アカシア属のアラビアゴムノキから抽出する樹脂。食品添加物として、乳化剤や安定剤、コーティング剤として使用される。
(注5)聖女アガタ(?~西暦250年頃)シチリア出身のキリスト教聖人。美しさのため当時のシチリアを統治していたローマ人権力者に言い寄られたが、自身は主キリストの花嫁であるとして応じなかったために乳房を切り落とすなどの拷問を加えられ、殉教した。シチリアでは今でも聖アガタの乳房の形に見立てた伝統菓子が作られている。
(注6)アーモンドやヘーゼルナッツ、チョコレートにつややかでなめらかな表面であるが少し硬めの糖衣をコーティングした菓子。子供の誕生や結婚のお祝いに配られる。
参考文献
Larousse gastronomique
LA GRANDE HISTOIRE DE LA PATISSERIE CONFISERIE FRANCAISE
取材協力店
Maison MAZET 住所43 rue Général Leclerc 45200 Montargis
Pâtisserie VERNET 住所 154 Grande rue 63260 Aigueperse
Maison PUECH 住所 rue Bourrelle 12400 Vabres-l'Abbaye
SÈVE 住所 62 avenue Lanessan F-69410 Chmpagne au Mont d'Or
Pralus 住所 Les Halles Diderot 42300 Roanne
Gâteaux Labully 住所 Place de l'Eglise 73240 Saint-Genix-sur-Guiers
片岡物産株式会社 住所 東京都港区新橋6丁目21番6号