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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】映画でみた「伝説のワイン」を求めて...南フランス、ヴァン・ビオの作り手訪問記

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2015.12.25

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


私は元来、アルコール飲料を多くは飲めない性質です。すぐに顔が赤くなり、頭がクラクラしてしまいます。しかし、この度十何年ぶりにフランス校勤務になり、そんな自分でもおいしく感じることのできるワインを見つけました。
普段ならワインはグラス1杯で十分なのに、気が付くと普段は考えられないほど自然にグラスを重ねている自分がいました。その時飲んだワインは、グラスに注がれた時、軽く発泡している状態でした。発泡性のワインを注文していないのに、おかしいな...と思いながら味わっているうち、空気に触れる事によってワインの風味がどんどん変化していく事に気づきました。時間が経つにつれて発泡はなくなると、代わりに立ち上る香辛料のようなスパイシーな力強さ。こんなに余裕を持ってワインの風味の変化を味わった事は初めてでした。何より、自分が「おいしい」、「おもしろい」と、これまでワインに抱いたことのない感覚を感じながら飲んでいたことが驚きの経験でした。
これが「ヴァン・ビオ vin bio(オーガニック・ワイン)」との出会いでした。

ヴァン・ビオには、以前は有機栽培されたブドウを使用することが決まりでしたが、ワイン醸造の過程においても新しいガイドラインができ、2012年に収穫されたブドウから適用されました。ヴァン・ビオに認められれば、EU(欧州連合)やフランス政府から認められた機関が発行する認定ロゴと証明コードをワインのラベルにつけて販売できます。(注1)

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中央がEUによるオーガニック認定のロゴ。右はフランス認定のロゴです。

アルコールに強くない自分でも楽しめるヴァン・ビオへの興味が高まっていたちょうどその頃、フランスのワインを題材の一つにした映画を見る機会がありました。タイトルは「プロヴァンスの贈りもの」。南仏プロヴァンスを舞台としたエッセイで一世を風靡したピーター・メイル氏の小説を原作とした映画です(日本での公開年は2007年)。
映画は、ロンドンで働く主人公が、叔父からの遺産相続で南フランスにあるお城とブドウ畑を引き継ぐことになる事から始まります。主人公はワインに興味がなくそれらを売却しようと考えますが、実はそのブドウ畑から作られるワインの中には、「プロヴァンスの伝説」と言われ、作り手がわからず生産量も少ないために高価でコレクターも多い「コワン・ペルデュ Coin Perdu」というワインが作られていて...というあらすじで、南仏という舞台、そしてそこで作られるワインが、映画の中で重要な役割を務めていました。
原作は実在するワイナリーをモデルに描かれていますが、フランスの大手ワインガイド「ル・ギッド・ドゥ・アシェット・デ・ヴァン LE GUIDE HACHETTE DES VINS」の2016年度版では、このワイナリーを「リュベロン地方のワインの基準であり、この地方での有機栽培農家の先駆者である」と紹介しています。また、紹介されているうち2種のワインはいずれも"おすすめワイン(クー・ド・クールCoups de Cœur)"に選ばれており、3つ星中2つ星の高評価を得ています。
映画の舞台が、実際に高品質のワインを生み出すワイナリーである事を知って興味がわき、映画の中に見たフランスの美しい田園風景と美味しいヴァン・ビオを求めて、映画の撮影地にもなった南フランスの作り手を訪問してきました。

今回訪問したのは、フランス南東部リュベロン地方ボニュー BONNIEUXという町にある「シャトー・ラ・カノルグ Château La Caonorgue」というワイナリーです。

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"リュベロン地方"とは、プロヴァンス地方の中にあるリュベロン地方自然公園一帯を指す言葉だそうです。
地図上の赤い丸の辺りです

ボニューはローマ時代から存在する古い町。町の高台から見下ろす風景は絶景と評判です。

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(左)町の外観
(右)町の入り口にある看板

町を出て、ブドウ畑が連なる斜面の横を走り抜けると目的地に着きました。

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あら??門前に何やら変わった看板が...しかも数か国語で書いてある看板もあります。映画の撮影地だったため、お城の見学を希望する人も多いようです。

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"ワインの試飲、販売だけです。お城の見学はできません!!"と書かれています

シャトー・ラ・カノルグは、同じ一族が5世代に渡ってブドウ畑を所有している作り手だそうです。1950年代に当主の急死により、一度ブドウ畑が荒廃した時期がありました。
1970年代になって、現在の当主ジャン=ピエール・マルガンJean-Pierre MARGAN氏が古いブドウの区画は残しながら、ブドウ畑と施設の復旧に努め、ワイン作りを再開しました。その際、元々関心のあったブドウの有機栽培をはじめたそうです。醸造学を学んだマルガン氏は自身が当主として本格的にワインづくりに着手する前、いくつかの有機栽培を行っていない作り手の下で研修したのですがそこであまりにも多くの農薬が使用されている事を知り、自分は絶対に同じ事をするまいと思ったそうです。

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(左)現在の当主ジャン=ピエール・マルガン氏
(右)娘のナタリー氏


以来40年以上にわたり可能な限り自然な作り方をして、髙品質のワインを作ってこられました。ブドウ畑はビオロジック(有機栽培)とビオディナミ(バイオダイナミック)(注2)を取り入れた方法で手入れされており、リュベロン地方で最初のオーガニック認定(AB)(注3)のブドウ畑でもあります。

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(左)6月のブドウ畑の様子
(中央)ブドウ棚の横にはラベンダーが植えられています。映画の中ではサソリ除けにもなっていました
(右)10月のブドウ畑の様子。きれいな野花が咲いています

40ヘクタールのブドウ畑は、他の地方のヴァン・ビオの作り手と比べると広大な面積ですが、すべての畑が同じ区画内にあるので自分たちで管理ができるそうです。ブドウの平均樹齢は40年。いくつかの区画では樹齢80年や100年ほどのブドウもあるそうです。ワインの品質を優先するために、1ヘクタールあたりの収穫量を1500~3000リットルと少なく抑えているそうです。
赤ワイン用のブドウは機械も使いますが手で摘みます。一方白とロゼワイン用のブドウは新鮮さを保ち、日光による品質の劣化を防ぐため、影響を受けない夜に摘むようにしているそうです。

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(左)奥に見えるのがカーブCave(醸造場所)です
(中央)カーブの手前にある坂から屋上へ
(右)収穫したブドウを建物内のタンクに落とせる仕組みです

自然な製造方法を意識し、土地の個性を生かすために、ブドウの皮についた天然の酵母を使用し、一般的なワイン作りで醸造や酸化防止などのためによく用いられる人工酵母、タンニン、酒石酸などは入れず、また二酸化硫黄(注4)の添加もわずかな量に抑えているそうです。

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(左)作るワインによっては収穫したブドウから余分な枝などを取り除きます
(右)醸造用のタンク


敷地内にある販売所では、ワインを試飲しながら買うことができます。

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現在製造しているワインは12種類。今回試飲できたのは3種類だけでした...残念

さすがこの地方で有名な有機栽培の作り手です。南フランスの有機ワイン関連業者協会主催によるヴァン・ビオのコンクールでは、毎年のように入賞しています。

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(左)2013年に金賞を取った時の賞状です
(右)その他さまざまな品評会でも受賞歴があります

ありました!!映画の中に「伝説のワイン」として登場したコワン・ペルデュ。今回は試飲できないのが残念です...お土産として買って帰ります。

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これがコワン・ペルデュ

それと...なんだ、このラベルは???カエルか??

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日本向けのラベルにはカエルの顔がOにあたるように、フロッグFROGと書かれています。

しかもベレー帽をかぶったカエルとは?? マルガン氏に聞いてみました。
「イメージだよ。"フランス人はカエルを食べて、ベレー帽をかぶってる"ってね。」
そういえば、昔友人が知り合いのフランス人から「君たち外国人の持つフランス人のイメージは、ベレー帽をかぶって、カエルを食べ、バゲットを持っているという感じなんだろう?」と言われたという話を思い出しました。

そんなユーモアあるラベルもあれば、ナタリーさんがデザインしたラベルもありました。

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ワイン名も「ヴァンダンジュ・ドゥ・ナタリー(ナタリーによるブドウ収穫)」

ヴァン・ビオの作り手の多くは、個性的なラベルをつけて販売しています。ラベルでワインを選ぶのも楽しみの一つだと思います。


マルガン氏に、ヴァン・ビオについて様々な質問をしましたが、いずれにも快く答えてくださいました。
有機栽培をする上で、天候に左右される部分は大きいと思います。今年の夏は暑く、乾燥した日が続いたと思うのですが、苦労したことは何かありますか?
マルガン氏: 有機栽培においても他の栽培方と同様に天候の影響は受けますが、私のワイナリーではそこまで深刻な打撃はありません。普段から土地をしっかり耕しており、ブドウの木の根が地中深くまで伸びているため、干ばつの影響を受けにくいためです。

他の地域では単一品種でヴァン・ビオを作っている作り手も多くいると思います。カノルグのワインは数種のブドウを混ぜ合わせていますが、それはどうしてですか?
マルガン氏: 多様な品種のブドウが私たちの地域にはある。単一で作ることと、有機栽培とは結びつかないと思う。

娘のナタリーさんとワイン作りを始めたことで、変わったことはありますか?
マルガン氏: ナタリーは醸造学を修め、1999年から一緒に働いています。彼女はまた、醸造を学ぶために多くの国を旅しました。私たちは一緒に仕事ができることが幸せだと思います。各々がアイデアや感受性を出し合うことができますし、私は彼女に私の経験を伝えることができます。

ワイン作りという仕事をどう思いますか?
マルガン氏: 技術だけでなく多くの直感を要求される、創造的、そして芸術的仕事だと思います。

なるほど、家族や仲間との思い、醸造の技術や経験、土地や自然条件など様々な要素が詰まったワイン、それがシャトー・ラ・カノルグのワインだと思いました。
最後に、今年のシャトー・ラ・カノルグでのブドウの出来をマルガン氏に聞いてみたところ、「非常に良いですし、さらに言うなら傑出しています。」とのことでした。美味しいワインの出来上がりが期待できそうですね。

取材を終え、昼食に寄ったボニューのレストラン『ル・フルニルLE FOURNIL』のワインリストの裏には、シャトー・ラ・カノルグの紹介文がありました。そのためか周りのお客さんの多くも選んで飲んでいました。地元でも愛されている作り手なんだと感じてしまいます。
私も赤ワインの「シャトー・ラ・カノルグ・ルージュ」を注文しました。私がワインを飲むときに強く感じるアルコール臭は少なく、赤いフルーツのような甘ささえ感じました。口に含むと、程よい酸味が感じられ、アルコールなのにブドウ果汁のように爽やかさがあり、のど越しよい飲みやすさでした。私の南フランスのワインのイメージは、まぶしいほどの太陽に照らされた力強く味のはっきりとした男性的なワインのイメージでしたが、シャトー・ラ・カノルグのワインは、果実味と酸味のバランスがとてもよくとれていて丸みを帯びたように感じる女性的なワインでした。

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(左)『ル・フルニル』外観
(中央)「30年以上前からビオロジックとビオディナミを行っている」と紹介されています
(右)南フランスらしく、オリーブと一緒に煮込まれた素朴なウサギの料理とともにいただきました

帰宅後、映画「プロヴァンスの贈りもの」を見直しながら、お土産に買ってきた「コワン・ペルデュ」を飲んでみました。赤ワインの「シャトー・ラ・カノルグ」と比べるとタンニンがしっかりとしていて、果実のコクを感じる力強いワインでした。しかし、口の中には若い木のような青い香りと濃く赤いフルーツの香りが残り、口当たりは非常によく、自然とグラスを重ねてしまうワインでした。
作り手のこだわりが詰まった美味しいヴァン・ビオを飲みながら、映画の中に描かれるフランスの美しい田園風景や日常を見ていると、より身近にフランスを感じられそうです。

※自然派ワインについては、とっておきのヨーロッパだより2006年11月30日『なぜこんなに美味しい?自然派ワイン』
https://www.tsujicho.com/oishii/recipe/letter/totteoki/wine.html もぜひ参照ください。

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注1) 詳しい新ルールについては、こちらを参照ください。
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-12-113_en.htm?locale=en (英語)
注2) ビオディナミBiodynami(バイオダイナミック。天体がぶどうの木にもたらす影響を考慮して栽培する方法)
注3) オーガニック認定のABとはAgriculture Biologiqueの略。イナオINAO(Institut National des Appellations d'Origineの略。フランス原産地呼称委員会)により認定されています。
注4) 果汁の酸化、雑菌の繁殖を抑える効果があるため、ワインづくりの過程で使用される。

参考文献、資料、HP
http://www.ecocert.fr/
http://ec.europa.eu/
http://www.inao.gouv.fr/
http://www.sudvinbio.com/
LE GUIDE HACHETTE DES VINS 2016

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『LE FOURNIL』 住所 5 place Carcot, 84480 Bonnieux