COLUMN

食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】お皿を彩る、小さな小さな野菜達

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2018.06.27

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


農業大国フランスでは季節ごとに様々な野菜が出回っています。料理の付け合わせや、時には主役としてお皿を彩る存在ですが、今回紹介するのはその野菜の赤ちゃん、「クレスcress」です。

クレス cress

いわゆる発芽野菜のことで、日本では「スプラウト」「カイワレ」「マイクロリーフ」などと言う呼び名でも知られています。
見た目にも可愛く、添えるだけでお皿が華やかになりますが、それだけでなく親野菜に負けない味、香りがあるのも大きな魅力です。
日本ではこの手の野菜といえば「貝割れ大根」の辛いイメージがありますが、実際には風味の特徴は種類によって実に多彩で、様々な食材の料理にアクセントを付けることができます。

フランスでも近年はよく料理に用いられるようになりましたが、フランス校に出入りの八百屋さんに聞いてみると、実はこれらの発芽野菜にフランス産のものは少なく、大部分はヨーロッパのもう一つの農業大国オランダで作られているとのこと。
オランダは国土が九州位しかないにもかかわらず、農産物輸出額が世界でもトップクラスというから驚きです。早速現地へ行ってみることにしました。


~オランダへ~

今回訪問した『コッパート・クレスKOPPERT CRESS』社は、オランダ南西部モンステルMonsterという街にあります。
多くの栽培ハウス(ビニール製ではなく、強化プラスチックのようなものでできている様子)が立ち並んでいました。


コッパート・クレス社 コッパート・クレス社とその周辺 
(左)コッパート・クレス社
(右)コッパート・クレス社と周辺の航空写真


コッパート・クレス社は1987年創業。
野菜やハーブの種を発芽させた実に多彩な製品を生産していますが、それら製品の多くには、同社が商標登録した「クレスcress」という名称がつけられています。
今では東欧を除くヨーロッパのほぼ全域に商品を輸出しています。販売対象は一般向けもプロ向けもありますが、まずは製品の良い形での普及をめざし、プロ向け製品に力を入れている様です。
この他にもアメリカ、オーストラリア、トルコ、日本の会社とも提携し、栽培や流通のノウハウを情報提供しているそうです。

案内いただいたのは、同社パートナーコーディネーターのタラ・ヴェスターTara Vesterさん。
タラさんは普段、取引のある各国の会社とのやり取りをされています。様々な国に関わるお仕事だけあって何か国語にも堪能で、日本語もお上手です。今回の見学でも色々な質問に答えていただき、大変助かりました。

タラ・ヴェスターさん ロブ・バーン氏
(左)タラ・ヴェスターさん
(右)写真中央が、CEOのロブ・バーンRob Baan氏


会社内にはキッチンがあり、ここで専属の料理人とタッグを組んでメニュー開発や試食会の料理などがされているそうです。
キッチンは、その独特のフォルムや色から、社内では"フェラーリ"と呼んでいるとのことでした。

コッパート・クレス社内のキッチン
コッパート・クレス社内のキッチン


会社のホームページではクレスと様々な食材との組み合わせ、またクレスを使った料理のレシピなどが紹介されており、購買層に対し、味や利用法のイメージを喚起する仕組み作りがなされています。

ハウス内を見学させていただきながら、「クレス」についての説明をうかがいました。そもそも、コッパート・クレス社が呼ぶところの「クレス」と、いわゆる「スプラウト」の違いというのは何なのかをタラさんに伺いました。

「そもそもクレスとは、発芽直後の植物の新芽のことで、発芽野菜のことを指します。ヨーロッパで『スプラウト』と呼ばれるものは、回しているドラムの中で育てる、言わばもやしの様なもの。成長には水と温かさだけを必要とします。これに対してクレスの栽培には、水と温かさに加え、『光』が重要な要素となります。」とのこと。

つまり、植物が発芽し成長を始めると、乾燥した種子の状態では存在しなかった種類のビタミンや、その他の栄養成分を自分で合成するようになりますが、そのためには光合成、光が必要となる訳で、光を浴び、大きく成長するために必要な栄養やパワーを最も豊富に含んだ状態がクレスという訳なのですね。



クレスの栽培工程はほぼ機械化されていました。私がイメージしていたよりずっと近代的で、畑というより加工食品の工場の様です。




セルロイド繊維が入ったケースに、種子が手作業で蒔かれていきます。





ハウスの中は、室温はもちろん、散布される水も含めて温度管理が徹底しています。




室内の温度は、地下に蓄えられた冷水と温水により、一年中21℃に調整されています。LEDの光は、味や色に影響が出てくるので特定の種類にだけ使用し、他は自然光だけを育てている様です。
クレスは種を蒔いてから約2週間ほどで収穫できるようになります。


 

出荷24時間前になれば、今度はより涼しい4~5℃の部屋へ移します。流通の間にスプラウトが萎れたりしない様、温度調整が必要なのだそうです。

種から水を使って栽培する「クレス」のハウスとは別のハウスで、鉢植えで様々な珍しい植物が栽培されていました。ここでは、これらの植物はその新芽や蕾を採取することを目的に育てられています。いずれもその特徴ある風味を活かし、コッパート・クレス社の有力な商品となっています。
これらはクレスとは異なり、収穫できる新芽や蕾がつくようある程度本体の植物を成長させる必要があるため、
鉢植えで土を使用して栽培されています。
温度や虫などの影響が出ないようクレスとは別の場所で栽培され、商品として出荷できる状態になるまでに
1か月程度かかるそうです。

セシュアン・ブトン ソルティー・フィンガー
(左)セシュアン・ブトン
(右)ソルティー・フィンガー



~クレスの紹介~

30種類以上ある中で、特に面白いもの(個人的な好みも含めて)をいくつか紹介します。
※以下、商品名中の記号®は、コッパート・クレス社に商標登録されている名称であることを示します。


TAHOON® CRESS(タフーン・クレス)
TAHOON

ローストしたナッツの様な味で、森の香りもします。風味が強いのでチーズやジビエに合います。



ACLLA CRESS(アクラ・クレス)
ACLLA

柑橘やミントのようなさわやかな風味。デザートでフルーツと合わせても良いですし、脂っこい料理のアクセントにも合いそうです。



BORAGE CRESS(ボラージュ・クレス)
BORAGE

きゅうりと牡蠣を一緒に食べたような味です。魚介料理にぴったりです。



VENE CRESS(ヴェヌ・クレス)
VENE

可愛い見た目ですが、食べるとほのかな酸味があります。淡泊な魚や、卵、チーズに合います。



ROCK® CHIVES(ロック・チャイヴス)
ROCK

にんにくやネギの様な味です。もちろん魚介、肉、幅広く合わせることができます。



MOTTI CRESS(モッティ・クレス)
MOTTI

セロリの風味がします。魚介のマリネやスープなどに合います。



ATSINA® CRESS(アトゥシナ・クレス)
ATSINA

食べると甘味があり、ういきょうの様な香りもあります。デザート、アイスクリームにぴったり。白身魚にも合います。




~その他 若葉や蕾など~

BLINQ®BLOSSOM(ブリンク・ブロッサム)
BLINQ

アイスプラントの新芽です。アイスプラント自体も珍しい野菜として近年は出回るようになりましたが、コッパート・クレス社ではこの新芽を商品として育てています。プチプチした食感と塩の風味があります。クセはないので様々な料理のアクセントとして使えます。


SECHUAN BUTTONS(セシュアン・ブトン)
SECHUAN

花山椒の風味の食用花です。見た目とは裏腹に食べると強烈な辛みとしびれがやってきます。タルタルサラダ等の薬味やアミューズ・ブーシュで驚きを演出するのに使うと良いでしょう。



APPLE BLOSSOM(アップル・ブロッサム)
APPLE BLOSSOM

青りんごを思わせる爽やかな酸味があります。魚料理やフルーツのサラダに合います。



SALTY FINGERS®(ソルティー・フィンガー)
SALTY FINGERS

シャキシャキした食感で塩味とほのかな苦味があります。見た目、味、食感が良く、魚介の冷製料理に合わせると良いと思います。色々試食させていただいた中で、個人的にはこれが1番好きでした。



コッパート・クレス社がクレス生産事業を立ち上げるに至った動機や、今後の目標などについてタラさんに色々とお話を伺う中で、
「オランダでもっとみんなが野菜を食べてもらえる様にしていきたい。野菜を、健康の為にいやいや食べるものではなく、美味しいから食べるものという様に人々の意識を変えていきたい」という言葉がとても印象に残りました。



~自分でもクレスを育ててみました~

コッパート・クレス社訪問で色々なお話を聞いたり、栽培工程を目の当たりにして、自分でもやってみたくなり、種苗店でブロッコリー、ラディッシュ、ビーツ、グリンピースの種を買いました。
土の苗床に種を蒔く方法と、コッパート・クレス社のように水だけを使う方法の2種類で育てて見ることに。今回は土の苗床を使った方の成長をご紹介します。


種をまいてから3日目の様子
種をまいてから3日目の様子

発芽しました。土の中から芽が顔を出しました。日中は外に出して日の光を当てることに。


5日後 7日後
(左)5日目
(右)7日目

すくすくと芽が育ってきました。日に日に成長しているのが分かります。水をあげるのが楽しみになってきました。


10日後 
10日目


市販のスプラウト位まで成長しました。
今回は4種類の野菜を育ててみましたが、それぞれの野菜の味がしっかり感じられて美味しかったです。
成長に関しては、水だけで栽培したものをよりも、土に植えたものの方が早い成長が見られました。(同じ大きさになるまで水床は2週間のところ、土床は7~10日で育ちました)
ただ、風味に関しては、正直な所、両者にそこまでの大きな違いは見られませんでした。

コッパート・クレス社でもクレス栽培には水床を用いていたことを思い出し、土を使わない理由などがあるのか、後日タラさんにメールで聞いてみたところ、「多少成長が遅くなっても食品としての安全性を優先させるため、雑菌の入りにくい水床がクレス栽培の環境としては望ましい」という回答をいただきました。
確かに、大きくなるまで育てる野菜類と異なり、新鮮なものを清潔な状態で供することが優先されるクレスの場合は、水床での栽培が適しているようです。


オランダを訪ねてみて、私がイメージしていた農業の形との違いにとても驚きました。また、実際に栽培したり、色々な種類を味わってみているうちに、すっかりクレスの魅力にはまってしまった気がします。色々なクレスと食材の組み合わせを試して美味しい料理を考案したいなと思いました。


今後は日本でも沢山のクレスが出回るかもしれません。(注1)
それまでにもしヨーロッパを訪れる機会があれば、可愛くて美味しい野菜の赤ちゃんクレスをぜひ味わってみて下さい。




取材協力

Koppert Cress BV  コッパート・クレス社
住所: De Poel 1 2681 MB Monster Pays-Bas
Tel.: +31(0)174 24 28 19
Fax.: +31(0)174 24 36 11 
URL https://www.koppertcress.com/


注1:
日本では、コッパート・クレス社とライセンス契約を結んでおられる「村上農園」社より、2018年から何種類かの製品が「マイクロハーブ」の名で販売開始されました。
http://murakamifarm.com/company/release/2018/04/04/002127/