【半歩プロの西洋料理】 クリスマスにはブーダンを・・・
「ムッシュC、この週末はクリスマスだけど、フランス人の家庭では何を食べるの?」
私のこの言葉で、仕事のトラブルから部屋の隅で固まったように休んでいた彼は顔を上げた。
日本にやってきて4年余り、言葉の不自由がなくなってきた分、自分の主張をはっきりと口にするようになった彼が、技術研究所で学生の指導に当たり始めてから2年になろうとしている。最近は日本人のスタッフとぶつかることも少なくない。それも彼の一所懸命な気持ちからなのだろう。
顔を真っ赤にして気持ちを静めようとしている彼に、誰も話しかけない。ぶつかった日本人スタッフを気遣ってか、遠巻きに見ているだけである。やがては時間が解決するかも知れないが、故郷を離れて異国で働く者の心の葛藤は日本人であろうとフランス人であろうと同じだ。「自分がかつてフランスで置かれていた状況を思い起こせば少しは接しようもあるだろう・・・」そう思って声をかけるのは初めてではなかった。
彼に素朴な疑問を投げかけたのは、人にものを教える喜びや満足感、達成感を思い出してほしかったからだ。また、「身近にコミュニケーションが取れる同僚がいる」と感じてもらうことで、彼の怒りや悲しみがまぎれるのでは?という思いが少しはあったのかも知れない。何にしても、彼は日本の若者に「フランス料理を伝えよう」と、思ってやってきたのだから・・・。
「日本人のクリスマスは12月になってから始まって、子供たちが25日の朝プレゼントの包みを開けて終わるが、フランスでは11月の中ごろから始まるんだ・・・」キリスト教とは無縁の私に彼は『クリスマス』についての話を始めてくれた。
クリスマスはキリストの誕生日の12月25日、その前日がクリスマスイブである。 日本人はクリスマスを一つのハレの日と捉え、その日と前日だけを祝うことが多い。そこにいたるまでの期間は、クリスマスを1つの商機と考えての雰囲気作りが中心になる。最近でこそ、家のあちこちを飾り立てて楽しむ人も増えてきたが、あくまでも商業的な「イベント」の域を出ないのである。
しかし、フランス人にとってのクリスマスは、イブの直前の日曜日から4週間さかのぼった日曜日から始まるというのだ。その日曜日から家の内外の飾りつけなどを進め、伝統的な料理やお菓子を作り、保存して十分な準備をしてイブを迎えるのである。
イブからクリスマスにかけては、家族で過ごす、キリスト教徒としての大切な時間である。クリスマスイブは日没以降は食べ物を口にせず、教会での集会(伝統的には真夜中にミサがある)の後に軽く食事をするのが伝統的な習慣で、翌日のクリスマスに豪華な食卓を家族で囲むことになる。こういった習慣は今でも多くの家庭に残っているらしい。
クリスマスを過ぎても伝統的な菓子は保存し続け、1月6日までクリスマスシーズンが続く。クリスマスを迎えるまでの、当日を待ち望む気持ち、クリスマスを過ぎてからの終わりを惜しむ気持ちに、彼らの信仰心があらわれているのかも知れない。
伝統的にフランス人がクリスマスに食べるものは、牡蠣、サーモン、フォワグラ、白いブーダン、そして栗を詰めた七面鳥やシャポンと呼ばれる巨大な去勢鶏などである。これらを何日もかけて準備し、教会から帰ってきてからあるいはクリスマスの当日にゆっくりと仕上げて家族で食べるのである。ちなみに、フランスのクリスマスケーキの定番とされている薪の形のケーキ「ビュッシュ・ド・ノエル」は、家族が薪を持ち寄り暖炉にくべてみんなで暖をとるという、昔の風習からヒントを得て、生み出されたものだという説がある。
伝統的なお菓子としては、地域によって形は違うが、口の中がパサパサに乾くような、しっかりと焼き上げたバターケーキが多いようである。
さて、件の話に戻ろう。
彼が何を食べるのか?で、ある。
「生がきをエシャロットビネガーのソースで食べる。それから、授業でも作っているサーモンのマリネ。メインは、栗やきのこの入ったバターライスとトリュフを詰めた鶏のローストだよ。すでに家では妻がりんご入りのケーキを作っている。当日はおいしいアイスクリームを買って帰るんだ。」と少しこわばった笑顔を見せながら答えてくれた。
今年の夏、フランスから家族を呼び寄せた彼に「やっぱり今年は気合いの入ったメニューを作るんだな。」と言うと、「僕が作るんじゃないよ、妻が作るんだ。もちろん僕がしっかりと手伝わされるんだけど…」と少しはにかんでほほえみながら話を続けた。
マダムCお得意?のりんごのケーキを再現・・・
実物はもっとパサパサしていたが・・・
(1週間以上保存していたんだから仕方ないのか・・・)
「ブーダンは?」と聞くと、残念そうに、
「日本じゃブーダンを売ってないし、家ではいつもおばあちゃんが作っていたから・・・」と、語った。
ブーダンとはフランスのソーセージの一種で、プロの職人が作る、「血と脂身」で作る黒いものと、家庭でも作ることができる、「肉と脂身」で作る白いものがある。クリスマスに食べるのは白いブーダンで、豚の脂身と豚や鶏のような白い肉をベースに卵、牛乳、クリーム、パンなどを加えて特別な添加物を使わずに家庭で手軽に作るものである。フランスの家庭では料理自慢のおばあちゃんやお母さんが腕をふるうものの1つだ。確かに食材をそろえにくい日本ではあまりお目にかかることはない。
「じゃ、作ろう。鶏の胸肉と豚肉を買っておいで。残りの材料は在庫で何とかなるだろう。」と、フランスで一緒に働いていたスタッフの料理上手の奥さんから習った、フランスの家庭の味を再現することにした。故郷を遠く離れて、家族で過ごす初めてのクリスマスである。おばあちゃんの味とまではいかなくても食卓が賑わうにこしたことはない。保育園に通う彼の娘に満面の笑みが浮かぶことを思い描いて、腕を振るうとしよう・・・
「美味しいの作ってやるよ」
その声にうなずく彼にも本来の明るい笑顔が戻ってきたようであった。
<コラム担当者>
10年前のクリスマスシーズンを思い出した
老人ライダー候補生・・・
此上 潤
<このコラムのレシピ>
サーモンのショー・フロワ
かきの卵包みグラタン
白いブーダン
<バックナンバー>
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