【独逸見聞録】 ブロートの名称と外観 ~大型パン(其の弐)~
使用されている穀物製品の割合を中心に、「ブロート(Brot)」の種類が分類され、名付けられている。配合だけでもかなりの数に上るが、その同じパン生地から、円形や長円形、棒状や環状、角型などの「形状」、または焼成方法などの「製法」の違うブロートが作り出されている。ドイツの消費者にとって、選択肢の幅は非常に広い。
前回に引き続いて、ブロートの種類と名称、その外観や形状について紹介する。
★パンの種類と名称
◆使用されている穀物製品によるブロートの種類
食品指導原則では、ブロートの種類は、使用されている「穀物製品(Getreidemahlerzeugnis:ゲトライデマールエァツォイクニス)」によって名付けられ、分類されている。
Weizenbrot |
Roggenbrot |
Weizenmischbrot |
Roggenmischbrot |
Weizenvollkornbrot |
Roggenvollkornbrot |
Vollkornbrot |
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Hafervollkornbrot |
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Weizenschrotbrot |
Roggenschrotbrot |
Schrotbrot |
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Dinkelbrot, Dinkelvollkornbrot |
◆地名の付いたブロートの名称
ドイツ製パン職人組合の「指導要綱(Richtlinie:リヒトリーニエ)」によると、地名の付いたブロートの名称は、「属名(Gattungsbezeichnung:ガットゥングスベツァイヒヌング)」であり、何処ででも製造や販売をすることができる。
販売の際には、穀物製品によるブロートの種類名を伴わずに、単独で表示をすることが可能である。但しこの場合は、下記の表の様に、全国的に知名度の高いものに限られる。
地名の付いたパンの名称 |
穀物製品によるパンの種類 |
Schwarzwälder Brot |
Weizenmischbrot〈ヴァイツェンミッシュブロート〉 |
Berliner Landbrot |
Roggenbrot〈ロッゲンブロート〉 |
Hamburger Schwarzbrot: |
Roggenvollkornbrot 〈ロッゲンフォルコルンブロート〉 |
「真の・本物の(echt:エヒト)」または「本物の・独自の(original:オリギナル)」という記述を用いる場合には、「生産地名称(Herkunftsbezeichnung :ヘーァクンフツベツァイヒヌング)」、即ち、この地名を持つ地域内で製造されなければならない。
◆創造・創作されたブロートの名称
穀物製品によるパンの種類や、地名の付いたパンの名前に当てはまらない、「発案」されたパンの名前は、それだけでは、販売の際の表示としては充分ではない。
これらの名称を用いる場合には、公に流通しているパンの種類を併記する必要がある。
◆ザウァータイクブロート(Sauerteigbrot)
自然のサワー種(Natursauerteig:ナトゥーァザウアータイク)でのみ、酸味を付けることが許されている。人工的に酸味を付ける方法は、許可されていない。
◆バウァーンブロート、またはラントブロート(Bauern- oder Landbrot)
大抵の場合、田舎風の外観で、表面に粉が掛けられ、しっかりとした厚い外皮を持つ。穀物粉の割合や配合については、特に規定はない。ヴァイツェンミッシュブロート、ロッゲンミッシュブロート、またはロッゲンブロートの何れでも構わない。ライ麦の割合が20%以上の場合には、サワー種を使用する。その際に添加される酸の量は、最低でも2/3自然のサワー種に由来すること。
◆エコブロート、またはビオブロート(Öko- oder Biobrot)
最低でも95%の材料が、有機農法によるものでなければならない。
穀物粉の割合や配合については、特に規定はない。
★ブロートの形状とその名称
ブロートの形状名 |
ブロートの形状 |
Rundbrot |
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Langbrot |
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Kastenbrot |
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Stangenbrot |
長い棒状。 |
Ringbrot |
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Fladenbrot |
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Angeschobenes Brot |
接合した状態で窯に入れる。 |
Frei geschobenes Brot |
個々のパンを隣のパンと間隔を空けて焼成する。 |
左は、長円形と角型で焼いたヴァイスブロート(Weißbrot)。
右は、棒状のバゲット(Baguette)とバウァーンシュタンゲ(Bauernstange)。
角型に入れて焼成したカステンブロート(Kastenbrot)の集合写真。
接合した状態で窯入れし、焼成した
アンゲショーベネス・ブロート(Angeschobenes Brot)の集合写真。
個々のパンを隣のパンと間隔を空けて焼成した
フライ・ゲショーベネス・ブロート(Frei geschobenes Brot)の集合写真。
★ブロートの表皮の外観
◆表皮上の粉模様
ライ麦粉を振った発酵用のカゴ(Backkorb:バックコルプ)の中で、パン生地を発酵させると、カゴの畝に沿って、粉の筋模様が付く。成形後、滑らかな面を下、とじ目を上にしてカゴに入れ、発酵させる。焼成時には、発酵カゴを裏返し、滑らかな面を上にして窯に入れる。
◆滑らかで光沢のある表皮
成形したパン生地が発酵した後、焼成前に、粉を払い落として表面に水を塗る。
ピケローラー(Stipprolle:シュティップロレ)を転がして、パンの上面に小さな空気穴を開ける。これによって、焼成初期に過剰なガスが抜ける。均一な焼き上がりになり、パンの表皮下に空洞が発生するのを防ぐ効果がある。焼成直後に、水を塗るか、噴き掛けて、表皮に光沢を与える。
左は、粉模様を残したものと、水を塗って光沢を出したロッゲンミッシュブロート(Roggenmischbrot)。
右は、ライ麦粉を振った発酵用のカゴと、パンの表面に穴を開けるためのピケローラー。
◆表皮上の木目模様
成形したパン生地の表面を、ライ麦粉の中に沈め、しっかりと粉をまぶし付ける。
低めの湿度で発酵させることによって、パン生地が膨らむ際に、粉の付いた表皮に亀裂が生じる。それが「木目模様(Maserung:マーザルング)」となる。
◆表皮上の切り込み
焼成前に、パンの表面に切り込み(Einschnitt:アインシュニット)を入れる。切り込み箇所には、軽い裂け目ができ、焼き色にコントラストをもたらす。
例えば、丸いパンには十字、長円形のパンには、斜めに数回切り込みを入れる。
◆クルステンブロート
円形または長円形に、パン生地を成形する際に、軽くライ麦粉を付けて、とじ目の部分が完全にくっ付いてしまうのを防ぐ。とじ目を下にして発酵させ、焼成時には、とじ目を上に向け窯入れする。気泡内のガスが膨張することによって、とじ目部分が力強く裂ける。
外皮(Kruste:クルステ)の占める割合が特に高く、風味が濃厚である。
左は、表面に切り込みを入れたヴァイツェンミッシュブロート(Weizenmischbrot)。
右は、とじ目の部分を上にして焼いた、厚めの外皮を持つバウァーンブロート(Bauernbrot)。
★特別な焼成方法のブロート
この項目のブロートは、特別な焼成方法、または特別なオーブンで焼かれている。
これらの名称を用いる場合には、公に流通しているパンの種類を併記する必要がある。
◆ホルツオーフェンブロート(Holzofenbrot)
ホルツオーフェンブロートは、薪窯の中で「薪(Holz:ホルツ)」を燃やした熱で、直焼きされなければならない。大抵の場合、大きな丸いパンで、ライ麦の割合が高く、サワー種を利用して作られる。しっかりとした厚めの外皮と、薪の香りや濃い風味を持つ。
薪窯の内部は石で囲まれていて、窯床の上で、加工されていない天然の薪を、直接燃やす。
先ず、窯の内部を薪で満たして、点火する。希望の温度に達したら、熾きや灰、燃え殻を取り除き、窯床を掃除する。長柄の木製パン焼きベラ(Brotschießer:ブロートシーサー)を使って、熱い石製の窯床にパンを入れる。焼成中に、熱が少しずつ弱まっていくため、焼成時間は長い。
「薪窯風」の様に、ホルツオーフェンブロートを推量させる、紛らわしい名称や表現は、認められていない。
◆シュタインオーフェンブロート(Steinofenbrot)
天然石(Naturstein:ナトゥーァシュタイン)か、人工石(Kunststein:クンストシュタイン)、または耐火粘土(Schamotte:シャモッテ)製の窯床の上で直焼きされる。シュタインオーフェンブロートは、しっかりとした厚めの外皮と、濃い風味を持つ。
この石窯の熱源は「薪」、または「ガス(Gas:ガース)」である。ガスの場合には、窯の温度が下がり過ぎた場合に、再燃させて温度を上げることも可能である。
◆プンパーニッケル(Pumpernickel)
プンパーニッケルは、蒸気焼成室(Dampfbackkammer:ダムプフバックカマー)内で、蒸し焼きにされる。焼成時間は長く、最低でも16時間掛かる。焼成温度が低いため、外皮が形成されない。
褐色で仄かな甘みがある内層は、しっとりとしていて、長期間新鮮さが保たれる。
低温焼成することによって、パンの中の温度がゆっくりと上昇し、酵素の活動が強化される。澱粉が、麦芽糖(マルトース)とブドウ糖(グルコース)に分解され、アミノ酸と化合することによって、褐色で、風味のあるメラノイジンになる。所謂「メイラード反応」である。
プンパーニッケルや、ダンプフバックカマーブロートは、包装されたスライスパン(Schnittbrot:シュニットブロート)として販売されることが多い。
◆クネッケブロート(Knäckebrot)
クネッケブロートは、乾燥させた平らなパン(Flachbrot:フラッハブロート)である。水分含有量が10%以下と非常に低いので、長期保存が可能である。
◆ゲァスターブロート(Gersterbrot)
ゲァステルブロート(Gerstelbrot)とも呼ばれる。窯入れ前に、パン生地の表面を裸火で炙ることがこのパンの特徴である。外皮に焦げ目が付き、独特な斑模様と風味を与えている。この作業工程は、「ゲァスターン」または「ゲァステルン」と呼ばれ、それが名前の由来にもなっている。
主に、ドイツ北部の都市ハノーファー(Hannover)とその近郊で焼かれている。