【独逸見聞録】 ラウゲンゲベック ~小型パン(其の参)~
独特の風味と、光沢のある赤褐色の外皮を持つ「ラウゲンブレーツェル(Laugenbrezel)」。
朝食や間食は勿論、ビールなどのアルコール類と共に・・など、時刻を問わず、様々な場面で好まれている。
焼成前にアルカリ溶液に浸すことや、特異な形状など、その由来に纏わる伝説や逸話が、ブレーツェルについて数多く残されている。また14世紀以降はパン職人同業組合の象徴となり、パン屋の紋章の中心に描かれている。前回紹介した「ブレートヒェン(Brötchen)」と同様に、地方によって名称や発音の仕方が随分と異なる。
それぞれの地域によって、配合や製法に特徴がある。
今回は、ブレーツェルを中心に、「ラウゲンゲベック(Laugengebäck)」について紹介する。
左:代表的なブレーツェルの他、ラウゲンゲベック各種。
右:チーズ(Käse:ケーゼ)や、ベーコン(Speck:シュペック)をのせて焼いたものもある。
★ラウゲンゲベック(Laugengebäck)
ラウゲンブレーツェル(Laugenbrezel)、ラウゲンブレートヒェン(Laugenbrötchen)、ラウゲンシュタンゲ(Laugenstange)などのラウゲンゲベックは、最低でも50%の小麦粉から製造されている。
成形されたパン生地の外側は、焼成前に、ナトロンラウゲ(Natronlauge)溶液で処理される。
通常、生地に砂糖は添加されない。
*「ドイツ食品便覧(Deutsches Lebensmittelbuch:ドイチェス・レーベンスミッテルブッフ)」に収録されている、「大型と小型パンの指導原則(Leitsätze für Brot und Kleingebäck:ライトゼッツェ・フュァ・ブロート・ウント・クラインゲベック)」より。
ラウゲンゲベックの製造が特に盛んなのは、ドイツ南部のバイエルン(Bayern:州都はミュンヒェン)とバーデン=ヴュルテンベルク(Baden-Württemberg:州都はシュトゥットガルト)の2つの州である。その周辺地域や、近隣諸国のオーストリア、スイスのドイツ語圏、フランスのアルザス地方などでも親しまれている。
◆ラウゲンブレーツェル / ラウゲンブレッツェル(Laugenbrezel)
薄く伸ばした生地を幾重にも巻き込んで、棒状にする。中央から端に向かって徐々に細くなるように伸ばし、交差させて一度ねじる。生地の両端を中央部に近い太い部分に押しつけて接着する。
焼成前にラウゲン溶液に浸して、粗い粒状の塩(Brezelsalz:ブレーツェルザルツ)を振り掛ける。
<地方によって異なる名称と発音>
標準ドイツ語(Hochdeutsch:ホッホドイチュ)では、「Brezel」と表記される。
「Brezel:ブレーツェル」と発音するのは、共にライン河の支流の、モーゼル河(Mosel)とマイン河(Main)よりも北側である。
それに対して「Brezel:ブレッツェル」と発音し、場合によっては「Bretzel」とも表記されるのは、ドイツ南西部とスイスのドイツ語圏である。
ドイツ南東部のバイエルン地方では、「Breze:ブレーツェ」、「Brezen:ブレーツェン」又は「Brezn:ブレーツン」、そして隣国のオーストリアでは、「Brezen:ブレーツェン」と同時に「Brezel:ブレーツェル」とも呼ばれる。バイエルン南西部に位置するバイエルン=シュヴァーベン地方の北部では、「Brezg」と表記されることもある。
元々の語源は、ラテン語で「腕」という意味の「brac(c)hium」に由来する。それが、古高ドイツ語の「brezitella」を経て、現在に至るといわれている。
ブレーツェル中央の太めの部分を「腹(Bauch:バウホ)」、交差させた細めの部分を「腕(Arm:アルム)又は縮小語尾を付けた(Ärmchen:エルムヒェン)」と呼ぶ。
<地方による外観と配合の相違>
ドイツ南部の中でも、それぞれの地域によって、配合や製法が少しずつ異なる。それに伴って、外観や食感にも地域による特徴が現れる。
◇バイエルン地方のブレーツェン (写真左)
(Die bayrische Brezen:ディー・バイリッシェ・ブレーツェン)
形: 腹と腕の部分の太さは大差なく、空間部分の割合はほぼ同じである。
切り込みは入れない。そのため、表皮に不規則なひびが入ることが多い。
配合: 油脂の配合が、粉に対して3%以下と最も少ない。クリスピーな食感を持つ。
◇シュヴァーベン地方のブレーッツェル (写真中央)
(Die schwäbische Brezel:ディー・シュヴェービッシェ・ブレーッツェル)
形: 腹の部分が強調され、かなり細めの腕の部分は下の方に配置される。
切り込みを入れる。
配合: 粉に対して3 ~10%と高めの油脂配合。腹は柔らかく、腕はカリッとしている。
◇バーデン地方のブレッツェル (写真右)
(Die badische Brezel:ディー・バーディッシェ・ブレッツェル)
形: 上記の2つの中間的存在。
シュヴァーベン地方のものよりも腕は少し太めで、比較的上の方に配置される。
切り込みを入れる。
配合: 油脂の配合は、粉に対して4~6%。ラードなどの精製された獣脂(Schmalz:シュマルツ)
を使用することもある。少々コンパクトで、ずんぐりとした印象を持つ。
◆ラウゲンシュタンゲ(Laugenstange)
薄く伸ばした生地を幾重にも巻き込んで「棒状」にし、真っ直ぐな状態で焼き上げたもの。
焼成前にラウゲン溶液に浸して、表面に切り込みを入れ、ブレーツェルザルツを振り掛ける。
◆ラウゲンリング(Laugenring)
薄く伸ばして幾重にも巻き込み、棒状にした生地を、適当な長さに伸ばして「リング状」に繋げる。
焼成前にラウゲン溶液に浸して、表面に切り込みを入れ、白ゴマ(Sesam:ゼーザム)や黒ケシ(Mohn:モーン)、ブレーツェルザルツを振り掛ける。
ラウゲンクリンゲル(Laugenkringel)やラウゲンクライス(Laugenreis)と呼ばれることもある。
◆ラウゲンクノーテン(Laugenknoten)
薄く伸ばして幾重にも巻き込み、棒状にした生地を、適当な長さに伸ばす。それを一本編みにして「結び目」を作る。焼成前にラウゲン溶液に浸して、ブレーツェルザルツを振り掛ける。
◆ラウゲンシュパッツ(Laugenspatz)
薄く伸ばして幾重にも巻き込み、棒状にした生地を、適当な長さに伸ばす。それを一本編みにして緩い結び目を作る。
焼成前にラウゲン溶液に浸して、「雀」に見えるように、ハサミでクチバシと尾の部分に切り込みを入れ、ブレーツェルザルツを振り掛ける。
★ブレーツェルラウゲ(Brezellauge)
ブレーツェルラウゲは、4%以下の水酸化ナトリウム(Natriumhydroxid=NaOH)と、96%以上の水からなる(溶液の濃度は4%以下)。
ブレッツェルラウゲは、表記義務のない食品添加物のひとつに数えられる。
(焼成前に)ラウゲンゲベックを浸すことにのみ、使用を認められている。
水酸化ナトリウム(Natronlauge:ナトロンラウゲ)は、ドイツ国内及びにEU圏内で、食品添加物として許可されている。そのE‐番号(E Nummer)はE524で、使用目的は「pH調整剤」である。
*E‐番号は、欧州連合内で使用するために決められている食品添加物に付与される分類番号。
欧州連合では一般的に食品のラベルに記載されている。
因みに日本では、水酸化ナトリウム(別名:苛性ソーダ)は、食品衛生法により、食品添加物としての使用は条件が付けられ、最終食品の完成前に中和又は除去することが定められている。
ドイツで主に流通しているナトロンラウゲは、以下の2種類である。
・液体 濃度36%の水溶液。
・固形 濃度99%以上で、白色の粒状、又はフレーク状。
溶液の濃度が4%を超過しないように注意が必要である。希釈の際には、最初に分量の水を入れ、そこに水酸化ナトリウムを加える。逆の場合、発熱を伴う化学反応が急激に起こるため危険である。
左:ナトロンラウゲ(液体)の容器のラベル。
右:「腐食性物質(Ätzend:エツェント)」の表示。
ブレッツェルラウゲは、パン生地の表面に接するだけで、内部深くには入り込まない。少量の水酸化ナトリウムは、焼成時に窯の中に存在する二酸化炭素(Kohlenstoffdioxid=CO2)との化学反応によって、炭酸ナトリウム(Natriumcarbonat=Na2CO3)に変質し、中性化される。
こうして腐食効果が失われるため、ブレーツェルラウゲは、添加物の表記をする必要がない。
2NaOH + CO2 → Na2CO3 + H2O
水酸化ナトリウム(苛性ソーダ) pH 13~14 《強アルカリ》
焼成後のラウゲンゲベックの表皮 pH 8~9 《弱アルカリ》
最終発酵後、冷却してパン生地の表面を固める(ラウゲン溶液が内部に入り込むのを防ぐため)。
焼成前に、ラウゲン溶液に浸す際には、必ず手袋を着用する。
使用直前にもう一度混ぜ直すことによって、焼成時の焼きムラを防ぐことができる。
左:それぞれの形に応じて切り込みを入れ、白ゴマや黒ケシ、ブレーツェルザルツを振り掛ける。
右:粗い粒状の塩(ブレーツェルザルツ)。