【独逸見聞録】ジャム類の原材料:砂糖とゲル化剤 ~ジャム(其の参)~
冷蔵・冷凍技術が発達しておらず、食品の流通事情の良くなかった頃には、「保存食品」の持つ意味は、現在とは比較できない程大きかった筈である。
新鮮な果物や野菜の種類や収穫量が、極端に少なくなる冬場を乗り切るため、塩や砂糖、酢やアルコールなどを用いて保存食が作られ、地下室で保存された。その中でも比較的簡単に製造できるため、自家製のジャム類は、それぞれの果物の旬に合わせて、現在でも作り続けられている。
今回は、ジャムの主要材料のひとつである砂糖(Zucker: ツッカー)と、ゲル化剤(Geliermittel: ジェリアーミッテル)を中心に、その役割や特性について紹介する。
★ジャムにおける砂糖の役割
「ジャム」は、果物に多量の砂糖を加えて煮詰めた(105℃)もので、果実や果汁に含まれているペクチンに、糖類と酸が作用して、ゼリー状に柔らかく固まる作用を利用した加工食品である。
ジャムのゼリー化には、「ペクチン」と「糖類」、及び「酸」が大きな役割を果たしている。これらがバランス良く組み合わさることによって、適度な粘度の美味しいジャムができ上がる。
果実には、糖分の他、ペクチンや酸も含まれているが、ジャムとして必要な量に満たないものについては、理想的な製品にするために補充しなければならない。
一般的にペクチンがゼリー化するための条件は、糖度が60~65%であること。これに対し果実中に含まれる糖分は10%前後であるため、ゼリー化するためには多量の糖分を加える必要がある。
腐敗を招く細菌やカビが繁殖するには、一定の水分が必要である。ところが、ジャムに大量に含まれる砂糖が果実中の水分を抱え込んでしまうので、腐敗菌は繁殖に必要な水分を得られなくなる。従って、砂糖の含有率が高いほど腐敗菌は増えず、保存性が高くなる。砂糖の量が多いほど日持ちするのは、この砂糖の保水性のためである。
このような砂糖の効果を利用したものが、「ジャム」や「砂糖漬け」などの保存食品である。そのため、糖分を控える場合には、極端な配合にならないように注意し、早めに使い切ることが求められる。
★砂糖の種類
☆ラフィナーデ(Raffinade)
クリスタルツッカー(Kristallzucker)とも呼ばれ、日本のグラニュー糖に相当する。
ドイツで使われている砂糖は、大抵の場合このラフィナーデで、料理や飲み物などの甘味料として、殆どの用途に適している。
サトウダイコン(Zuckerrübe:ツッカーリューベ)またはサトウキビ(Zuckerrohr:ツッカーローァ)から精製される、高純度、高品質の砂糖で、様々な大きさの粒子に製造される。
ドイツでは、サトウダイコン(甜菜)の栽培が盛んなので、その殆どが甜菜糖に由来する。
☆アインマッハツッカー(Einmachzucker)
アインマッハツッカーは、果物をジャムに煮詰めたり、果汁飲料を作ったりと、典型的な保存食の製造に適している。
アインマッハラフィナーデ(Einmachraffinade)とも呼ばれ、特別に大きくて均一な結晶を持つ砂糖で、日本のザラメ糖、白双糖に相当する。この大きな結晶は、普通の家庭用の砂糖よりもゆっくりと溶ける。それによって、果物を煮る際の泡立ちが少なくなり、鍋底の砂糖が焦げ付いたり、キャラメル状の塊を作ったりするリスクを抑制する。
以下で紹介するジェリアーツッカー(Gelierzucker)とは異なり、ゲル化剤などの添加物を含まない。
*アインマッヘン(Einmachen)とは、果物や野菜に調味料などを添加して加熱した後、瓶に入れて密封し、貯蔵・保存すること。例えば、果物のジャムの他、コンポート(Kompott:コムポット)やピクルス(Essiggemüse:エッスィッヒゲミューゼ)などがある。
左は、粒の粗いアインマッハツッカー(Einmachzucker)。右は、一般的なラフィナーデ(Raffinade)。
☆ジェリアーツッカー(Gelierzucker)
ジェリアーツッカーは、ジャム(Konfitüre:コンフィテューレ)、マーマレード(Marmelade:マルメラーデ)やゼリー(Gelee:ジェレー)を加工する際に用いる専用の砂糖である。
良く熟していて甘みの強い果物は、一般にペクチンの含有量が低く、そのためにゼリー状にするのが困難であるが、ジェリアーツッカーを添加することによって、ゲル化を促すことができる。
この方法によって、煮沸時間が短縮され、同時にエネルギーも節約される。そして、果物中に含まれているビタミン類、栄養素や芳香も損傷され難くなる。
ジェリアーツッカーは、ラフィナーデに、ゲル化剤としてペクチン(Pektine:ペクティーネ)、酸化剤としてクエン酸(Zitronensäure:ツィトローネンゾイレ)または酒石酸(Weinsäure:ヴァインゾイレ)、一部でソルビン酸(Sorbinsäure:ゾルビンゾイレ)などの保存料が添加されている。
長期保存可能なために、普通の砂糖には賞味期限(Mindesthaltbarkeitsdatum:ミンデストハルトバーカイツダートゥム)の表示はされていないが、ジェリアーツッカーは、ペクチンがゲル化する効力を失ってしまうので、賞味期限に注意が必要である。
ドイツでは自家製のジャムを作る家庭が多いため、色々な種類のジェリアーツッカーが販売されている。その名称には「1:1」、「2:1」、「3:1」など、果物に対する砂糖の比率が表示されている。
◆ジェリアーツッカー1:1
1000gの果物に対して、1000gのジェリアーツッカー1:1を使用する(果物1に対してジェリアーツッカー1の割合)。果物の自然な色艶を保ち、適度なゼリー状に仕上がる古典的、典型的なジェリアーツッカーである。砂糖と並んで、酸化剤としてクエン酸、ゲル化剤としてペクチンを含んでいる。
この割合で加工された製品は、糖含有量が多いため、保存料を加えなくとも長期保存が可能である。
◆ジェリアーツッカー2:1
1000gの果物に対して、500gのジェリアーツッカー2:1を使用する(果物2に対してジェリアーツッカー1の割合)。果汁を使用する場合には、900mlを必要とする。
糖分控えめで、フルーティーなフルフトアウフシュトリッヒが好みならば、従来の半分以下の砂糖しか必要としない、ジェリアーツッカー2:1が適している。
この割合では、長期保存に必要な糖濃度に満たないため、保存料としてソルビン酸が添加されている。
◆ジェリアーツッカー3:1
1500gの果物に対して、500gのジェリアーツッカー3:1を使用する(果物3に対してジェリアーツッカー1の割合)。果汁を使用する場合には、1250mlを必要とする。
熟していて甘い果物に特に適合する。ジェリアーツッカー2:1よりも更に糖分を控え、特別にフルーティーなフルフトアウフシュトリッヒに用いられる。
この割合では、長期保存に必要な糖濃度に満たないため、保存料としてソルビン酸が添加されている。
◆加熱しないジェリアーツッカー
このフルフトアウフシュトリッヒは、冷たい状態で、下処理した果物と掻き混ぜるだけででき上がる。
加熱しないので、自然な果物の風味が留まり、ビタミン類を損なわない。
ただし、煮沸による殺菌が行われないので、少量で製造する場合のみに適している。加工後は冷蔵庫で保存し、早めに消費しなくてはならない。
砂糖の他には、ゲル化剤としてペクチン、酸化剤のクエン酸、保存料としてソルビン酸カリウムを含んでいる。
これ以外にも、「ジェレー専用のジェリアーツッカー」、サトウキビの砂糖(Rohrzucker:ローァツッカー)を用いた「キビ砂糖のジェリアーツッカー」、砂糖が控えられた分を果糖(Fruchtzucker:フルフトツッカー)に置き換え、カロリーを抑えた「果糖のジェリアーツッカー」や、甘味料(Süßungsmittel:ジュースングスミッテル)を使用した「甘味料のジェリアーツッカー」などの製品が、各製糖会社から販売されている。
用途や目的、嗜好によって、使い分けると良い。
★ゲル化剤(Geliermittel:ジェリアーミッテル)
既に砂糖とゲル化剤が混合済みのジェリアーツッカーではなく、ゲル化剤を使用する場合には、果物の種類だけでなく、砂糖や甘味料についても、自由な選択が可能である。
例えば、ブラウン・シュガー(brauner Zucker:ブラウナー・ツッカー)、キビ砂糖、果糖や甘味料などと、組み合わせることができる。 粉末ゲル化剤(Gelierpulver:ジェリアープルファー)と、液体ゲル化剤(flüssiges Geliermittel:フルスィゲス・ジェリアーミッテル)から選択することができる。
主材料はペクチンで、その E番号は〈E440〉である。
ここで紹介するのは粉末のゲル化剤で、リンゴや柑橘類からなるペクチン、クエン酸と少量のブドウ糖からなり、適量の砂糖と一緒に、下処理した果物やピューレに混ぜ込んで使用する。
◆ジェルフィクス1:1
典型的な甘さのコンフィテューレ、マルメラーデ用のゲル化剤。
果物と砂糖はほぼ同じ割合で、ジェルフィクス1袋に対して、1000gの下処理した果物と1150gの砂糖が必要である。ジェレーには、850mlの果汁と1000gの砂糖を使用する。
◆ジェルフィクス2:1
フルーティーで、あまり甘くないコンフィテューレ、マルメラーデ用のゲル化剤。
果物または果汁の割合は、必要な砂糖の分量の約2倍で、ジェルフィクス1袋につき、1000gの下処理した果物と500gの砂糖、ジェレー用には、750mlの果汁と400gの砂糖が必要である。
この割合では、長期保存に必要な糖濃度に満たないため、保存料としてソルビン酸が添加されている。
◆ジェルフィクス3:1
特にフルーティーで甘くないフルフトアウフシュトリッヒ用のゲル化剤。
1000gの下処理した果物、または900mlの果汁のために、必要とするのは350gの砂糖のみである。
この割合では、長期保存に必要な糖濃度に満たないため、保存料としてソルビン酸が添加されている。
★クエン酸(Zitronensäure:ツィトローネンゾイレ)
クエン酸は、粉末(Pulver:プルファー)、結晶(Kristallen:クリスタレン)またはレモン果汁(Zitronensaft:ツィトローネンザフト)の形態で販売されている。ゲル化能力を高め、風味を良くするために、酸味に乏しい果物を加工する際に、補助剤として添加される。
使用する分量は、果物の種類やクエン酸の濃度(粉末または果汁)に左右される。
クエン酸の E番号は〈E330〉で、酸化剤(Säuerungsmittel :ゾイァールングスミッテル)として用いられる。
1袋の内容は5gの粉末で、110ml のレモン果汁に値する。
★保存食補助剤(Einmachhilfe:アインマッハヒルフェ)
果物や野菜の保存食を家庭で製造する際に、長期保存を可能にする手助けをする補助剤で、カビの被害(Schimmelbefall:シンメルベファル)や発酵(Gärung:ゲァルング)を防ぐ。
ソルビン酸(Sorbinsäure:ゾルビンゾイレ)の E番号は〈E200〉で、保存料として使用される。
1袋の内容は2.5gの粉末で、5kgの保存食作りに充分である。
*E‐番号は、欧州連合内で使用するために決められている食品添加物に付与される分類番号。
欧州連合では一般的に食品のラベルに記載されている。