【独逸見聞録】ジャム類の異名と専用器具 ~ジャム(其の四)~
季節は巡り、今年もそれぞれの果物の収穫に伴い、ジャム類などの保存食品作りが始まっている。
この時期になると、家庭用雑貨や台所用品の売り場に、種抜き器や漏斗、ガラス容器や蓋、ラベルなど、ジャム類や保存食品作りに必要な器具の特設コーナーが現れる。
今回は、ジャム類の利用方法や地方によって異なる名称、製造時に使用される専用器具、容器やラベルについて紹介する。
★コンフィテューレとマルメラーデ
以前にも紹介した「コンフィテューレンフェァオルドヌング(Konfitürenverordnung)」という、ジャム類に関する法令の中で、「マルメラーデ(Marmelade)」の名称は、原則的に、柑橘類からなる製品のみに認められている。
これは、英語の「マーマレード(marmalade)」との混同を避けるために、配慮された措置であったが、結果的には他のEU加盟国を困惑、混乱させることとなった。
昔は、ドイツとオーストリアでは、果物の種類にかかわらず、ジャム類全般を「マルメラーデ」と呼んでいた。そして当時は、完全なピューレ状のジャムが「マルメラーデ」、果物の小片入りが「コンフィテューレ」と分類されていたが、この類別は廃止されてしまった。
柑橘類以外のジャムの、流通上の正式名称は「コンフィテューレ」であるが、以前の慣習からか、日常生活の中では、ジャム類全般のことを「~マルメラーデ」と呼ぶ人は、現在でも少なくない。
ジャム用のガラス製保存瓶のことを「マルメラーデグラス(Marmeladeglas)」と呼ぶ様に、容器や器具の名前にも残されている。
その後、法令が一部緩和されたことによって、「マルメラーデ」という名称の使用が、条件付きで認められている。その範囲内であれば、イチゴジャムのことを「エァトベーァマルメラーデ(Erdbeermarmelade)」と表記することも許されることとなった。
但しこの認可は、農家の直売店(Bauernmarkt:バウァーンマルクト)や、週に何度か定位置で開かれる市場(Wochenmarkt:ヴォッヒェンマルクト)などでの販売にのみ適用されている。これは、国内の限られた地域内で、生産者が最終消費者に、直接販売することが前提となっている。
<地方によって異なる名称>
また、地方によっても様々な呼称があり、その変化形まで含めると、かなりの数になる。
フランケン地方では、「マルメラーデ」と良く似た「マーマラード(Mamalad)」という名称が使用される。
ザールラントでは「ジースシュミャー(Sießschmier)」、プファルツ地方では「シュメァセル(Schmärsel)」と呼ばれる。
その他にも、南西部ではジャムに関する方言の種類が多く「グーツ(Guts)」、「イィグマハツ(Iigmachts)」、「ミュース(Mues)」、「グゼルツ(Gsälz)」、「シュレクスル(Schlecksl)」や「シュトリッヒ(Strichi)」などがあり、数え上げると切りが無い程である。そして興味深いことに、それぞれが異なる語源を持っている。
例えば、我が街オッフェンブルク(Offenburg)の周辺で、耳にする機会があるのはSchleckslである。「(甘い物を)賞味する」という言葉が語源で、SchleckまたはSchlecksの他、その縮小形のSchlecksl、Schlecksli、SchlecklやSchleckliなどの変化形もある。
★ドイツとオーストリアで異なる果物の名称
同じ種類の果物でも、ドイツとオーストリアでは、呼称が全く異なるものもある。
例えば、アプリコットは、ドイツでは一般に「アプリコーゼ(Aprikose)」と呼ぶのに対し、隣国オーストリアでは「マリレ(Marille)」である。また、良くジャムにも使用されるフサスグリの呼び名は、ドイツでは「ヨハニスベーァレ(Johannisbeere)」、オーストリアでは「リビゼル(Ribisel)」である。
ドイツ南部やオーストリアで、ジャムや菓子に多用される卵形のセイヨウスモモは、それぞれ「ツヴェツィゲ(Zwetschge)」、「ツヴェツィケ(Zwetschke)」と呼ばれる。
アプリコット
フサスグリ
セイヨウスモモ
★ジャム類の役割
ジャム(Konfitüre:コンフィテューレ)、マーマレード(Marmelade:マルメラーデ)やゼリー(Gelee:ジェレー)は、パンに塗ったり、ヨーグルトと混ぜたりと、朝食や間食に用いられる機会が多い。
しかし、朝食のテーブル以外でも、主役または脇役の製菓材料として活躍している。
コンフィテューレやマルメラーデは、高温で熱しても溶けたり、流れ出したりし難い。そのため、成形時に焼き菓子や菓子パンの中に詰めたり、乗せたりして焼成することができる。
これに対してジェレーは、焼成熱によって再び液状に戻るので、製品が焼き上がってから使用する。
◆アプリコットのジャム
アプリコットジャム(Aprikosenkonfitüre:アプリコーゼンコンフィテューレ)は、菓子や菓子パンの中に詰めるフィリング(Füllung:フュルンク)としてよりも、仕上げに使用されることが多い。表面に塗ることによって、乾燥を防いだり、艶を出したりする。糖衣(Fondant:フォンダン)の下地に用いたり、アーモンド(Mandel:マンデル)やヘーゼルナッツ(Haselnuss:ハーゼルヌス)などを、菓子の表面に振り掛けて、固着させたりすることができる。
そのままでは、塗ったり掛けたりし難いので、少量の水を加えて火に掛け、溶きのばす。適当な固さになるまで煮詰め直して、熱いうちに使用する。
製菓専門用語では、煮詰めたアプリコットジャムを塗る作業を「アプリコティァレン:Aprikotieren」、でき上がった層を「アプリコトゥーァ:Aprikotur」と呼ぶ。
焼成後、煮詰めたアプリコットジャムを塗り、表面が乾いてからフォンダンで仕上げる。
◆キイチゴのジャムと赤いフサスグリのジャム
キイチゴ(Himbeere:ヒムベーァレ)と、フサスグリ(Johannisbeere:ヨハニスベーァレ)は、どちらも赤い色のジャムに加工され、製菓材料として利用される。両方の果物が混合された製品も見掛ける。
菓子や菓子パンのフィリングとして利用される他、ケーキを組み立てる際に、焼き上げた練り込みパイ生地(Mürbeteig:ミュルベタイク)やスポンジ生地(Wienermasse:ヴィーナーマッセ)などの接着にも使用される。
菓子を組み立てる際に、焼き上げた生地を接着したり、間に挟み込んだりする。
★専用器具
◆漏斗(ろうと・じょうご)
液体を別の容器に移す際に使用する漏斗(Trichter:トリヒター)よりも、口の部分が広くなっていて、ジャム類やトマトソースの様に、粘度の高い素材に向く漏斗がある。この器具を利用すると、保存瓶に詰める作業を、円滑に行うことができる。
この漏斗は、「アインフュルトリヒター(Einfülltrichter)」または「フュルトリヒター・フュァ・コンフィテューレ(Fülltrichter für Konfitüren)」と呼ばれる。
因みに、通称は「マルメラーデトリヒター(Marmeladetrichter)」である。
左は通常の漏斗(トリヒター)で、右はジャムやソース専用の漏斗(アインフュルトリヒター)。
◆種抜き器
サクランボ(Kirsche:キルシェ)やアプリコットなどの核果(Steinobst:シュタインオプスト)は、中心に大きな種(核)を持っている。果物の下処理をする段階で、この種を取り除かなくてはならない。纏まった量の果物を加工する場合、専用の器具を使用すると作業効率が良い。
この種抜き器は、「エントケァナー(Entkerner)」または「エントシュタイナー(Entsteiner)」と呼ばれる。
日本では、家庭でサクランボの種抜きをする機会は少ないと思う(果物自体が高価なせいもある)が、ドイツでは簡単な仕掛けの低価格の器具の他、置き場所を必要とする様な大きめの器具まで揃っている。同様の仕掛けで、プラム(Pflaume:プフラウメ)用の種抜き器もある。
サクランボ用の種抜き器(Kirschentkerner:キルシュエントケァナー)。
◆瓶の煮沸消毒用トング
自家製の保存食品を長期間保存するためには、容器の念入りな洗浄は勿論必須だが、熱による殺菌が効果的である。ガラス瓶をオーブンに入れて一定の温度まで熱したり、瓶を並べた深めの鍋に湯を張り、煮沸殺菌したりする。
ガラス瓶を煮沸消毒する際に使用する器具は、「グラスヘーバー(Glasheber)」または「コンゼルヴェングラスヘーバー(Konservenglasheber)」と呼ばれる。
この器具を利用すれば、高温に熱された瓶の出し入れが容易になる。
★容器や付属品、包材など
◆ジャム類・保存食品用ガラス瓶
開封後のジャム類は、なるべく早く消費するのが望ましい。
消費量が多い大家族の場合は、容量の大きな瓶でも良いが、少人数の場合や、色々な種類を好む人達には、小さめの瓶を選ぶことを薦める。スタンダードな瓶の大きさの容量は、200~300ml。
手を汚さずにジャムをすくうことができるので、ガラス瓶はあまり深くない方が良い。
ガラス瓶の口の部分が、底よりも広がっていて、内部に段差のない「シュトゥルツグラス(Sturzglas)」や、口が狭くて瓶の中央が膨らんでいる「ヴァイトハルスグラス(Weithalsglas)」などがある。
◎金属製蓋付きジャム用ガラス瓶
金属製の蓋が付いているガラス瓶は、大きく2種類に分かれる。
「スクリューキャップ(Schraubdeckel:シュラウプデッケル)」が、何度も回転させて開閉させるのに対して、「ツイストキャップ(Twist off Verschluss:トゥイスト・オフ・フェァシュルス)」は、軽くひねるだけで比較的容易に開閉できる。
これらの蓋は多くの場合、内面に塗装が施されていて、その素材や性能は、中身のジャム類や保存食品の状態や保存期間に大きく影響する。
瓶内の気密を高く保つことが重要なので、蓋に傷や歪みが生じた場合には、瓶の口の形や大きさに合わせたものを再購入する。
左:閉めた状態のツイストキャップグラス。
右:ツイストキャップは、蓋の内側に小さな爪が付いているのが特徴。
◎ガラス製蓋付き保存瓶
「アインマッハグラス(Einmachglas)」または「アインヴェックグラス(Einweckglas)」と呼ばれる。
一番知名度が高いのは、イチゴのマークが刻まれた「ヴェックグラス(Weckglas)」である。
本体だけでなく、蓋の部分もガラス製で、間にゴムパッキン(Gummiring:グミリンク)を挟み、ステンレス製の専用クリップ(Klammer:クラマー)でとめて使用する。
「アインコッホリンク(Einkochring)」とも呼ばれるゴムパッキンは、繰り返し利用すると、破損または劣化する。別売りされているので、瓶の口の大きさに合わせたものを購入する。
専用のクリップは、「アインヴェッククラマー(Einweckklammer)」と呼ばれ、1組のグラスを固定するのに2個使用する。紛失や破損した場合、追加購入することも可能である。
左:ゴムパッキンを挟み、クリップをとめたヴェックグラス。右:分解した状態。
◎密封保存瓶
「ビューゲルグラス(Bügelglas)」または「ドラートビューゲルグラス(Drahtbügelglas)」と呼ばれる。
ガラス製の蓋にはゴムパッキンが付いていて、高い気密性を持つが、開閉が比較的簡単である。
「シュナップフェァシュルス(Schnappverschluss)」または「ビューゲル(Bügel)」と呼ばれる金属製の止め具によって、本体と繋がっている。
左:蓋をしっかりと閉めた状態。右:蓋を大きく開き、ゴムパッキン部分を外した状態。
◆食品用セロファン
蓋のないガラス瓶に、ジャム類を詰める際、この食品用セロファンを使用する。
「アインマッハフォーリエ(Einmachfolie)」、「アインマッハハウト(Einmachhaut)」、「アインマッハツェロファン(Einmachcellophan)」と呼ばれる。
ガラス瓶の口の直径よりも、ひとまわり大きめに切り取る。水で湿らせた布で拭いた面を上にして、ガラスの容器の上に乗せ、ぴんと張った状態にしてから、ゴムまたは紐でとめる。
ジャム類を、常温で長期間保存するのには向いていない。
左:2種類の食品用セロファン。右:セロファンで封をしたジャムの瓶。
◆ラベル
果物の種類、製造年月日、糖分の割合などを記入するためのラベル(Etiketten:エティケッテン)。
「クレーベエティケッテン(Klebeetiketten)」や「ゼルプストクレーベエティケッテン(Selbstklebeetiketten)」と呼ばれる、シール状になったものが便利である。
家庭用雑貨や台所用品、または事務用品を扱う店で購入できる。
様々な種類のシール状のラベル。ジャムの名称や製造年月日を書き込む。
◆布の蓋カバー
布製の蓋カバーは、「ホイプヒェン・アウス・シュトッフ(Häubchen aus Stoff)」または「シュトッフデックヒェン(Stoffdeckchen)」と呼ばれる。
自宅の保存用ジャムには特に必要ではないが、美しい容器やラベルを選ぶのと同様に、少し手を掛けて布製のカバーを掛けると、知人や友人への手土産に最適である。
蓋の直径よりも大きめの円形、または正方形に切った布を、蓋の上から被せて、輪ゴムでとめるか、飾り紐で縛る。
ジャムの瓶の蓋に被せる布と紐、ラベルのセットも市販されている。