【エスプリ】ひとくちのエピソード(8)
仮面たちの舞台裏
イタリアの娯楽のひとつに即興喜劇がありました。
広場を占拠して即興劇を演じ、金をもうけているのはプロの芸人たち。
今日も広場をジャックして、楽しい時間のはじまりはじまり。
移動式テントに集うのは、いつもと同じキャラクター。
太郎冠者に次郎冠者。身につけた仮面と服装で、みんなそれが誰だかわかるのです。
いつも似たようなシュチュエーションではじまり、展開してゆく物語。
18世紀の吉本新喜劇のようなものといえば、いくらかわかりやすいかと。
それでは、本日もまた、ゆるゆるとご見物のほど。
ベッドに臥せる娘に耳を寄せて、秘密の話をするのは召使の道化。
白装束に黒い仮面、お腹の出ているプルチネッラ。ナポリのことばを話します。
ピエロの原形だとされることもしばしば。
ナポリの町の中心を歩いてみれば、薄暗くて細い路地のそこら中に奴がおりますでしょう。
たとえナポリじゃなくても、
ナポリピッツァのお店に入ってみれば、そこにも大抵、潜んでいます。
ピッツァを焼いたり食べてみたり、落ち着きなく動き回っていることでしょう。
ナポリの町の象徴で、ピッツァの協会のトレードマークもつとめるものですから。
臥せった娘はプルチネッラと結託し、病を装って父親を欺こうとしている様子。
そこにやって来たのは、父の友人の先生。急げ、すぐにと呼ばれたそうな。
医学を修めた先生はバランゾーネといって、ボローニャの出身。
とても賢そうですが、話す内容はつじつまが合わず、娘の容態がわかるのかしらん。
バランゾーネというと、ボローニャにその名で呼ばれるパスタがありまして。
ほうれん草を練り込んだ緑色の生地に、リコッタチーズとほうれん草の詰めものをして三角に閉じ、
左右の端を合わせてリングのようにひっつけた大きなパスタをいいます。
トルテッローニのひとつといえば、わかる方もいらっしゃるか。
お腹の大きな先生の名前の付いた、食いしんぼうの町の一皿であります。
娘は父と出掛ける予定をなんとかやり過ごしたかったそうな。
というのも、お邪魔する先に、あの男が来ると聞いたから。
ピエモンテなまりのジャンドゥーヤ。
赤い縁取りのついた茶色の上着を着て、おいしいものとワインのほかに、女の子も大好き。
本命はジャコメッタただ一人だなんて言いますが、そんなの知ったこっちゃない。
ピエモンテの丘の上には、葡萄畑の傍らに広がるハシバミの林。
そこになる木の実をたっぷり使ったチョコレートは、トリノ土産の定番。
金銀の紙にくるまれて、ボートをひっくり返したような形。
ジャンドゥイオッティと呼ばれますが、あれはジャンドゥーヤがかぶる帽子の形なのだとか。
仮病に気づかれることなく、帰ってゆく先生と出掛ける父を見送って、娘は大満足。
駄賃をもらって、プルチネッラは大喜び。
とはいえ、このまま終わるわけもなく、父は見舞いだよといって、ジャンドゥーヤを連れて戻ることでしょう。
おっと、もうこんな時間。そろそろ行かねばなりません。
申し遅れましたが、僕は"ファジョリーノ"。
"サヤインゲン"なんて意味の名前ですが、
エミリア=ロマーニャの人形劇では、僕もヒーローなのですよ。
おまえも道化のうちだと、そう言われますけれどもね。