【百人一首と和菓子】月の光
<【百人一首と和菓子】ってどんなコラム?>
お菓子について
「雪月花」「花鳥風月」
これらは、自然の美しい風景を表現した言葉です。
「月」なら春の朧月、秋は仲秋の名月が美しいでしょう。
月とは、
地球に一番近い天体。
人類が地球以外で、ただ一つ降り立った天体。
まだまだなぞが多い天体。
四季折々の月を見て、さまざまなものを感じ取る気持ちは、日本人の美意識からくるものといえます。夏の終わりから秋に向かう季節は、夜になると、窓から入る涼しい風に秋の気配を感じます。こんなとき、一度、月を見上げてみてはいかがでしょう。
今回の菓銘は「月の光」です。
お菓子全体で、雲間から光こぼれる「月」を表現しました。
黄色に染めた「錦玉羹」は月光を
みじん羹で「雲間」を
練り羊羹で「夜空」をそれぞれ表現しています。
豆辞典
79 左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)
平安時代の歌人で、生没年は1090~1155年です。左京大夫というのは役職名で、京都の左京の行政・財政・司法などを担当していた役所の長官のこと。本名は藤原顕輔です。84番の歌の作者の父親です。
顕輔の父親の藤原顕季(ふじわらのあきすえ)は、歌道家としての六条家を始めた人であり、多くの歌人たちと交流があったため、息子の作者も若いころから歌人としては恵まれた環境にいました。三男だったのですが、父親から和歌六条家の後継者とされ、崇徳上皇(すとくじょうこう=77番の歌の作者)の命令で『詞花和歌集(しかわかしゅう)』を編集しました。
さて、歌の方ですが、
秋風によってたなびいている雲の隙間から、もれ出ている月の光の、なんと清く澄み切った明るさだろう。
というような意味です。
秋は月が美しい季節です。春と違って空気が澄んでいますから、月を鑑賞するのにはよい時期です。お月見は平安時代に中国から日本に入ってきたので、ちょうど、この歌の作られたころ、大陸から入ってきた風習として、もてはやされていたことでしょう。900年くらい後の時代に生きている私たちは、生活様式はずいぶん異なりますが、まったく同じ感動を得ることができます。
この歌は『新古今和歌集』にも取り上げられているのですが、『新古今集』では「たなびく雲の」の部分が「ただよふ雲の」となっています。少しの違いですが、歌の印象はずいぶん変わります。皆さんはどちらがお好みですか?
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