REPORT

代表 辻芳樹 WEBマガジン

サンティ・サンタマリア[第2回]

Chef’s interview

2008.11.14

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)

■料理人は、職人です■

●フランス料理のテクニックはあなたの料理の幅を広げていますか。
  ええ、間違いなくフランス料理のテクニックが私の料理の幅を広げてくれています。ただ、私はフランスのレストランで研修や仕事をしたことはありません。勿論食べ歩きは好きなので、様々な店に食べに行って味を覚えたり、自分の店に食べに来てくれたフランス人からいろいろ話を聞いたりします。私はそういう人との交流の中でいろいろなことを覚えてきました。
  フランス料理の技術は、アントナン・カレーム以来、目ざましい発展を遂げてきましたが、現在は技術と科学とを融合させるというような傾向に見られるように技術面が発展しすぎていて、料理人本来の手仕事の部分を凌駕してしまっていることがあります。余りにいろいろな調理器具を使い、科学的な精密さが求められるという風に技術の進歩が急激になると職人としてのエスプリが忘れられてしまうのではという危惧を抱いています。

●では、今ではスペインの若手の料理人はフランスに研究、あるいは研修に赴く必要はないと思われますか?
  例えば建築分野においても常に新しく、奇怪な構造を作るわけではなく、基本となるコード、形式というものがあります。料理も同じことだと思います。現代の若手料理人の問題は、余りに急いで先へ先へと進みたがるところにあるのではないでしょうか。
  彼らは常にクリエーションを求めています。これにはアドリア(『エル・ブリ』のフェラン・アドリア)の影響が大きいでしょう。そして、そのイメージをメディアが増幅させていることも事実です。問題は、アドリア自身は素晴らしいが、アドリアは2人いないことです。彼の才能はすごいがそれは彼だけの才能です。けれどもアドリアの作るような料理をメディアが称えるので、若手料理人が表面的な真似だけをして先を急いで、見た目で人を驚かせるような料理を作 り、そしてメディアがそれを「若き天才」としてもてはやしたりという悪循環があるのではないでしょうか。これではいい方向に向うとは思えません。

●今やフランス料理がすべての料理情報の発信地ではなくて、様々な国の料理の交わりが生じています。料理を進化させるも最大の要因は科学的な分析ではなく、料理を取り巻くこのような状況の変化ではないでしょうか。
  その通りだと思います。今後は料理人がオープンマインドを持って、いろいろな影響を見つめつつ、その融合を図っていくことで料理が進化するでしょう。
  ただ、なんらかの影響を受けた時にその影響を自らのものにしていくスピードをできるだけ抑え、緩やかに行うことが大切です。自分固有の味覚の記憶が失われてしまうほどのスピードでドラスティックに影響をとり入れていくことは避けなければいけません。まさにそういう姿勢が料理を進化させていくと思います。

●ところでスペインでは家庭の味というものはまだしっかりと生きているのでしょうか?
  今日、プロの料理人が家庭で得ることができなくなった食卓の感動を取り戻す役割を担っていると言えます。日本ではどうか分らないですが、マドリッドやバルセロナでは人々は家で食べずに外食することが増えていて、多くの人たちが家庭で料理をしなくなった結果、私がかつて母の料理に感じたような感動を覚える機会がなくなりつつある現状の中で、その代役を果すのはまさにシェフたちということになるでしょう。
  最近ある記事で読んだのですが、セネガルの有名な歌手ユッスー・ンドゥールはお母さんが作ってくれた料理の記憶がしっかりあるおかげで、自国を離れていても自分がセネガル人であるということが認識でき、そこから音楽へのインスピレーションも得ていると話していました。それだけ、母親の味の記憶、家庭で食べたものの記憶は大切だと私は思います。

●アメリカ的「食のグローバリズム」という状況が広がる中で、母親の味の記憶を持たない人が将来優れた料理人になることはできると思いますか。
   料理人は職人です。自然が生み出した芸術品に生命を与える職人、産物にもう一度生命を与える職人です。決して私は都市のスーパーマーケットに並ぶ加工食品そのものが悪いと言っているのではなく、新鮮な食材が並んでいた市場が今や姿を消しつつあることが問題だと言いたいのです。そして、この状況がひとつの情報として社会全体に正確に伝えられることが一番重要なのです。その後、加工品を選ぶがどうかは各人の選択でしょう。ただ新鮮な食品と工場製の食品には決定的な風味の違いがあることをまず皆が知る必要があるのです。
  現在の社会は料理に限らず常に新たな喜び、楽しみ、センセーショナルなものを求めています。これだと思うものを見つけても、翌日にはまた次のものとを求めます。もはや神経症的な感じがするほどです。このような状況はあらゆる分野について言えることで、もちろん料理分野も例外ではなく、常に新しいもの、感動的なものを求めていて、決して満足することがありません。
  料理人の仕事の職人的な部分に価値を置いている私はかつてより存在したレシピを大切に守りながら、それを徐々に進化させ完成度を高めています。しかし、私たちの国の若い世代の教育はそうした方向には進んでいないのが現状です。調理師学校では創造性に重きを置くあまり、料理に本当のメッセージを込めることを教えていないので、コンクールで作られた料理を見ても、何か私にはまったく分らない。ただ変わった、クリエーティヴ的なものを出しているだけで、そんなものは業界に出てから自分たちで覚えればいいことである。
  私は若者の教育現場においては、何回も何回も繰り返し基礎を教えるべきだと思っています。まずは基礎をしっかりと把握する。そして、学校を出て、現場に入ってからいろいろなものを吸収しつつ自らの「創造性」を鍛え、備えていけばいいのです。

Restaurant 『El Raco De Can Fabes』
Saint Joan 6 Saint Celoni,08470 Barcelona, Espagna
+34-(938)672 851

次回は〈シェフズ・インタビュー:サンティ・サンタマリア〉 [第3回]です。お楽しみに!