REPORT

代表 辻芳樹 WEBマガジン

サンティ・サンタマリア[第3回]

Chef’s interview

2008.11.21

聞き手:辻芳樹(辻調理師専門学校 理事長・校長)

■料理とメディア■

●スペイン美食アカデミーについて少し話してください。
  スペイン美食アカデミーは35年前に創設され、フランスやその他ヨーロッパの美食アカデミーと連携し、ガイドブックを作ったり、レストランの紹介をしたり、政府観光省の肝いりで様々なスペインをプロモートする催しを行っています。
  その他、ガルシア・サントスを中心とする新しい世代のジャーナリストが集まってベスト・レストラン・ガイドを作っています。

●スペインの若いジャーナリストたちがやっているそのガイドブックの評価方法はどのようなものですか。民主的なシステムを用いているのですか。
  民主主義の常として、権力を持つ者と持たない者がいます。ジャーナリストたちがつくっているとはいえ、このガイドブックにもやはりそうした力が働いていることは否めません。
 そういう観点で言えば、私が唯一信頼しているガイドブックはミシュランです。その評価の仕方がプロ意識に基づき、プロの仕事を尊重するものだからです。いろいろあっても、実際のところ審査員は匿名だし、利害関係抜きでの評価と思います。また、お客のアンケートからその満足度を図ることもしています。スペインでいくら若いジャーナリストたちがやっていても、やはりそれは彼ら同士の思惑の中で評価しているので、自分としてはそれほど信頼を置いていません。
 もちろんジャーナリストとシェフの関係は大切だし、いい関係を築けることに異存はありませんが、ジャーナリストがシェフの料理を左右することがあってはならないと思います。ジャーナリストはレストランの料理や内装を自分たちの好みに持っていこうとする傾向があるので、例えば今年の流行色は赤なので赤の壁や流行るというのを聞いて、料理人がそれにならってしまうようなことはいいことだとは思えません。ジャーナリストが自分の経験したことを語ることは自由だし、それを肯定的に書こうと否定的に書こうとかまわないが、ジャーナリストが料理をある方向に導いてしまうのは困ります。

●毎年違うシェフが新しい創作を披露し、世界中から料理人が集まって活発な活動が行われていると聞いていますが。
 それはマドリッド・フュジョンです。食品会社などをスポンサーにつけ、料理講習を行い、テツヤやノブなどという最もメディアティックなシェフに来てもらっています。
 ただ注意すべきことは、これはビジネスだということです。食品業界の巨大なビジネスのひとつになっているということ。フランスにはその手のものは見当たらない。

●それは国が主導権を握ってやっているのですか。
  「シンガポール ガストロノミー・サミット」に少し似ているかも知れません。ただし、シンガポールサミットではいろいろなホテルで料理を作って出していますが、マドリッドでは料理のデモンストレーションを実施、600~700人の料理人がスペイン中から参加します。国が経費で世界中から50~100人のジャーナリストを招き、スペインの料理界の宣伝を行っています。この催しの統括責任者はホセ・カルロス・カペルというジャーナリストです。

●サンタマリアさんもかなり関わっていらっしゃるのですね。
  いいえ、そんなことはありません。この催しの最大のスポンサーはマギー社です。でも、私はマギー社のブイヨンは使いませんから、関係ありません。
 現在、料理界でどのようなことが起きているかと言いますと、そもそもはフィンダスと手を組んで自分の名前を宣伝したミシェル・ゲラールが始まりですが、食品産業が著名シェフの名前を宣伝に利用しています。私は自分のイメージを食品産業に与えるシェフだちのことをとやかく言う気はありませんが、自分はそういうことはしません。

■スタッフの育て方■

●さて、サンタマリアさんのスタッフの育て方に関して少しだけ伺わせてください。ご自分の料理の味覚は言葉でスタッフに伝えることができるものですか。
  言葉でも可能でしょうけれどやはり同じ場所で共に仕事をしていく時間の中で伝えるものが多いでしょうね。私はレストランが営業日数の80%は店にいて、20人の調理場のスタッフとともに、昼も夜も料理を出しています。

●経験知と感性を生かす育て方をしているのですか。
  現在、「セカンド」のポジションのイワンという若者は、17歳で私の店に見習いで入り、3年間仕事をし、その後ヨーロッパ各地のレストランを回って、数年前に帰国し、また一緒に仕事をしています。彼の場合、これからさらに育てていく必要があると思っています。マドリッドの店のシェフは4年間私の店にいて、それから4年で2つ星を獲得しました。これは単にテクニックの問題ではなく、レストランの仕事というものの全体像を捉える能力の有無にかかっていると思います。すなわちレストランの仕事全体を組織していく能力、経営能力、メニューの構成能力、客とのコミュニケーション能力やセンスが求められます。アラン・シャペル氏が言っているように、料理というものはレシピだけではありません。もし料理がレシピだけだとするなら、これだけ沢山のレシピ本が出版されているのだから、誰でもシェフになれるはずです。

●教育の話に少し戻りますが、調理師学校で教えるべきは、科学的な分析ではなくそのような感覚ではないでしょうか。
 やはり説明のつかない天性の感性のようなものがどうしてもあって、ある種の影響を自分のものとしてとり入れ、自らの感性の肉付けとする天性の感性のようなものを持っている人たちいるような気がします。私はレシピを書くのが一番苦手です。
 本当の意味での料理の創造は、仕上がった料理の中にあるものではなく、その料理を作るプロセスの中にあると思います。私は料理を作成している料理人の姿を目にすると本当に夢中になります。例えば寿司の職人が私の目の前で寿司を握る姿などには夢中になります。もし、離れた席で、目の前に握られ、盛り付けられた寿司が提供されてもそのセンセーショナルな部分は弱まってしまうでしょう。
 私のレストランの最大のコンセプトは、オープンキッチンにするという意味ではありませんが、調理場と客室の空気がひとつになり、調理場とお客様がいい意味での共犯関係になるようなことをめざしているんです。
 フランス料理の歴史の中で、ポール・ボキューズ氏が料理人を調理場から客席に引き出したのは大きな貢献だと思いますが、レストランの心臓部分は調理場であり、調理場にこそ料理人の魂はあるので、調理場と客室の空気の混ざりあいがとても大切だと思うのです。

Restaurant 『El Raco De Can Fabes』
Saint Joan 6 Saint Celoni,08470 Barcelona, Espagna
+34-(938)672 851

次回は〈シェフズ・インタビュー:サンティ・サンタマリア〉 [最終回]です。お楽しみに!