Vol.2『四川飯店グループ』オーナーシェフ 陳建一
■陳建民氏のことから人材の育て方へ■
辻:私の聞いた話では四川飯店はものすごい年功序列型だということなんですが、今の学生さんたちにとっては「年功序列」という言葉はマイナスイメージだと思いますが・・・
陳:当時はそうでしたが今はもう年功序列ではなくなりましたよ。例えば僕の場合を言いますと僕が店に入ったときは同期でいうと13人いましたけれど、同期でも1日でも早く入ったら先輩になるんですよ。僕は2番目ですよ。上の人には「~さん」付けで、下の人には「~君」付けで名前を呼んでいましたね。厨房のポジションも年功序列で上がっていったりしましたけれど今はぜんぜんちがいますね。その人物が仕事をするかどうか、です。現在の四川飯店グループの総料理長はK君で、この学校の卒業生です。彼より先輩もいますが総料理長ではないですよ。でも、どうしてかってことを皆が納得していますよ。
辻:ちゃんと競争原理が働いている。
陳:そりゃある程度のね。一生懸命にやっても常に先輩が上になるというのではね。
辻:僕が言いたかったのは「年功序列」というのはマイナスのイメージがあるシステムですが、もともとこのシステムには下の者に「教える」ということがあったと思うんです。でも、最近、教えるということがなくなってきていますから。
陳:そうですね。うちの父も教えていました。ただ、いわゆる学校的な教え方ではなくてもっと感性型でしたね。「これぐらい」とか、そして、最終的には「食べろ」ですよ。ただもう一人やはり四川省から来られた料理人の方がいらっしゃって、この方は非常に丁寧に教えてくれました。だから僕には異なるタイプの師匠が二人いたんです。
辻:現在、グループの社長でいらっしゃるのに先輩方を敬う姿勢は崩されていませんよね、それはどうしてですか?
陳:そりゃ一番大事なことじゃないですか。人ってどんどんいろんなことを知っていくわけですが先輩に教わったことの恩義を忘れちゃいけないし、先輩もそれに対しての立派な先輩でなくてはだめです。これが僕の考え方なんです。ですから常に人としてちゃんとやっていなければいけないというのが最も大切なことですから。
辻:四川グループの社員の方々は新人を教育していく義務ってあるのでしょうか?
陳:これはあくまで僕の個人的な考えですけれど、根本は、僕も会社のトップかも知れないですけれど僕たちの生活の糧というものがどこからきているかを明確に考えるべきですよ。それはお店に来ていただくお客さまからいただいているわけです。もちろん教えますよ。料理の技術も含めていろんなことを教えます。
でも要するにレストランでどうすれば沢山のお客さまに来ていただけるのか、と考えることが最重要です。考えるとある意味うちの店は大変かも知れない。料理人であると同時にサービスマンだから。料理人というのは作った料理をお客様に提供するサービスのスタッフとひとつになって初めて料理人だから。料理人単独では成り立たない世界ですから。そりゃ、自分で作って、自分でお客様に提供できればいちばんいいんですよ。
でも、普通はちがうでしょ。お客さまから見えないところで料理を作っているわけですから。こういった細かいことはいろいろ教えますよ。
辻:中国料理のレストランの場合はなかなかお客様の顔は見えないですよね。
陳:うちの場合は料理人がお客さまのところまで足を運ぶようにしています。僕はそういう風にずぅっとやりたかったんですよ。でも、先輩がいたからね。できなかったんですよ。
辻:34歳のときにお店を継がれたわけですが、その時に一番悩まれたことってなんですか?
陳:皆が自分と同じ考えではないし、皆に「この方向性でいくぞ」という明確なものもその当時はなかったし試行錯誤でしたよ。今でも試行錯誤ですけれどみんなに対して向っていく方向を明確にしてあげないと動きにくいと思うんですよ。そのことがいろんな仕事を通じて明確になってきましたね。
辻:ひとつのヴィジョンを明確に・・・
陳:示す、ってことです。
辻:技術と味の部分、組織の部分、サービスの部分といろんはパーツがあると思いますが、どの部分で一番悩まれました?
陳:自分は社長だけれど先輩がいるという環境の中でいろいろ悩みましたよ。でも、僕らの世界って明解なんですよ。売り上げがあってこそいい給料が出るということなんですよ。
辻:中国料理の世界っていうのは若手を育てるために技術などを教えるということに閉鎖的だと思うのですが、陳さんの店だけはとんでもない短期間で、育てられて、独立して、巣立っていく。どうすればそういう育て方ができるのでしょう?
陳:難しいですね。でも、やはり当人のやる気でしょ。いくら育ててやろうと思っても当人にやる気がなければだめでしょ。全員がそれほど優秀なスタッフでやっているわけでもありませんしね。今、ここにいる人たちはこれからの日本の業界を担っていく人たちですよ。彼等がどれだけ楽しんで仕事ができるかですよ。
辻:少し逸れますけれど、ちなみに陳さんのグループの複数の店舗の料理長は辻調グループ校の卒業生ですよね?
陳:そうです。8割はここの卒業生ですね。でも、それはしようがないでしょ。皆さんはわからないと思うけれどこれだけ中国料理の専任の先生がいる学校は他にないですよ。そこに自分がいるとわからないんだよ。自分たちがどういう学校に今来ているかということがわからないんだよ。僕から言わせるとこの学校は宝の山だよ。このことは君たちが卒業してから5、6年後にやっと気がつくよ。それでも遅くないから大丈夫だよ。よかったね。
(笑)
辻:残っていく社員の方ってどんなタイプですか?
陳:どちらかというと真面目じゃないタイプ。
辻:意外ですね。
陳:確かに意外。僕の経験から言うと遊びが好きなタイプが残っている。
辻:また少し話しがそれますけれどものすごいスピードで巣立っていくスタッフを聞いたところによるとそれが北海道であろうと沖縄であろうとオープニングには必ず赴かれて無償でお手伝いをされるということですが・・・
陳:僕の考え方を言いますとね、実際に今年二人新しい店をオープンしたんですよ、四国の徳島ですけれど、実は徳島にも店があったんですよ。でも、その店を閉めることになって、独立したんです。
彼らは自分の弟子だから、その店へ行って食事会を催そうということになるわけです。もちろん無償ですよ。これは今まで僕と一緒にやってくれた僕なりの「ありがとう」なんですよ。
■陳建一流 店の作り方■
辻:一番腕のいいスタッフの方が独立されるのですか、それとも独立志向の強い方が?
陳:一番いいとか悪いとかはお客様が決めることですよ。大体が料理というものは嗜好の世界だから自分の弟子だからといって自分と同じ味が出せるかというと絶対に出せないからね。最終的には自分の味なんですよ。自分がどんな味で表現したいのかがわからなければ存在価値ないよ。僕は弟子にこういう風に常に言ってます。四川飯店にいる間は四川飯店の味を守ろう、でも、いったん四川飯店を離れたら自分が今まで勉強したものを踏まえて自分の味を出しなさいって。そしてその風味のファンを増やしなさいって。
辻:その料理が売れなかったらどうするんですか?変えるしかないですか?
陳:そりゃ変えなきゃだめでしょ。店が潰れるから。
辻:じゃあ売れるようになるまで料理を変えていっていいんですか?その時、自分の料理哲学がなくなっているかも知れないですよね。
陳:いや、そんなことはない。例えば今から13年ぐらい前に麻婆豆腐の専門店を作ったんですよ。その時に味をきめなくちゃいけないということで、最終的な味を決めるために僕は毎日店につめて何度も麻婆豆腐を作って最終的に風味を決めたんですよ。
でもその風味で提供していろんなことが起きましたよ。22席しかないカウンターの小さな店ですからお客様の反応が背中越しにわかるわけですよ。
全員シーンとしていたときもあれば、熱心に食べる気配を感じることもあるわけですよ。で、思ったのは味は自分が一番美味しいと思ったものを提供していればいい、その味が合わない人は来ないからと。でも、%から言うと気に入ってくれたお客様のほうが結果的に多くなったんですよ。だから店が続いているわけです。
辻:それはアレンジする才能で、お父様から受け継がれている才能ですよね。
陳:僕はそういうタイプですから。一番わかりやすいのは「料理の鉄人」ってあったじゃないですか、あの時には4人の審査員がいるわけですよ。その中にはうちの店の常連の方もいらっしゃるわけですよ。その方の好みの風味が僕にはわかっていますから、その人に合うように作りましたよ。
辻:それはその方の風味がわかっているからできるんですよね。わからないお客様には?
陳:そりゃギャンブルですよ。
辻:アレンジする技術力というのはその人の“引き出し”の数多さだと思うんです。
陳:その通りです。“引き出し”は多くしたほうがいい。
辻:どうすれば多くの“引き出し”を自分のものにできるのでしょうか?先輩の背中を見て盗め、とかも言われますが、今はあまり技術を盗むってことをしない、できない、そこまで貪欲じゃないという傾向があると思うんですね。
陳:自分で料理をやっていくとわかる思うんだよ。どうしてここで焦げちゃうんだろう?とか、なんでここでこれを加えなきゃいけないだんろう?とか、料理っていうのは一種の謎かけみたいなものなんですよ。そういうのはやはり経験、何度も作ってみるしかないです。
僕は中国料理ですけど、例えばこの学校にいると中国料理だけでなく、日本料理、西洋料理っていろいろやるわけじゃないですか。その中で「どうして?」「なぜ?」っていう好奇心を持たないと面白くない。
辻:中国料理を自分の仕事としてやっていきたい学生はどのようにして店を選べばいいと思われますか?
陳:店はどこでもいいと思うよ。結局自分のやる気次第でしょう。だって完璧な店なんて一軒もないんだから。どのように選んでも実際に働き出すと不平不満が出ますよ。「ここが思っていたのとちがう」なんてね。
僕に言わせれば「ちがうのは自分だろう」ってことになるわけですよ。もちろんある程度きちんとした店で働くほうがいいに決まっていますよ。でも、やるのは自分なんだから自分のやる気しかないですよ。
辻:お父様が陳さんに教えられたことと今陳さんが部下に教えられていることとは似通っているのでしょうか?
陳:似てますね、やはり。うちの父が調理場でもっとも多く発していた言葉いいましょうか?
それは「あなた・彼女・つくる・いい」どういう意味かわかりますか?うちの父は途中省いている日本語を話しましたからね。これは「あなたは彼女のためにつくるように料理をつくりなさい」ってことなんですよ。
僕はすぐに彼女作ってしまったけどね。
(大笑い)
ほんとうに意味はあとでわかったけれどね。想像してみてください、皆さん。皆さんの本当に大切な人が店にやってきます。ここに1枚の皿があります。そこに何かを盛り付けるときどうやって盛り付けます?何も考えずにパッと盛り付ける?そうはしないでしょ?なんとか格好よく盛り付けることをかんがえるでしょ?
この気持ち、すごく大切。
辻:プレゼンテーション?
陳:プレゼンテーション、気持ちが入ります。一番わかりやすいのは“牛肉とピーマンの細切り炒め”だね。ピーマンが横にポコッ、筍がポコッ・・・じゃだめでしょ?
辻:日本料理のお刺身の盛り付けなんかも同じですよね。
陳:そうそう。
辻:盛り付けをみて感性が弱いなとか感じますよね。
陳:感性っていうか、気持ちなんだよね。例えばテキストで「これで料理は仕上がりです。次はこれを盛り付けます」で終わってしまうけれど、いったいどうやって盛るんだよ?って。そこで格好よく、早く「さすがプロだね」って盛り付けるのがプロ。こういうことを父はよく言っていました。
辻:陳ささんは今でもご自身が料理を作られるんですよね?
陳:もちろんです。僕は料理を作ってナンボ、ですから。ですから「陳建一の食事会」などのイベントでも絶対に自分で料理作りますよ、でないと嘘ついたことになるでしょ。
辻:学生たちはいろんな店を経験したほうがいいのか、ひとつの店にするほうがいいのでしょうか?
陳:たくさん経験したほうがいいですよ。比較できますから。僕の場合はおかげさまで「料理の鉄人」に出演してからいろんなところから食事会のお誘いの機会がありましたから、いろんな店を見ることが出来ました。これはほんとうに僕の財産ですね。
<『四川飯店グループ』オーナーシェフ 陳建一氏>次回の更新は2月11日(金)を予定しています。