REPORT

代表 辻芳樹 WEBマガジン

『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫 Vol.4

Chef’s interview

2010.10.22

●"徳岡邦夫"の表現をしないと何も伝わらない

辻:そのことに気づかれたきっかけは何かあったのですか?

徳岡:このことに気づいたのは僕が実際に湯木貞一の傍にいたときではなく、1991年とか1992年頃、いわゆるバブル経済が崩壊した頃です。この頃に何が起こったか、と言いますと『吉兆』がつぶれかけました。
 要するに湯木貞一の作ったもの、それを伝承しているものすべてが否定されたわけです。お客様が来なくなったわけですから。

辻:嵐山店もですか?

徳岡:嵐山店はほとんどお客様が来なかったですね。

辻:それはやはり"バブル"崩壊のせい?

徳岡:そうですね、世間の価値観が変わったということでしょう。この状況を打破していくのにどうすればいい、って考えている最中にさきほどのことに気づいたということです。そして、とにかくいろんなことにトライしてはみるけれどことごとく失敗する。でも、『吉兆』をなんとかしなくてはいけないって、朝から晩まで考えていました。
 
辻:最悪の状況の中で最高の料理が生まれてくるってどんな状況なんでしょう?いわば心が暗い状態で・・・

徳岡:暗いとか明るいとかではなかったですね。

辻:「やるしかない」って

徳岡:そう、それしか見えないです。

辻:こんなこと聞いていいのかわからいですが、どれぐらい厳しい状況だったのですか?

徳岡:ずっと赤字が続いて、「これはもう駄目かも」って感じです。

辻:それは7年ぐらいの修行から戻ってこられてすぐの頃?

徳岡:戻ってきて"バブル"が崩壊してという状況の中でのことです。主要な料理人も引き抜かれていきましたので
料理長を務める人がいなくて、1995年、僕が35歳のときに自分で料理長になったんです。

辻:何人ぐらいの方がお店を辞めらたのですか?

徳岡:10人ぐらいです。

辻:えっ~

徳岡:もうほとんど誰もいないですよ。だから料理長やるのは僕しかいないわけですよ。

辻:苦境に陥った『吉兆』を立て直すべく徳岡さんがされたことに関してですが、このあたりのストーリーはTV番組「情熱大陸」などで観たり、話に聞き及んだりしていますが、もし間違っていたら言ってください。
 まずは湯木貞一の哲学、思想の原点に戻って『吉兆』として残すべきもの、そして、変革すべきことを明確にしたこと。そこで料理長として『吉兆』の伝統を残しながらも自らの哲学を獲得して、ネットでの顧客拡大を図り「一見さんお断り」に代表される閉鎖的な料亭体質を改めていく、言わばマーケティング、人事、組織の革新に取り組まれたこと。当然ながらこの革新はかなり大きな軋轢やら、反対に出会ったと思います。さきほどのご自身の言葉を聞きますと簡単に思えますが、とんでもないご苦労をされたと思えます。
 実際のところ何に一番苦労されました?お客様を呼び戻すことですか?あるいはご自分の料理
を確立させることですか?

お客さまにまた来ていただくことが一番

徳岡;まずはお客様に来ていただくこと、これが一番でした。そのために何をすべきかということを考えました。もちろんそれには「美味しい料理」を出すことだと言われますが、何をしていいかわからないというのが当初の状況です。ですから「やらないと」という気持ちだけでした。
 で、いろいろ考えあぐね、どういう風に世の中は変わったのかを見たり、聞いたりしていくなかで思ったのが、今までの料亭はヴェールに包まれて、どういうものかわけのわからない存在で、そして、そのことがひとつの価値観になっていたわけです。でも、わけのわからないものには普通誰もお金を出しません。
 じゃあ、どういう風にすればお金を出していただけるのか?ということです。当時、閉ざされていたものを外すということで「ディスクローズ」という言葉が流行っていて、これしかないと思いました。
 ネットは営業活動のひとつのツールとして始めたのですが、ネットを実際に利用しているのは若い層ですよね。でも嵐山『吉兆』のお客様はほとんどが60歳以上の方ですから実はぜんぜんずれていたわけです。現在でこそ評価されていますが当時はHPを公開してもほとんど効果はなかったというのが現実です。

辻:その当時の料理と今の料理とはかなり変化しているのでしょうか?

徳岡:ずいぶん変わりました。献立に書かれている料理名は同じでも毎日なんらかの変化はしていますからね。こんな風にするほうがさらに美味しいのじゃないかとか、さらに美しくなるのじゃないかとか、お客様の反応も自分の目で確認しますから。

辻:やはりお客様が楽しむことが第一?

徳岡:もちろんです。楽しんでもらえるだけでなく、また来ていただけるようにということが大切です。

辻:おそらくそこが一見【いちげん】のお客様と固定のお客様の違いだと思います。固定客というのは料理を通じて、料理人と対話ができて、一緒にその店の料理を育んでいくような関係を構築できると思いますが、一見のお客様の場合、徳岡さんという人物を知らないわけですね。そのお客さまに「また来たい」と思わせるような料理でしょ。この二つはぜんぜんちがうと思うんです。ここのところを説明していただきたいのです。

徳岡:むずかしいですね。一品一品の目的というか、全体を見て「あっ、これが料理だ」というんじゃなくて、一品目に出す料理の目的は何か?一品目とは一番最初にでてくる料理で、二品目の前に出される料理です。そこにはどういう目的を持たせる必要があるかを考えます。

辻:"驚き"ということですか?

徳岡:そうです。「これから始まるぞ」っていう好奇心を掻き立てる、あるいはより具体的に食欲がわくように酸味を加えたやさしい風味づけであるとかですよね。反対に甘くてぽってりした風味を一品目にもってくると台無しになるわけです。もしくは嵐山店のイメージを壊さない何かがある、もしくは二品目につながるような何かが盛り込まれている料理でないとだめです。このようなことを一つずつていねいに考えていきました。

辻:それをあれだけの短期間の中で確立されたというのは大変なことだと思うのですが、結局は「人」じゃないですか。

徳岡:そうです。

辻:僕は常に日本料理の世界が最も育成マインドがない世界だと思っているんですが、それだけの短期間の中で、どのようにして人材を育てていかれたのでしょうか?確かに「やるしかない」という状況だったとは思いますが、とてつもないリーダーシップを発揮されたと思います。自分の料理哲学というものをどういう風に若い人たちに伝えていかれたんですか?

徳岡:ミーティングです。コミュニケーションです。一生懸命話しました。一人ひとり、もしくは皆を集めて。どうしなくてはいけないか。あるいはあなたは幸せになりたいでしょ?あなたの幸せはなんなのって?

辻:それぞれの"幸福感"を知ることから始められたのですか?

徳岡:一緒にそれをやろうよ、実現させようよ、ってことです。そのためには何が必要なのか?この料理を作るために何が必要なのか、ということと同じですよ。
 それはボッーとしててできること?そうじゃないよね。それはこうしていかないとあなたの望むものにはならないよ、と。で、僕はそれを実現するためにこういう風に手伝いできる、という風にこの店で仕事をしているとこういうメリットがあるよということを一人ずつあるいは全体で隠すことなく話していくわけです。

辻:現在7店舗全体で何人ぐらいの従業員はいらっしゃるのですか?

徳岡:200名ぐらいです。

辻:その内、嵐山店には何人ですか?

徳岡:35人ぐらいですかね。

辻:なるほど。今、スライドを使って料理を映させていただいていますが、ここまでのレベルの料理を理解させる必要と言いますか、徳岡さんの感性をどこまで理解させればいいのでしょうか?


徳岡:まず新しい料理を作る際にはまずは言葉で説明します。お客様はこういう風に感じるだろうからここはこういう風に切って欲しいとか、ひとつの料理の中で風味のちがいはこのようにして欲しい、ということをすべて口で説明します。で、はい作ってください、ということで作ってもらい、それを皆で食べます。ここがちがうようね、これじゃだめだよね、ということで再度作ってもらう。それを繰り返すわけです。

辻:ほっー。かつての日本料理の調理場では考えられなかったことですよね。

徳岡:それはちゃんと決まったことがあって、こうしなくちゃいけないということがあったからですね。今はそういったことが全部なくなりましたから。

辻:それは日本料理の世界で?

徳岡:うちの店でということですけれどね。ですから一番大事なのはお客様をどのようにして喜ばせるかということですから。そういう風にしたらお客さまは喜ばないよね、だからこういう風にすべきだという話をします。なんのためにこういう風にしなくてはいけないのか。怒られないためではなくて、お客様に喜んでもらって、その結果自分たちが幸せになるためにやらなくてはならないんです。

「『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫」次回の更新は10月29日(金)を予定しています。