『吉兆』嵐山本店 総料理長 徳岡邦夫 Vol.5
●人の価値観はそれぞれ違う
辻:日本料理の世界において、かつての徒弟制度には年功序列のなかにも実は育成マインドがあって、きちんと人を育てるような仕組みになっていたが今はどちらかというと年功序列というものだけが残って人を育てるというマインドが欠けていると耳にしたことがあります。 徳岡さんには特有の人の育て方があって、そのひとつとして年に数回、従業員とともに食材コンクールを開催しておられると思いますが、これは人材育成的にはどのような効果があるのですか?
徳岡:例えば毎年新米がとれますよね。すると同じ条件で数種の新米を炊いて、それをブラインドで自分が好きな順番にそれを並べるんです。記名式でなぜその順番にしたのかを記載してもらって、それぞれが自分が好きな新米の理由を述べるわけです。それぞれがそれぞれの理由を述べるのを聞いているといろんな美味しさの観点があることに気づくわけです。で、何度もこういうことをしていると皆が同じ嗜好になってきます。そこに専門家の意見とかを加えます。
辻:どういった専門家の方ですか?
徳岡:米作に従事されている方とか、大学の先生とかです。こういった方々に加わっていただいてご意見をうかがうとまた新しい価値観を得ることができます。
辻:従業員の方々はとても恵まれていると思いますね。ところで人を育てていくのに一番難しいと感じられていることってなんですか?
徳岡:人の価値観はそれぞれでちがう、ということです。幸せの価値観でもみんなちがいます。もしくは変化していきます。当たり前のことですがね。
辻:若手の意見をとりいれたりすることは?
徳岡:もちろんです。また、各店舗で行っていることですが、料理長の次のポジションのスタッフに規制はいっさいなしで「新しい料理を作りなさい」という課題を出します。例えば今月は¥5000の弁当にしようとか、¥20000のコース料理にしようとかいった内容だけを出します。
料理長は作らずに僕と一緒に作られた料理を試食します。そして、それよりも若いスタッフはその試食の後に自分の料理を作って出して、それをまたみんなで評価するわけです。この部分をもう少しグレードアップすればこのコースのここに入れることができるなどとかをみんなで意見交換するわけです。
辻:なるほど。
徳岡:そうすると「あっ自分はこの料理をこのような思いで作ったけれど、この部分は伝わったけれど、この部分は伝わらなかった。」ということがわかってそれをきちんと伝えるにはどうすればいいのかを考えることができますよね。
辻:どれぐらい下のスタッフまでそういうことをされるのですか?
徳岡:4年目以上の希望者ですね。
辻:例えばとりわけ指導という指導ではなくても、「それに包丁をあててみなさい」とか、「この料理を盛る器を選んでみなさい」とかいうことをさせてみるとその人の才能って必ず見えてしまうじゃないですか。おそらく湯木さんも徳岡さんの才能をそのように見出されたと思うんです。
同じように徳岡さんもスタッフの方を見られて、各人の才能の違いがおわかりになると思います。要は生まれつき才能を授かっている人もいれば、そこそこの才能で努力をしていかなければならない人もいると思うのですが、それぞれにどのような気遣いをされていますか?
●才能のある人って言いますか、センスのある人はつぶれやすい
徳岡:才能のある人って言いますか、センスのある人はつぶれやすいです。
辻:へぇ~。気持ちのほうがですか?
徳岡:はい、気持ちがということもありますし、慢心してしまってということもあります。いろんな意味で難しい。特別な感性を持っている人は確かにいます。風味、盛り付けなんでもセンスのある人はいます。でも、そういう人は育てるのが難しいです。
辻:なんでもパッとできてしまう。器用すぎる、ということですか?
徳岡:器用すぎるし、ん~ん、なんだろう・・・ま、まったく何もない人っていうのはありえないですね。反対に実際全部を持っている人っていうのもありえないです。調理場にはいろんな人たちが集まっています。ですから個人を評価するのではなく、チームを評価するとか。お互いが助け合える環境を作ってあげるということは大事だと思います。
お互いが評価し合えること。こういう評価がきちんと給与に反映するような評価表を作ることが大切ですね。実は去年からずっとそういう評価表を作っていて5月中にはなんとか形にして、それをテスト段階を経て、来年の4月末までには微調整を終えて完成させて、5月には本格的に実施したいと思っています。
辻:調理場での評価表っていうのは可能ですか?
徳岡:可能だと思います。調理場もそうですし、サービスもそうですし、すべての部署に関して「初級」「中級」「上級」に分けて、すべてのレベルに対して具体的に何をすれば評価されるか、それは何点なのかなどを決めようと考えています。そして、点数によって給料評価されるというような表を作成していこうと思っています。もちろんその中には個人だけではなく、その店舗とか、チームに対しての評価というものも入ってくるし、指導するということも評価ポイントに加わるわけです。
辻:具体的に目指すものが見えやすくなるということですね。
徳岡:そうです。要するに何をすれば評価されるのかを示すことで会社としての在りかたを表現したいと思っています。
辻:いずれにしても徳岡さんが仰るコミュニケーションは継続していかなければならないということですね。
徳岡:そうです。
辻:そういうシステムについていけなくて辞めていく人たちもいると思いますが、僕はどちらかというとそちらよりも辞めない人たちのほうに興味があるんです。辞めない人たちの資質ってどういうものなのでしょう?
徳岡:う~ん。人生を真剣に考えている人ですね、本当に幸せになりたいと思っている人です。
辻:どんなときにそれが見えますか?
徳岡:話していればわかりますよ。本気だなこいつ、って。辞める人っていうのは悩んだりしているのかも知れませんね。
辻:あまり手を差し伸べない?
徳岡:いや、一応辞めてどうするの?っていう話はします。辞める理由も訊きます。ひょっとすれば僕のほうが迷惑をかけたかも知れないし、もしそういうことがあれば改善はしていきたいのできちんと聞きます。ただ、基本的には自分で決めたことだから、好きなようにしなさい、ということです。
辻:それだけ人生を楽しみたい、やってみたいという人材が集まればすごいバイタリティ溢れる職場になりますよね。
徳岡:すっごいですよ。飲み会なんかやったら。
辻:そりゃ、もう、一回飲んだらわかりますよ。二度とこの人とは飲みたくない(笑)
徳岡:(笑い)いや、そういう社員たちと一緒に飲んでますから本気で飲まないと対応できないです。
辻:もちろん採用に関しても携わってらっしゃるんですよね?採用するにあたってコアな基準はなんでしょう?
徳岡:ほとんどの場合は1回の面接で決めます。何回面接してもほんとうのところはわからないですから。結局は一緒にやってみないとわからないです。
辻:料理経験者のほうがいいんですか、それとも料理に関して何も知らないほうがいい?
徳岡:それはまったく関係ないです。料理をやりたいかやりたくないかだけです。本雇いの前にアルバイトのような形で来てもらってお互いの相性を見るという感じでしょうか。
辻:ところで徳岡さんのところの調理場はすごく競争原理があるんですか?それともチームワークを重視する?
徳岡:新しい料理を作る際に例えば調理場経験が10年ある人がぼろくそに言われて、3年目のスタッフが「これ、素晴らしいよ」って言われることもあるわけですから。そりゃ、すごいプレッシャーだと思います。
料理の評価もその個人だけに言うのではなく、皆で悪い点などを言うわけですから。ここがだめだからこうしたほうがいいっていうわけです。でも、これって10年目のスタッフはそうとうへ込みますよね。
辻:今までそういう部分は調理場では隠されてきましたからね。
徳岡:そうですね。でも、そんなこと関係ないですよ。実際はどうなの、ってことですから。
辻:でも、精進する人っていうのは精進し続けるんじゃないですか?
徳岡:ま、精進し続けるひとつのモチベーションとして「自分の店を持つ」ということがあるでしょうね。しかし、自分の店を持ってもできることって限られてくるんですよ。確かにやってみなくちゃわからないですが、うちにいるからこそ出来ることっていうのもいっぱいあると思います。そこに価値観を見出す人もいるわけです。
●最後の二つの質問
辻:時間が限られているので最後の二つの質問に絞らせていただきます。この世界これがあるからやめられないというのはなんでしょう?
徳岡:やめられない?う~ん。 求められるからやめられないというのが現状かも知れないですね。やめたいって思うこともありますし、こんなこともしてみたいっていうのもあるんですが、やめられない理由は求められているから、期待されているから、当てにされているから、純粋にそうかなって今思いました。
辻:徳岡さんとしては他のスタッフもやはり同じような気持ちで仕事に望んで欲しい?
徳岡:要は求められているというのは自分の存在価値を自分で認めているのではなくて、他の方から認められているのを知るわけですね。それってすごく幸せなことだと思うんですよ。幸せってそういうことなんじゃないかって。自分が一生懸命やっていることが他の人に認められて、求められて、自分の存在価値を知る。これは幸せですよね。だからやめられないんでしょうね。皆さんにもぜひそうあって欲しいと思いますね。自分が認められることがたくさんの人を何かいい方向に向けられることになると思います。
辻:ありがとうございます。私たちは「創る」仕事をしています。いろんな「創る」があると思います。「創る人の条件」とは?
徳岡:たくさんの人のためになることを目的として、それを理論的に考えることのできる人でないとだめなような気がします。「人」を創るというのはすごい責任ですよね。ますはたくさんの価値観を捉えることのできる人でないとだめですよね。御校もぜひ、そういう「人」を創る学校であって欲しいと思います。
辻:僕の言葉じゃないですが、徳岡さんが慶応大学で講演されたのを聴いた大学の関係者の方が述べられた言葉があるんですが紹介していいですか?
徳岡:はい
辻:「徳岡さんのお話をうかがうにあたり、あふれ出るエネルギーを制御できずに暴れ馬のように生きていた若き日の姿が想起できた。思うにその頃から規制秩序の枠に収まりきらない自由な知性を持っていたと思われる」たぶん今でもこの性格は変わっておられないと思います。
今日はほんとうにありがとうございました。
■関連図書■
「吉兆料理花伝」(湯木貞一/辻静雄) 新潮社
徳岡邦夫さんの話の中に何度も登場する湯木貞一氏と辻調グループ校創設者の辻静雄先生の対談。
徳岡さんをして「湯木貞一本人になりたかった」と言わしめたほどの『吉兆』創始者湯木貞一の世界を垣間見ることができる名著です。
『吉兆』嵐山本店のHPはこちら
次回、11/5は第2回目< 『Hajime Restaurant Gastronomique Osaka Japon』 オーナーシェフ 米田肇 Vol.1>です。