Vol.4『四川飯店グループ』オーナーシェフ 陳建一
■学校って人脈の宝庫だよ■
辻:今や陳さん自身が“ブランド化”されて包丁セットからいろいろありますが、そういったことは楽しいですか?
陳:光栄なことでしょ。
辻:ここまで有名になられてどうしていつも謙虚でいられるんですか?
陳:そりゃ、逆からの視点にたてばわかりますよね。僕はいつもその発想をしますから。例えば自分の憧れの人がいて、「写真撮ってください」「ああ、いいよ」って素敵なことだと思うじゃないですか。それだけのことですよ。
辻:でも、人ってやはり舞い上がるじゃないですか?
陳:そうですね。絶対にそうなるって。
辻:でも、陳さんは一度たりともそうはならないですよね。
陳:それはうちのお袋のおかげだと思います。人間っていうのは立派すぎるとすたれる、だから少しボケッとしているほうがいいよ、って、でもね、ただボケッとしているのが多すぎるとただの馬鹿になってしまうからそこだけ気をつけろって、いつも言っていましたから。
辻:いろんなタイプの社員の方がいらっしゃると思うのですが、同じように教育されるのですか?
陳:そうです。
辻:聞いた話ですがゴルフ場でお昼にチャーハン食べていても、そのチャーハンが美味しかったら躊躇なく「作り方教えろ」って行くそうですね?
陳:「教えろ」なんてとんでもないですよ。「教えてくださいますか?」ですよ。
辻:どこからでも吸収されるんですね。
陳:教わったらすごく有難いし、「駄目もと」で訊きますからね。それで教えてもらったら自分のものになるじゃないですか。
辻:料理の技術でよく言われる「盗む」って言葉を簡単に説明していただけますか?
陳:「盗む」っていうのはしっかりと見ることです。見て、嗅げばいいんですよ。あと、食べればいいんですよ。そうすりゃわかるでしょ?いわゆるレシピではない。
わかりやすく言うとね。麻婆豆腐のレシピがあるとして「豆腐一丁」って書かれているとしてその一丁は300gなのか、200gなのか、「醤油」って書かれてもそれがどこのメーカーのものかで全部ちがうよ。本当のレシピは「豆腐」ならきちんと分量が記載されているし、「醤油」ならメーカーが指定されていますよ。
皆さんもまだ今後授業があるでしょ?そこで一番大事なことはね、音を聞くこと。ノートにはどこで何を入れたか
ということを必ず書いておくことだよ。
辻:結局レシピの解読力ですね。
陳:解読力です。ですから自分なりにポイントをメモっておけばいいんですよ。後は質問すればいいんです。「先生、あそこでなんであれを加えたのですか」って。君たちが卒業して5、6年たったときにわかるよ、ここの学校でやっていたことがわかる。うちの店に入った卒業生の人たちは皆言うよ「あっ、これをやっていたんだ。今、わかった」って。
辻:学校に行く必要ってあると思いますか?
陳:もちろんだよ。学校へ行けば、友達をつくることができるでしょ。学校って勉強するだけのところじゃないから。人脈の宝庫だよ。中国料理へ進む人、フランス料理へ進む人、お菓子をやる人、そして先生とのパイプができるこれは宝の山だよ。そういうための学校でしょ?
辻:技術を学ぶことも・・・(笑)
陳:もちろん技術も大事だよ。でもね、技術は後からついてくるから大丈夫。心配ない。毎日、一生懸命やればできるから。
最初、中華鍋を返せない、中で素材がうまく回転しない。でもね毎日やっていればできる。心配ないよ。
辻:僕は中国料理の業界に疎くてまったく素人なんですが、やはり鍋を振る人って少ないじゃないですか?となると競争原理がそこですごく働くじゃないですか。そのあたりの競争はどのようにしていけばいいんのでしょうね?
陳:うちの場合は学校に近いかも知れませんね。配置はしますけれどある程度になれば全員鍋振らせますから。それにうちには「賄い」があるからね。そこが一番勉強になると思いますね。
■お客さまが喜ぶこと、ただそれだけ■
辻:ところで陳さんのゴルフは緻密なほうですか?
陳:そうだね。決断力も早いよ。
辻:仕事でも一緒なんですね。お客様に受ける料理を作るというのは最高のアレンジャーの技術を持っていないとできないですよね。
陳:お客様をどうやって喜ばせようかって僕の頭の中はそればかりですから。うちの店はお客さまの目の前で料理する機会がとても多い作りになっているんですよ。お客様の前で料理を作ると音が出る、香りが出る、最高のパフォーマンスだね。
辻:珍しいですね。中国料理の店でそういうタイプは。
陳:うちの赤坂店はものすごく忙しい店だからね。厨房にお客さまが入ってきてしまうからね。
辻:それはどうしてですか?
陳:そりゃ見たいでしょ。
辻:邪魔にならないですか?
陳:全然、ここがポイントでしょ。忙しければ忙しい時ほど来るんだよ。忙しいとどういうことになるかって言うと鍋ふってると誰かが入ってくる気配がする、忙しいからって振り向きもしないのはだめですよ。「いらっしゃい!ちょっと待ってください」って。逆の立場だったら嬉しいでしょ?僕は自分なら嬉しいってことだけをやっているだけだから。
一番面白かったのは自分のおばあちゃんに美味しいチャーハンを作りたいということで小学生の男の子が厨房に入ってきて作り方を尋ねて、弟子のひとりが教えて、その子は帰ったんだよ。後日、手紙が届いたんです。「おばあちゃんにちゃんとチャーハンを作ったら、とても喜んでくれた」という内容で厨房は全員でバンザーイだよ。
うちの厨房ってそういう調理場なんですよ。みんなで共有しているわけよ。何をかって言ったらお客様が喜んでくれることを共有している。だから「美味しいって仰ってます」ってサービスから言われると皆で「やったね!」って喜ぶ。でも、反対にクレームが入った場合は仕事が終わるまでそのことは言わないですよ。テンションさがりますから。
辻:珍しいですね。
陳:そうですか?当たり前だと思いますけれど。
辻:お店が生きていますよね。少し話がとびますがいいですか?中国料理って進化する必要はないのですか?
陳:人は時代と共に変わるから、進化は必要ですよ。残すものは残すかもしれないけれど・・・まず材料だってこれから変わっていくわけだから。調味料だってそうですよ。
辻:自然的な変化と意図的な変化があると思います。
陳:どちらもある。絶対に変えてはいけない部分と進化する部分のバランスだよ。結局、店やっているってことは利益を出さないとスタッフの給料が上がらない。皆の給料はお客様にきていただいて出るってことは明解なことなんですよ。なんでお客様を厨房に入れるのか?お客さまに楽しんでいただきたい。楽しんでいただくということはもう一度来てくださるということ。それの繰り返し。こういうことを僕は自分の弟子たちに教えているんです。なんでうちの店にお客様がきていただけるのかを徹底して教えているのです。
辻:それこそ研究ですよね。
陳:そうです。だからいろんなことを研究しなきゃいけないしね。実際にお客さまが食べている姿は料理人は目にしていない。じゃあ誰が見ているか?サービスのスタッフが見ているんですよ。だからサービススタッフとはしっかりと連携をして、彼らから情報をもらわないといけない。そうしないとお客様の情報は永遠に料理人にはわからない。自分の作った料理が残されたまま皿が下げられてきても気にならないような料理人になったらおしまいですよ。
■辻調理技術研究所研究生(中国料理)からの質問■
辻:辻調理技術研究所の中国料理を専攻する研究生からの質問を10個ほどさせていただきます。今、一番料理で苦労されていることはなんでしょうか?
陳:苦労していることはやはり材料の調達ですかね。新しい食材がいっぱいあるからその調達にけっこう苦労していますね。
辻:料理の中で一番難しいことは?
陳:難しいこと?あんまりないね。
辻:今まで技術の習得以上に難しかったことは?
陳:そりゃやはり厨房内での「和」というか、人を育てることが一番難しいと思いますね。皆性格ちがいますからね。
辻:才能の限界を感じられたことありますか?
陳:才能なんてものは、自分がどう思うかで決まるわけだからね。才能なんて誰が決めるの?思い込みって大事だから。
辻:スランプに陥ったことありますか?
陳:ありますよ。スランプなんか何回きたことか。人間だから。ただね今は会社のトップはっていますからねトップがそんな顔したら誰もついてこないですよ。ですから気迫だけはだれにも負けないつもりでやっています。
辻:素晴らしい。
陳:スランプを楽しんじゃったらいいよ。それぐらいになれたら、何がきてもOKだよ。
辻:自分を向上させるにはどんな努力をされているのでしょうか?
陳:楽しいことやればいいじゃない。仕事を楽しめばいいじゃない。
辻:仕事は楽しむものじゃないっていう上司もいますよね。
陳:えっぇ~。要はトップが雰囲気をどう作るかですよ。
辻:陳さんにとって料理とは?
陳:幸せを味わうことでしょう。すべて含めて幸せになることですよ、料理は。美味しいもの食べて怒る人いないですからね。
辻:成功へのプロセスを教えてください。
陳:ない。成功へのプロセスなんてないよ。がむしゃらにやればいいいんだよ。そして、失敗したときは、ちゃんと考える。なんで失敗したのかって。失敗から学ぶことは多いからね。
成功へのプロセスに関してはそういうことを書いた本がいっぱい出ているからそれを読めばいいよ。成功ストーリーを読めばいろんなタイプの成功があるから勉強できるよ。
それよりも自分にとって成功ってなんなのかを考えたほうがいい。成功ってお金持ちになることじゃないよね。自分の心の豊かさがどれぐらい満たされるかということが最終的には成功だと思っているから。
例えば僕の場合は自分の分身、弟子がどれだけ育てられるかが成功だと思っていますから。
辻:私たちの学校では自分の将来のキャリアをきちんと定めて進んでいくように指導していますが、やはり夢というものは必要ですよね?
陳:そりゃ夢は必要でしょう。だって夢がないと面白くないでしょ。
辻:最後に同じ質問をするのですが、ずばり<創る人の条件>とは?
陳:<創る人の条件>はやっぱり料理が好きなことだよ。食べてくれる人に「美味しい」って言ってもらいたい。もうそれだけだよ。そのことが嬉しく思える人が<創る人の条件>を満たしていると思う。技術は一日では自分のものにはできない、毎日いろんなことを考えていって自分のものになりますから。いつも言うのは自分が作ってお客様に出した料理がきれいになって戻ってきたときの「やったぜ!」という気持ち、感激をいつまで持てるかが大事なんですよ。その感激をずぅっと持てる人は<創る人の条件>を満たしていますよ。
辻:陳さんほどのベテランの方からそういう言葉を聞くのはなんか心が洗われるような気がします。
陳:これがほんとうに原点ですからね。いまだにお客さまの料理の評価は気になって気になって仕方ないですから。ですからサービスのスタッフが「美味しいって仰ってます」と言ってくれたら「やったぜ!」ですよ。
辻:常に謙虚でおられる陳さんであっていただきたいし、今後も大きなご活躍を期待いたします。今日はほんとうにありがとうございました。