【とっておきのヨーロッパだより】ボキューズさんと「東西南北」のブラッスリー
フランス校の学生の多くがフランスに来て最初に訪れるグラン・メゾンは『レストラン・ポール・ボキューズRestaurant Paul Bocuse』。両フランス校からリヨンに行く途中、ソーヌ川沿いの「コロンジュ・オ・モン・ドール」という街にあります。1965年からもう半世紀近くミシュランの三ツ星を守り続けていて、本物のフランス料理、レストランサービスの何たるかを教えてくれるお店です。
『レストラン・ポール・ボキューズ』のオーナーシェフであるポール・ボキューズ氏は、その本店とは別に1994年からリヨン市内に次々とブラッスリーBrasserieをオープンしました。ブラッスリーとはもともとアルザス地方でビールを作る工場のことだったようですが、今は気軽に料理やお酒を楽しめる庶民的なレストランのことです。フランス料理の普及をライフワークとするボキューズ氏が、上質の素材で作った料理を手ごろな値段で提供し、伝統の味を若い人たちに伝えていこうとされています。さてどんなお料理が出てくるのでしょうか?「ボキューズさんのブラッスリー」を食べ歩いてみることにしました。
市内にある4軒のブラッスリーはそれぞれ『ル・ノールLe Nord(北)』、『ル・スュッドLe Sud(南)』、『レストL'Est(東)』、『ルウェストL'Ouest(西)』と名づけられていますが、リヨンの伝統料理や家庭料理はこれら4軒のメニューに共通しています。「オニオングラタンスープ」「ブルゴーニュ風エスカルゴ(エスカルゴバター(注1)といっしょに殻に詰めてグラタンにしたもの)」「サーモンマリネ」「クネル」(注2)「フォアグラのテリーヌ」など、さらに「レ・プラ・カナイユLes Plats Canailles」(注3)とあり、「フリカッセ・ド・ロニョン(腎臓の軽い煮込み)」「アンデュイエット(豚の腸だけで作った腸詰)」など、リヨン名物の内臓料理も並んでいます。
左:「ブルゴーニュ風エスカルゴ」熱々を専用の器で
中:「サーモンマリネ」前菜でもこのボリューム
右:「アンデュイエット」庶民の味も上品な仕上げ
これらはいつも安心して食べられる味として、フランス人に親しまれている料理ばかりです。こういった定番の共通メニューの他、4店のブラッスリーがそれぞれ異なるコンセプトの下、特色のある料理を出していました。
まず行ったのは1994年に繁華街に開店した『ル・ノール』です。
コンセプトは「ラ・キュイジーヌ・ド・トラディションLa Cuisine de Tradition(伝統の料理)」、「北」という店名が示すとおり、ブラッスリーの発祥地アルザス地方などフランス北部を意識した伝統的な料理が中心です。『ル・ノール』だけで出される料理にはアルザスの定番「シュークルート」や家庭的な煮込み「ポトフ」、ブルゴーニュ地方の伝統料理「ブッフ・ブールギニョン」があります。リヨンでは庶民的な居酒屋のことを「ブションBouchon」と呼びますが、それを少し上品にした感じ。いつ行っても人であふれていて、少し荒っぽいサービスが、気取りがなくてくつろげます。
次に行ってみたのが、ベルクール広場からローヌ川に突き出した広場の一角に1995年に開店した『ル・スュッド』、「南」。
こちらのコンセプトは「ラ・キュイジーヌ・デュ・ソレイユLa Cuisine du Soreil(太陽の料理)」、南仏プロヴァンスや、イタリア、スペインなどのいわゆる地中海料理、さらにアフリカ北部のマグレブ料理まで取り入れています。特徴的なお料理は「サラッド・ニソワーズ(ニース風サラダ(注4)」「タジン・オ・レギューム(ふたが円錐形の鍋を使った蒸し料理)」「ジェノバ風ペンネ(バジルソースのパスタ)」「ピッツァ」など、オリーブが描かれたお皿もカラフルです。
ガラス張りのテラス席があって、冬でも太陽を浴びて食事ができ、白を基調の石造りの店内は南仏の別荘(持ってませんが)のようです。
続いて『レスト』、1997年に古い駅舎の一部を改装して開店した「東」です。
「ラ・キュイジーヌ・デ・ヴォワイヤージュLa Cuisine des Voyages(旅の料理)」がコンセプト、壁際の高いところにグルッと模型電車の線路が巡らされていて、走らせることができるようです。駅舎だけに天井が高く、羽根むき出しの扇風機に情緒があります。
壁のあちこちに旅に関するポスターとか、世界の長距離列車の距離や開通した日を刻んだパネルが飾られていて、日本の「SHINKANSEN」も見つけました。
東に向けての旅ということらしく、中国や日本にインスパイアされた料理が多いようです。特徴的なお料理の1品は「リ・カントネ」、つまり広東風ご飯です。フランスの中華料理店ではチャーハンのことをこう呼びますが、ここで出てきたものは見た目はちらし寿司風、敷き詰められたご飯はやや温かく、表面に色とりどりの具がのっています。底に卵のソースが敷いてあって、料理といっしょにサーヴされるキッコーマン醤油をかけると卵かけご飯のようです。
もう1品は「テンプラ・ド・ガンバ」、大きな頭つきのエビにフリッターのような衣をつけてあげてあります。ソースは甘酸っぱいタイ風、下に敷いたサラダには薄切りのナスのソテーが混ぜられていました。
最後にボキューズの本店寄り、リヨンの郊外ソーヌ川沿いに2003年に開店した『ルウェスト』、「西」です。お天気がよかったので、テラス席で川を眺めながら食事ができました。
コンセプトの「ラ・キュイジーヌ・デ・ジルLa Cuisine des Iles(島の料理)」の"島"とは西インド諸島のことだそうで、海を感じる料理が並びます。「サシミ」というのはゴマをふった生のサーモンにわさびソースをかけたもの、中央のサラダにはお寿司の「ガリ」が混ぜてあり、ナイフやフォークといっしょにお箸も出てきました。「ネム」というのは揚げ春巻き、中身はエビと野菜とキクラゲ、ベトナム料理店で出されるとおりレタスとミントの葉で巻いて甘酸っぱいソースをつけます。ほかには「干しダラのコロッケ」「マグロのグリエ」「イカのオレッキエッテ」など、魚介を使った料理が多く、盛り付けはちょっと南国風です。
食後のデザートも気になるところですが、デザートメニューは4軒共通、昔ながらの素朴なものばかりです。「ゴーフル・グラン・メール(おばあちゃんのゴーフル)」は焼きたての大きなゴーフル2枚にチョコレートソース、りんごのコンポート、クレーム・シャンティ(ホイップクリーム)がついてきます。
「ババ・オ・ロム」はサービスのお兄さんが真ん中を切ってラム酒をかけてくれるのですが、そのまま「後はお好きなだけどうぞ」と言わんばかりにラム酒の瓶がテーブルに置き去りにされます。
周りを見回すと他のテーブルにも同じ瓶が置かれていて、人気のデザートのようです。ほかにも「ヴァシュラン(注5)」「クレーム・ブリュレ」「クープ・ド・モンブラン(栗のパフェ)」など、量もたっぷりです。
ボキューズのブラッスリーには、他にサッカー場の近くにオープンしたアルジャンソン店があります。この取材で行ってみようとしましたが休日は満席で、予約なしでは断られてしまいました。
さらに『ルウェスト』近くのシネマコンプレックス内に『ウェスト・エキスプレス』というファストフードのお店もできています。ボキューズのシェフがプロデュースするハンバーガーは、お肉から厳選されていて、ちょっとお高いのですが、それだけの価値があります。
さて、4軒を回った後でもう一度『ポール・ボキューズ』の本店です。
このコラムを書くにあたりお願いしてみたら、お昼のサービスの時の厨房を内側から見せてもらえることになりました。ブラッスリーはほとんどがオープンキッチンで、スマートにサービスされていますが、本店の厨房は動き始めると戦場のような雰囲気、指示が出されるたびに「ウィ・シェフ!」の声が飛びます。
お客さんが入り始めたころポール・ボキューズ氏登場!技術は代々のシェフたちに受け継がれているので料理こそされませんが、今でも営業時間中はご本人が必ずお客様の各テーブルを回られます。
正装のポール・ボキューズ氏
テーブルでいっしょに写真を撮ってもらえるのが学生たちにとって最高のお土産です。今回の取材でも最後にボキューズ氏の「フォト!」の一言で、厨房の皆さんがル・パス(注6)前に集まってくださいました。まだまだ「ポール・ボキューズ」健在です。
注1 にんにくやパセリを混ぜ込んだエスカルゴ料理専用のバター
注2 はんぺんのようなすり身をフットボール形にしたリヨンの名物料理
注3 カナイユは「下品な」という意味だが、親しみやすく庶民的なイメージで使われている
注4 ニース風サラダには、ツナ、トマト、ゆで卵、ジャガイモ、オリーブが入る
注5 乾燥メレンゲを使ったアイスクリームケーキ
注6 厨房から出た料理をサービスが受け取る台
『レストラン ポール・ボキューズ』については、コンピトゥム内コラム「私的フランス料理史No.2」や、2011年9月2日のコラム「楽しさいっパイ?パイ包み料理」を参照ください。