【とっておきのヨーロッパだより】これがおいしい!バルセロナ 〜ドリンク編①〜
「これがおいしい!バルセロナ」シリーズ
第1回 ドリンク編①|第2回 ドリンク編②|第3回 米編|第4回 市場&野菜編|第5回 魚介類編
スペインのバルセロナに行ったことがあるという人は多いと思いますが、観光都市バルセロナではなく、カタルーニャ地方の中心都市として、カタルーニャ人の生活に密着したバルセロナを意識したことのある人はどのくらいいるでしょうか? バルセロナにはカタルーニャ州の自治政府(ジェナラリタッ・ダ・カタルーニャ Generalitat de Catalunya)があり、カタルーニャ独自の国歌、独自の国旗、独自の言語があります。道路標識も電車内放送も、まずはカタルーニャ語、次がスペイン語の順です。商店の看板などもカタルーニャ語表記が義務づけられていて、学校では両親がスペイン語を話す家庭の子供はカタルーニャ語の教育を義務づけられています。スペインであることをよしとせず、カタルーニャ独自の文化を守り続ける、そんな人々が暮らす街、それがバルセロナです。
(左)スペインの国旗の右がカタルーニャの旗
(右)バルセロナ市庁舎の向かいにあるカタルーニャ自治政府
また、ピレネー山脈の南に位置し、大きな川が流れ、地中海に面したカタルーニャ地方は、山の幸、海の幸両方の食材に恵まれ、豊かな食文化を育んでいることでも知られています。新鮮な食材が豊富に入手できるので、カタルーニャ料理はその素材の持つおいしさを最大限に生かしたシンプルなものが多く定着しました。野菜はオリーブオイルに漬け込んだり、煮込んだりするものが多く、肉類はシンプルに焼く以外は、腸詰めにしたものを使用するのが日常的。魚、イカ、タコなどの海産物は、衣をつけオリーブオイルで揚げたフリッターや、鉄板で素早く調理したものに香草とエクストラバージンオイルで香りをつけたものなどが多く見られます。
家庭的な料理の一方で、カタルーニャ地方は、フランス料理界にも影響を与える偉大な料理人を多く生み出しています。今や誰もが知っている『アル・ブイ El Bulli』のファラン・アドリア Ferran Adrià氏をはじめ、『サン・パウ Sant Pau』の カルマ・ルスカイェダ Carme Ruscalleda 氏、『アル・ラコ・ダ・カン・ファバス El Racó de Can Fabes』のサンティ・サンタマリア Santi Santamaria氏、『アル・セィエール・ダ・カン・ロカ El Celler de Can Roca』の ジョアン・ロカ Joan Roca氏などは、みなカタルーニャのアイデンティティを誇りとしているカタルーニャ人です。
このように、スペインの経済を支える重要な都市でありながら、独自の文化を持つカタルーニャ地方の中心都市でもある。そんな2つの側面を持ったバルセロナはそういう意味で非常におもしろい街なのです。
(左)ガウディも生粋のカタルーニャ人
(右)街のいたるところで民家の窓際に掲げられたカタルーニャの国旗を見かける
この今回から数回に分けてお届けする「これが美味しい!バルセロナ」シリーズでは、バルセロナに生まれ住むカタルーニャ人との交流のなかで知ったバルセロナならではの食文化の魅力と、おいしくて少し珍しいお店を紹介していきたいと思います。なお、カタルーニャ人に密着したレポートということで、本文中のアルファベット表記はすべて普段彼らが話しているときの呼び方、カタルーニャ語になっていますので、ぜひ皆さんの知っている言語と比較してみてください。
それではまずは、一番身近なドリンクから。
■カフェ・タヤッ Cafè tallat と シガロ Cigaló
バルセロナの人たちの朝は一杯の「カフェ・アム・イェッ Cafè amb llet」から始まります。これはいわゆるカタルーニャのカフェ・オ・レで、トースト等の軽い朝食と共に飲むケースがほとんど。バルでカフェを注文している人たちを観察すると、一口に「カフェ・アム・イェッ」と言っても、個人の好みにより注文の仕方がかなり細かく違っていることに気づきます。
「ミルクを多めに。」「ほぼ全部ホットミルクで、コーヒーは5滴ほどで。」「ミルクは室温で。」「やけどするくらい熱く。」「コーヒーは倍量で。」「ノンカフェインで。」「氷をつけて。」「カップじゃなくて、ガラスコップに入れて。」
一人ひとりの要望に、嫌な顔ひとつせずに応対する店員を見ていると、いかにコーヒーというものが人々の生活の中で重要な位置を占めているのがわかります。
バルセロナでは昼食が一日の中でのメインの食事です。サラダや生ハム、腸詰め等のアペリティフ、一皿目にパスタや米料理、二皿目に魚か肉料理、そしてデザート。平日でもしっかり食べます。そのため食後の一服には量の少ないエスプレッソまたは「タヤッ Tallat (もしくはカフェ・タヤッ Café Tallat)」が定番です。タヤッは「カフェ・アム・イェッ」より小さいガラス製のグラスでサーヴィスされ、ミルクの量が少ないコーヒーです。ただし一般にはフランスの「カフェ・ノワゼット Café noisette」やイタリアの「カフェ・マキアート Caffè macchiato」よりもミルクの量は多いとされています。
(左)「タヤッ」には砂糖を入れて混ぜる人が多い
(右)「シガロ」に入れるブランデーの量も聞いてくれる
「タヤッ」は通常ガラス製のカップでサーヴィスされます。これはミルクを好みの濃さに調節するのに見やすいからで、ミルクの量を指定できるよう普通は客の前で注いでくれます。温かいミルクか冷たいミルクかを聞かれることのある「カフェ・アム・イェッ」とちがって「タヤッ」は常に熱くしたミルクを入れるのが基本です。また、エスプレッソに砂糖とブランデーやコニャックを加えた「シガロ Cigaló」を飲んでいる人もよく見かけます。
元々、バルセロナ・フランサ Barcelona-França 駅で荷下ろしに従事していた肉体労働者達が短い休憩時間を有効活用するために、食後にエスプレッソと食後酒を一緒にしたものを頼んだのが起源と言われています。ちなみに、「シガロ」はスペイン語では「カラヒーヨ Carajillo」、「タヤッ」は「コルタド Cortado」と呼ばれています。
バルセロナでコーヒーを頼むときには、一度挑戦してみてはいかがでしょうか?
■不思議な飲み物オルチャタ Orxata
そして今回、特に紹介したいドリンクがこの「オルチャタ Orxata」と呼ばれる、不思議な名前と不思議な味をもつ飲み物。バレンシア地方発祥の飲み物ですが、かつて同じ王に統治されていた隣国のカタルーニャにも伝わり、現代でも広く親しまれています。
中央はアイスクリームを浮かべたフロート・ヴァージョン
その名前の由来には諸説ありますが、民間伝承ではこう伝えられているそうです。
「十三世紀、アラゴン及びカタルーニャ地方を中心としたスペイン東部を支配下に治めた征服王ジャウマ一世がバレンシアに出向いたところ地元の美しい女性が見たことの無い象牙色の一杯の飲み物を献上した。不思議な味のするその飲み物は甘くまったりとしていながら清涼感のあるすっきりとした喉越しで、暑い夏の長旅で火照った体をクールダウンした。疲れが吹き飛んだ王はこの不思議な飲み物にいたく感激し"アショ エス オル、チャタ! Açò és or, xata!(これは千金に値する飲み物だよ、お嬢さん!)"と叫んだと言う。」
その真偽はさておき、確かに「オルチャタ」という飲み物は形容しづらい不思議な味がします。一昔前、私がバルセロナに初めて来て、現地の人に勧められて最初に飲んだ飲み物が「オルチャタ」でした。第一印象は「甘い牛乳?」でしたが、実際には乳臭さはまったくなく、甘みがあるにも関わらず爽やかな味は、今まで飲んだどんな飲み物にも似ていませんでした。それでいて一旦この味に慣れると、暑い夏の喉を潤すためについまた飲みたくなってくるのです。
(左)タンクのなかでは常にオルチャタが撹拌されている
(右)保存がきかないので、売り切っては中身を入れ替える
この不思議な飲み物の正体はというと、原料は「チュファ Xufa」と水と砂糖とシナモンだけ。「チュファ」とは和名が「キハマスゲ(ショクヨウガヤツリ)」という植物で、日本では食用にはしませんが、水はけのよい砂地を好んで育ち、オルチャタの原料となるものはバレンシア地方のアルボラヤ Alboraia村とその近辺の土地でしか栽培されていないそうです。冬に収穫した「チュファ」の小指の先ほどの大きさの地下茎を保存できるように乾燥させ、それをすり潰したものを水で薄めて漉し、砂糖とシナモンで味を付けたものが製品としての「オルチャタ」です。保存料も一切使用されていないので日持ちは二日が限度という鮮度が命の飲み物。そのせいか、本場バレンシアやバルセロナだけでなく、「オルチャタ」はスペインの地中海沿岸では夏の飲み物としてほとんどのカフェで飲むことができますが、内陸などその他の地域ではほとんど見かけることはないそうです。また、「オルチャタ」は水とチュファの成分が分離しないように、撹拌機能のついたステンレス製のタンクや、プラスチック・ガラス製の透明のオルチャタサーバーで常に撹拌されている必要があります。夏にカフェのカウンターにオルチャタサーバーが置かれる光景は、バルセロナでは夏の風物詩ともなっています。
(左)原料は「チュファ」と呼ばれる植物の地下茎(ビンの文字はスペイン語表記)
(右)ナッツのように見えるが、乾燥されたものは非常に硬く無臭
ただ、本当においしい「オルチャタ」を求めるなら、カフェではなく「オルチャテリア Orxateria」と呼ばれるオルチャタの専門店で飲むのがおすすめです。バルセロナには町のいたる所にオルチャテリアがあります。店によって構えも大きさも様々ですが、たいていはテーブル席のないカウンターで注文して立ち飲みするスタイルか、もしくはテイクアウト形式のもの。店によって濃度も味もちがうので、いろんな店に行って飲み比べするのも楽しいのではないでしょうか? 実際、地元の人達は「ここのオルチャタが一番!」と行きつけの店を自慢し合ったりしています。シンプルなだけに少しの味の違いが集客にも大きく影響するのかもしれません。ちなみに私のひいきの店は、大・中・小とサイズが選べ、かつ超低価格で喉越しのいい新鮮なオルチャタを提供する創業60年の老舗『オルチャテリア・カサノバ Orxateria Casanova』。今回、この取材にも快く応じてくれました。
(左)ジェラートも販売している「カサノバ」
(右)次から次へと客足が後を断たない
これらのオルチャテリアは4月の下旬から10月初旬までしか営業しておらず、特に真夏には地元の客で賑わいます。買い物の帰りに重い荷物を降ろして「オルチャタ」の冷たい一杯で一息つくご婦人、バルセロナのビーチで海遊び中、小銭を手に海辺とオルチャテリアを何度も往復する子供たち。夏のバルセロナではこういう光景を頻繁に目にします。また、オルチャタはボトルで買って持ち帰ることもできます。「オルチャタ」のボトルを手に道行く人を見かけると、この飲み物が本当に地元の人の生活にとけ込んでいるんだなあ、と実感します。
(左)持ち帰り用のボトルが用意されているオルチャテリア
(右)オルチャタを飲みながらカウンターで一息つく客
「オルチャタ」は店で出されたそのままをストレートで飲むのがやはり最高ですが、いろんなバリエーションを楽しむこともできます。定番は前述のアルボラヤ Alboraia村の伝統菓子パンである「ファルト Fartó」を浸しながら食べる、「オルチャタ・アム・ファルトンス Orxata amb fartons」。吸水性の高いパンが水分を含んだ状態が好きではない人は浸さなくてもいいそうですが、試してみると、パン自体に砂糖がついているので、意外といける味でした。また、フロートが好みの人に人気なのが、「オルチャタ」にチョコレートアイスを浮かばせた「クバーノ Cubano」。さらに冷たさと爽快感を追求し「グラニサット・ダ・リモナ Granissat de llimona(ナチュラルレモンフローズン)」をブレンドした「パルメラ Palmera」も人気だそうです。他にも各店のオリジナル商品があったりして、どれも一度は試してみたくなります。
(左)ファルト2本とオルチャタのセットで2.30ユーロ
(右)市販のオルチャタもたくさん販売されている
スーパーなどでも市販の「オルチャタ」を見かけますが、ほとんどの場合は砂糖や牛乳などがブレンドされて味が調整されているうえ、着色料や保存料が使われています。「オルチャタ」は鮮度が命のシンプルな飲み物。本場バレンシアはもちろん、バルセロナに来たら、ぜひオルチャテリアに足を伸ばしてみてください。
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取材協力店:
Gelateria Orxateria Casanova
Casanova, 228, Barcelona, BARCELONA 08036, Spain
■読み方の表記について
日本では『アル・ブイ El Bulli』『ファラン・アドリア Ferran Adrià』は『エル・ブリ』『フェラン・アドリア』、『カルマ・ルスカイェダ Carme Ruscalleda 』は『カルメ・ルスカイェーダ』、『アル・ラコ・ダ・カン・ファバス El Racó de Can Fabes』は『エル・ラコ・デ・カン・ファべス』としてほとんどの場合スペイン語に当てはめた読み方で表記されています。
「Orxata」「Orxateria」「Xufa」は厳密にはカタルーニャ語では「オルシャタ」「オルシャテリア」「シュファ」と発音しますが、発祥地であるバレンシアやカタルーニャ西部ではスペイン語と同様に「オルチャタ」「オルチャテリア」「チュファ」と発音します。そのため、これらはカタルーニャ全土で一般的に「オルチャタ」「オルチャテリア」「チュファ」と呼ばれています。また、写真にある「Chufa」はスペイン語表記で、「Orxata」もスペイン語では「Horchata」と表記します。
スペインに関するコラム「風土Foodエスパーニャ」
https://www.tsujicho.com/oishii/recipe/w_food/espana/index.html