【とっておきのヨーロッパだより】知ってるようで知らない、カフェ・グルマンをいかがですか?
<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>
食事の後のお楽しみといえば、デザートですよね。でも、別腹とはいえお腹いっぱいだったら...
そんなとき、メニューにカフェ・グルマン Café Gourmandがあれば試してみてはいかがでしょうか?
―カフェ・グルマンって何ですか?―
カフェ・グルマンとは、エスプレッソ・コーヒーに小さなお菓子を数種類添えた、いわゆる"デザートセット"のようなものです。"カフェ"はもちろん、コーヒーのこと(フランスでは単にカフェといえばエスプレッソ・コーヒーのことを指します)。そして、"グルマン"は「食いしん坊の」を意味します。(注1)
普通、カフェ・グルマンがメニューにあるのはビストロ等のカジュアルなレストランです。私が初めて食べたのも、エスコフィエ校のあるレイリュー Reyrieux村の隣町、トレヴー Trévouxのビストロ『ル・ショードロン Le Chaudron』でした。
<左>グルヌイユ(カエル)等の郷土料理を楽しめる『ル・ショードロン』
<右>(左から)カフェ、ココナツアイス、イチゴ、ミニ・ベーニェ(ショコラ入り)
以前訪れた2月頃には、ミニ・クレーム・ブリュレやミニ・ガトー・ショコラ等だったのですが、今回訪問した5月にはすっかり内容が変わっていたので尋ねると、お菓子の取り合わせは季節等によって変わっていくそうです。確かに、ココナツ風味のアイスとイチゴはさわやかな初夏にぴったりです。
―カフェ・グルマンの流行~フランス人の食生活をめぐる変化~―
フランスの新聞『ル・フィガロ Le Figaro』のWEB版で、2009年の記事にカフェ・グルマンを取り上げたものがあります。それによると、3人に1人の客が注文し、40%近くのレストランがメニューに加えるほど、カフェ・グルマンは流行していたようです。なお、カフェ・グルマンが初めて提供されたのはこの記事によると約12年前、魚介料理のレストランチェーン『ラ・クリエ La Criée』にてだそうです。この記事の約12年前ですので1997年ごろ、ということになります。(注2)
カフェ・グルマンの流行の理由として考えられるのは、フランス人が食事のバランスに気を遣うようになり、いわゆる皿盛りのデザートよりもカロリーが少ないと感じられるカフェ・グルマンを選ぶからではないかということが挙げられていました。
ちなみに、フランス人が摂取している主要栄養素の構成を10年ごとに推定した調査によると、炭水化物は減少の一途をたどる一方で、脂肪が増加し続けています。これは、生活が豊かになるにつれて、手っ取り早く満腹感を得られるパンやじゃがいも等の炭水化物系の食材の消費量が減り続ける一方で、肉類などのぜいたく品の消費が増えていったためと考えられます。その結果、1980年に両者の差はほとんどなくなり、1990年には脂肪の摂取量がついに炭水化物を上回りました。(注3)
それと並行するかのように、1980年代からフランス人の肥満率は上昇し、90年代に入るとさらにペースを上げて、今やフランスでも肥満は社会問題となっています。(注4)
時代の流れからも、カフェ・グルマン流行の素地はできていたようです。フランス人にとって、食後のデザートは欠かせない、けれども、カロリーは気になる、という...。
また、さらに流行のもう一つの大きな理由として、コーヒーがデザートと一緒に出される、という点もあるようです。フランスでは、コーヒーや紅茶等の飲み物はデザートを食べ終わってから供されるのが一般的ですが、それに比べ全て一度に出てくるカフェ・グルマンは時間の節約になります。これまた何事も簡略化・合理化する時代背景を反映しているのかもしれません。
―カフェ・グルマンさまざま―
先に紹介した、初めてカフェ・グルマンを出したと言われる『ラ・クリエ』の一店舗が、フランス校からもほど近いリヨン近郊の町エキュリー Ecullyにあるので行ってみました。
<左>『ラ・クリエ』とは、魚などのセリ市場を意味します
<右>(左から)カフェ、マカロン、ブラン・マンジェ、クレーム・ブリュレ
注文の際、「ここがカフェ・グルマンを初めて出したレストランですか?」と聞くと、サーヴィスの女性は心なしか誇らしげに「ウィ(はい)」と答えてくれました。
一般的に、カフェ・グルマンの相場は6ユーロ前後です。この値段で、コーヒーとちょっとしたデザートを楽しめるのは確かに時間とお金の節約になります。近年のフランスでの経済事情の悪化とも相まって、カフェ・グルマンは流行のデザートとなり、様々なヴァリエーションを生んでいます。(注5)
一例として『イポポタミュス Hippopotamus』という、肉料理で知られるカジュアルなレストランチェーンがあります。ここには、カフェ・グルマンが3種類あります。
そのうちの2種類には"カフェ・グルメ"という名前がつけられていて、値段が7.90ユーロと少々高めですが、4つのデザートが付き、ボリューム満点です。2種類のうちのひとつ、カフェ・グルメ・イポテオーズには、ムース・オ・ショコラ、ヴァニラ・アイス、クレーム・ブリュレにフルーツ・サラダ。また、カフェ・グルメ≪トゥ・ショコラ(ショコラづくし)≫の方は、ムース・オ・ショコラ、チョコレート・アイス、ガトー・ショコラにブラウニー。≪ショコラづくし≫とはさすがショコラ好きなフランス人らしいメニューです。
<左>カフェ・グルメ・イポテオーズ
<右>カフェ・グルメ≪トゥ・ショコラ≫
残りの1種類はカフェ・ドゥスールと呼ばれる、ムース・オ・ショコラとマドレーヌが付いた5.50ユーロのものです。ドゥスールとは、"甘さ、甘いもの"を意味します。
カフェ・ドゥスール
ところでカフェ・グルマンを見ていると、星付きなどの高級レストランで、デザートの後にコーヒーと共に出されるプティ・フール Petits Foursやミニャルディーズ Mignardisesと呼ばれる小菓子にそっくりなことがあります。確かに、サブレ、マカロン、ボンボン・オ・ショコラ等は、プティ・フールやミニャルディーズと同じといえます。ただ、カフェ・グルマンでは、それらの小菓子以外にも、タルト、ケーキ、ミルフイユ等、普通なら一品物のデザートとして提供されるものを小さなサイズで出すこともある、というのが異なる点でしょうか。
カジュアルなお店以外でもカフェ・グルマンを食べてみようと思い、『ミシュラン』掲載のリヨンにあるレストランから、カフェ・グルマンを提供しているレストランを探してみました。数軒見つかった中で、ベルクール広場の近くにある歴史あるレストラン『ラ・タッセ La Tassée』を選びました。
<左>レストラン『ラ・タッセ』
<右>落ち着いた雰囲気の店内でリヨンの郷土料理等を楽しめます
シックな店内で、美味しい料理をいただいた後に、カフェ・グルマンを注文。8ユーロと、カフェ・グルマンとしては少々高めですが、他のデザートが11ユーロするのと比べると、ここではお得な値段設定です。それ用に小さく作られたお菓子は可愛らしく、まさにデザートからプティ・フールまでを一皿に凝縮しているようでした。
(上から時計回りに)パート・ド・フリュイ、ガトー・ショコラ、プティ・シュー、パッション・フルーツのムース
パッション・フルーツのムースに、イチゴとイチゴのクリームの入ったプティ・シューは季節ならではで、さっぱりと口直しになり、ショコラのクリームをのせた円形のガトー・ショコラは、小さいながらもしっかりした味わい、そしてカシス風味のパート・ド・フリュイはプティ・フールの定番です。
カフェ・グルマンではコーヒーとデザートを同じ皿で出すのが一般的ですが、ここでは別々にサーヴィスされました。あくまでも、レストランのデザートとしてのカフェ・グルマン、という感じがしますね。このように、プレゼンテーションの仕方もお店によって様々なので、興味深いと思います。
―カフェ・グルマンのこれから―
ところで、カフェ・グルマンは家庭でも楽しめるものです。タイトルにカフェ・グルマンを冠した本が、私の手元に何冊かあります。どれも、2007年から2011年にかけて出版されたもので、まさに流行していた時期のもの、ということになります。
<左>カフェ・グルマンのレシピ本の数々
<右>中には、ミニ・ラムカンやミニ・ココットとパックになっている本も
どれもがレシピ本で、マニュアル的に基本的な小菓子を主に取り上げている本もあれば、盛り付けにこだわり、カフェ・グルマンならではの小菓子のレシピが美しい写真と共に掲載されている本など、様々です。中には、家庭ですぐにカフェ・グルマンが出来るようにと、小さな型がセットになった本も発売されています。
<左>パンナ・コッタ、クレーム・ブリュレ、ティラミスの様々なヴァリエーションを作れます
<右>こちらはパンナ・コッタやクレーム・ブリュレの他に、ミニ・ケーキやスプーン型のフィナンシエやショコラも作れます
そして、最近ではカフェ・グルマンの浸透を受けて、コンクールまで開催されているようです。コーヒー大手のネスプレッソ Nespressoが主催する『グラン・コンクール・カフェ・グルマン Grand Concours Café Gourmand』という大会が2012年から開催されていて、2013年5月時点で第2回大会の申し込みを受け付け中でした。プロ・見習い・アマチュアの3部門に分かれて、オリジナルのカフェ・グルマンを競います。コーヒーに関しても、独自に考えださなければなりません(注6)。コーヒー豆にこだわったり、スパイスを加えてみたりと、アイディアは様々でしょう。レシピ本を見ていても、アイリッシュ・コーヒーやカプチーノだったり、時にはコーヒーではなくてココアだったりと、飲み物の方のヴァリエーションも色々とあるようです。
時間・カロリー・お金を控えるために生まれたとも言える庶民的なデザートが、高度なレベルで競い合うコンクールにまでなりました。まさに、フランスの食文化の懐の深さ、奥深さを示している事例ではないかと、私は思います。
とはいえ、難しいことは抜きにしても、ちょっとずつ、いくつかのデザートを楽しめるカフェ・グルマンは、日本人の心をくすぐるデザートではないでしょうか? コーヒーが苦手な方には、紅茶にしてテ・グルマン Thé Gourmandにもできますので。皆さんも、お気に入りのカフェ・グルマンを探してみませんか?
※1ユーロ=約130円(2013年5月現在)
取材協力店
Le Chaudron
住所:6 rue du Port 01600 TREVOUX
TEL:+33 (0)4.74.00.43.52
La Criée(ECULLY店)
住所:1 chemin Jean-Marie Vianney 69130 ECULLY
TEL:+33 (0)4.72.86.80.80
FAX:+33 (0)4.72.86.80.81
Hippopotamus(République店)
住所:50 rue de la République 69002 LYON
TEL:+33 (0)4.78.38.42.42
La Tassée
住所:20 rue de la Charité 69002 LYON
TEL:+33 (0)4.72.77.79.00
FAX:+33 (0)4.72.40.05.91
(注1)日本語でもよく耳にする"グルメ gourmet"はいわゆる"食通、美食家"を意味します。"グルマン"は形容詞では"食いしん坊の"ですが、名詞では"食いしん坊、美食家"を表します。これらを洗練の程度によってランク付けすると、"グルマン=美食家で大喰いの"、次に来るのが"グルメ=うまいものとそれに合うワイン選択ができる食通"であり、最高位にあるのが"ガストロノーム gastronome=料理ができ、料理やワインについてあらゆる面から語ることができる食通"です(ランク付けは伊東真澄『フランス料理仏和辞典』イトー三洋株式会社、1987年(初版)2002年、より。語の定義は、日仏料理協会編『仏和・和仏料理フランス語辞典』、白水社、2008年、より)。ちなみに、"食道楽、(複数形で)甘いもの"を表す"グルマンディーズgourmandise"という語は、グルマンから派生しました(伊吹武彦他編『仏和大辞典』、白水社、1981年)。
(注2)M.V, "Le « café gourmand » en vogue(流行の「カフェ・グルマン」)", Le Figaro.fr, 2009年6月
http://www.lefigaro.fr/conso/2009/05/28/05007-20090528ARTFIG00629-le-cafe-gourmand-en-vogue-.php
(注3)阿部律子、「フランス人と食文化」、『長崎県立大学経済学部論集』、2006年12月
http://hdl.handle.net/10561/575
(注4)阿部律子、「フランス人と肥満 ―ObEpi-Roche2009 肥満に関するアンケート調査結果を中心に―」、『長崎県立大学経済学部論集』、2010年3月
http://hdl.handle.net/10561/735
*上記2つの論文は、長崎県立大学学術リポジトリ(http://reposit.sun.ac.jp/)に収録されていて、自由に閲覧・参照することができます。
(注5)Florence Taillefer, "Le café gourmand déborde de créativité(創造性に満ち溢れるカフェ・グルマン)", Le Monde du Surgelé.fr, 2012年5月
http://www.lemondedusurgele.fr/Archives-article/Fiche/1041/Le-cafe-gourmand%250D%250Adeborde-de-creativite
(注6)Grand Concours Café Gourmand par Nespresso
http://www.nespresso.com/cafegourmand/
審査委員長は、M.O.F.でボキューズ・ドール・アカデミーの会長でもあるミシェル・ロット Michel ROTH氏と、M.O.F.でフランス大統領官邸料理長のギョーム・ゴメス Guillaume GOMEZ氏で、審査委員もM.O.F.の方などのそうそうたる顔ぶれです。ちなみに、前回のプロ部門の優勝者はパリのオテル・ル・ブリストル Hôtel le Bristolで製菓部門シェフを務める方でした。