【半歩プロの西洋料理】クスクスのはなし
ご存知の方も多いと思いますが、クスクスとは、硬質小麦を細かい粒状にした、パスタに似た食品。フランスではこの粒状の食品は、「クスクス」のほか「クスクススムール」や「スムール」と呼ばれ、広く親しまれています
クスクススムール
このスムールを、ゴロゴロとしたたっぷりの野菜と、煮込んで柔らかくなった肉や魚介類、食欲をそそるスパイシーなスープに浸して食べる料理のことも「クスクス」といいます。
私は職員になる前に勤めていたビストロ(注1)で、初めてクスクスと出会いました。
お客様用のメニューとは別に、スタッフの食事である「まかない」として作ることもありました。その日に余った野菜や、仕込んでおいて余った肉料理なども鍋に入れて、一緒にコトコト煮込んでいた記憶があります。
まかないで食べるクスクスは、毎日食べても飽きないような、不思議な魅力がある料理でした。
まかないのクスクス(勤務中に撮影したもので、あまり画像が良くありませんが...)
お店で働いていた2007~8年頃は、今よりも日本でのクスクスの知名度が低くなじみがなかったせいか、クスクスをお持ちしてもスープだけを召し上がり、スムールの部分は全部残していかれるお客様もいらっしゃいました。
最近では日本でも、タジンなどのモロッコ料理のブームの影響か、クスクス専門店やカフェのメニューでもクスクスを見かけるようになり、認知度も上がってきたように感じます。
ビストロで出しているなんて、フランス料理なの?アラブ料理では?と思った方もいると思いますが、じつは、意外にもフランス人に馴染み深い料理なのです。
もともと、フランスでのクスクスの普及には北アフリカ沿岸部のアルジェリアやモロッコ、保護領チュニジアといったフランス植民地の人々が、フランスに移民として大勢やってきたという歴史的背景があります。
彼らは、移り住んだフランスでもクスクスをはじめとする故郷の料理を作りました。
やがてこれらのスパイスの効いた北アフリカ料理は、移民達自身のみならずフランス人にも受け入れられ、フランスの食文化に浸透していきました。
フランスの小麦産業組合(SIFPAF)の算定によると、フランスでは、第2位のイタリアに18倍もの差をつけて年間約6万6000トンのスムールが消費されているそうで(注2)、フランスは欧州の中で最も多くクスクスを食べる国といえます。
クスクスを専門に出す北アフリカ料理専門店だけでなく、フランス料理のビストロでも、カフェや学生食堂でもよく出てくる定番食です。スーパーに行けばクスクスの缶詰や冷凍食までも売られており、一般家庭でもよく食べることがうかがえます。また、街にはクスクスのテイクアウト専門店やデリバリーサービスまであります。
一般的にスーパーなどで手に入るものは、乾燥したスムールですが、戻し方にも色々な方法があります。
分量の熱湯にスムールを浸して戻した後に、蒸し器で蒸します。
スムールを蒸す際には、写真のような下段が深めになっている、「クスクスィエール」という鍋を使います。
クスクスィエール
下段でスープを煮て、その蒸気で上段のスムールを蒸すしくみになっています。これには、原産地である北アフリカの砂漠地帯の気候風土が関係しています。水がとても貴重なので、水を無駄にしないよう、このような作りになっているのです。この鍋で蒸したスムールは、スープの風味を吸収して、よりおいしくなります。
ちなみに、前に働いていたお店では、カップにスムールを入れて熱湯を注ぎラップをして戻したものをそのまま提供していましたし、そうして戻した後にほぐして電子レンジにかけるお店もあります。それはそれでおいしくなりますが、蒸したほうがふっくらとしていて、よりおいしくなるようです。
蒸した後には粒同士がくっつかないよう油脂と混ぜるのですが、バターかオリーブ油かでも、味わいが違ってきます。バターだとコクがプラスされ、オリーブ油だと、さっぱりと仕上がります。
クスクスの味わいを決める具沢山のスープの部分は、使う主材料(羊肉、鶏肉、牛肉、魚介など)によっても出るだしが違うので、味わいがまったく違ってきます。また、玉ねぎは炒めるほどに甘くなり、料理全体の甘みも変わってきますから、好みによって炒め具合を調節すると良いでしょう。
何でも一つの鍋に入れ、煮込んで一つの味にしていく点は、まるでカレーライスみたいですね。カレーライスと同じように、クスクスも、前日に作って翌日食べたほうが、味がまとまってとてもおいしいです。
スパイシーな風味も特徴のひとつですが、風味付けに加えるスパイスの配合は、店によってさまざまに違います。クミン、パプリカ、コリアンダー、サフラン、ターメリック、シナモンなどがクスクスにはよく使われるそうです。
「ラス・エル・ハヌート」(注3)という名の、ミックススパイスもあります。
クスクスの他北アフリカのタジン料理やスープに、フランス料理でもソースに加えたりして用います。少し料理に加えるだけで、スパイシーなコクのある味に変身するので、便利です。
ラス・エル・ハヌート。5つの基本スパイス(こしょう、サフラン、クミン、シナモン、スイートペッパー)だけのシンプルなものから30種以上のスパイスが使われているものまで、様々な配合があるようです。
また、クスクスを食べる際には必ずと言ってよいほど「アリサ」というペースト状の混合香辛料が添えられており、これで辛さや風味を調節します。 自家製で提供している店もありますが、これはカイエンヌペッパー、にんにく、コリアンダー、クミン、パプリカ、オリーブオイルなどを配合して作ります。
アリサ
クスクス料理には非常に豊かなバリエーションがあり、魚介のクスクスや鶏肉のクスクス、さらには甘い味のクスクスまで、さまざまな種類のものがあります。
フランス人にも人気の「タブーレ」という、スムールを使ったサラダもあります。これは、もともとはクスクスに似た"ブルグール"と呼ばれるデュラム小麦の粒を使った料理ですが、フランスではクスクスのスムールを使ったタブーレも作られます。さっぱりとした風味で暑い夏などにはぴったりです。 フランスでスムールを購入する半数以上の人がこのタブーレを作っていて、学生食堂でも頻繁に登場するそうです。
今回は、私のビストロ勤務時代の思い出の味でもある、トマトベースの「羊と野菜のクスクス」と、簡単に出来る「タブーレ」の標準的なレシピをご紹介します。
一度食べてみれば味わい深く、忘れられない風味のクスクス料理、ぜひお試しください。
※クスクスに関しては、こちらもご参照ください。
※本文では料理としてのクスクスと区別するため表記を「スムール」としましたが、日本では「クスクス粉」「クスクス粒」という呼称でも流通しています。
注1:家庭的な料理を提供する、気軽に入れるフランス料理店
注2:1999年度調べ
注3:アラビア語で「店の1番」「店の頭」を意味し、そのスパイス屋さんの看板商品のミックススパイスという意味です。日本では、インターネット販売などで入手できます。
参考文献:
『クスクスの謎 人と人をつなげる粒パスタの魅力』にむらじゅんこ著(平凡社新書)
『パリで出会ったエスニック料理』にむらじゅんこ著 浅野光代写真(木楽舎)
『クスクスとモロッコの料理 路地裏のモロッコ「ダール・ロワゾー」のモロカンレシピ』石崎まみ著(毎日コミュニケーションズ)
『モロッコの食卓 伝統料理からモダンモロカンまで』エットハミ ムライ アメド・寺田なほ著(パルコ出版)
『クスクスっておいしい!パリ&モロッコの旅と、とっておきのレシピ』口尾麻美著(グラフィック社)
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