【半歩プロの西洋料理】春を告げる魚
春告魚とは文字通り春の訪れを感じさせる魚で、かつては3~5月に産卵のために北海道の西岸に押し寄せる鰊(ニシン)の異名であった。
フランスにいるころにはスーパーでアラン(ニシン)の酢漬けを買ってきて酒のつまみにしたり、手軽な前菜として外食の際に出会ったりすることも多かったが、日本では塩干物がほとんどで固くしまっていたり、妙に脂っぽかったりしたものばかりで、あのおいしさに出会うことは少ない。
近年鰊の漁獲量が減少して春から初夏にかけて旬を迎えるメバルを春告魚と呼ぶようになってきたともいわれている。そのほかにも3月に渓流釣りで解禁を迎える山女魚(ヤマメ)やアマゴをそう呼ぶ場合もあるし、文字通り魚偏に春と書くところから鰆(サワラ)をそう呼ぶ地域もあるそうだ。瀬戸内から阪神間にかけての一部では玉筋魚(イカナゴ)をそう呼び、この時期に大量の釘煮が作られることでも知られており、地域や魚と接する立場によって春を告げる魚というものは違うようである。
昨今の春告げ魚はいったい何かと、スーパーの鮮魚コーナーを日々覘いてみると近海物は年中見かける鯵(アジ)、鯖(サバ)を除くと鰆、メバル、鯛、連子鯛、舌平目あたりが幅を利かせており、ときおり針魚(サヨリ)、帆立、栄螺(サザエ)、新物のホタルイカが顔をのぞかせるといった様子で色とりどりである。
年中見かける浅蜊(アサリ)もこの時期から初夏にかけてが旬で、大ぶりなものが並んでいたり、価格的に少しお手ごろ感が出てきたりするようで、蜆(シジミ)や牡蠣といった冬の貝を押しのけてわが物顔をしている感がある。ようやく朝の肌寒さも遠のいたこのごろになると、私がよくゆく業務スーパーでは、生の鰊やはしりの鰹が並ぶことも見られるようになってきて本格的な春の訪れを感じさせてくれる。
「ジャコ」好きの私としては「新物」というラベルの貼られた新子や釜揚げの桜海老が並ぶ時期が待ち遠しいもので、3月の中旬ごろから月末にかけて店頭に並び始めると「春になった」という気持ちになる。さしずめ私の春告げ魚は新子なのかもしれない。
私の春告げ魚
① 新子
言わずと知れたイカナゴの釜揚げ。この時期になると毎朝、アツアツのご飯に刻ん
だ青じそと新子を載せて、オリーブ油をまわしかけ、ほんの少しのしょうゆやポン酢など
をかけて食べるのが楽しみである。
② 釜揚げ桜海老
本当の桜海老には中々出会えないが、一昔前には「サクラエビ」と表示されていた
釜揚げの「エビ」がある。この季節には、そのまま酢やしょうゆで食べたり、パス
タにしたりと食卓にのぼることも多い。
③ ホタルイカ
我が家では、剣(軟骨)、嘴(くちばし)、目のすべてをとって食卓に出すので、最近は
「めんどくさい」と、いわれて中々食卓にのぼらない。口の中から剣や嘴を出したり、
口の中で目がつぶれた感触を思い出したりすると、やはりひと手間かけて食卓にのぼ
らせるていねいな仕事が大切だと感じる。手間がかかるので目はともかく嘴や剣をと
ることがない店少なくない。外食の際には他の料理を頼んで、仕事の加減を見てから
でないと注文しないようにしている。
と・・・、なぜか浜や港でゆで上げたものばかりである。
で、無理やり・・・。
④ 舌平目
旬は産卵期の6~7月と言われているが、産卵に臨むために体が大きくなり、身に厚
みが増すこの時期は魚に活力があるのかとてもおいしく感じる・・・(個人の感想で、な
んら裏付けはない)。個人的には小ぶりのものをバターだけでじっくりと時間をかけて
ムニエルにし、フライパンに残ったきれいに焦げたバターにレモン汁を加えてソースに
して、縁側の骨ごとバリバリ食べるのが好きなので秋から冬にかけての20センチ未
満のものが一番であるのだが、身に関してはこの時期が最もおいしく感じる。
⑤ メバル
なぜか我が家では煮付けになることはなく、水煮と呼んでいるアクアパッツァもどきの
料理一筋である。表面を香ばしく焼いてからふんわりと水と薬味類だけで火を通した
あっさりとした味わいが、我が家の年寄りには好評である。
春は野菜がおいしくなる季節というイメージが強いのだが、この季節の魚もまたおいしいものがいっぱいである。休みの日にスーパーの鮮魚売り場をのぞいて「春が来たな」と感じることができるのは、生活の中の小さな楽しみの一つでもある。