【半歩プロの西洋料理】わが「流行(はやり)」考
料理の世界には「流行」というものがあり、この流行がプロの料理人の世界や一般家庭の区別なく行き渡り定着するとその国や一定の地域の食文化を少しずつ変えてゆくことが少なくないように思う。
特にここ数年は、これまで日本であまり知られていなかった食材や調理器具がTVの情報番組や雑誌の特集に登場する機会が増えてきた。曰く「熟成肉」「ベジストック」「塩レモン」「タジン」と枚挙にいとまがない。
現地からの移住者の多いフランスから送ってもらったタジン
授業では盛り付けだけに使用している
数年前に「タジン」と呼ばれる鍋が流行った時には、最初は個人が旅行先から持ち帰った素朴な現地のものが結構いい値段で取引され、さも何でもおいしくなる万能調理器具のように持てはやされた。個人輸入や輸入雑貨屋から始まった料理マニア間の流行は高級鍋メーカーの作ったホーロー製や鉄製、陶製のものが出回り始めると外食産業や家庭へと広まり始め、1~2年のうちに日本製のものが登場したり、ホームセンターに安価な製品が並んだりするに至ると多くの家のキッチンにタジン鍋が進出した。我が家でも大・中・小の3つにオーブン用のシリコン製のものを含めて5~6種類のタジンを駆使して様々な料理を展開している。
あさりとブロッコリのサフラン風味
途中まで食べたら、戻したクスクスを煮汁に投入
ショルダーベーコンのシュークルート
残ればトマトとビーツ(缶詰)を煮汁ごと投入して翌日のスープに変身・・・
はちのすとひよこ豆のトマト煮
途中でゆでたパスタとチーズを投入して余さずいただきます
タジンを使った家庭料理のレシピ本やタジンを生んだ北アフリカの専門的な料理本まで出版されるに及んで、タジンから始まった流行はレシピブログの流行の波にも乗って、周辺の食材であるクスクス(世界最小と言われる極小パスタ)、ハリッサ(とうがらしペーストの一種)、ブリック(極薄のクレープ生地)、タヒニ(ごまペーストの一種)、シトロン・コンフィ(レモンの塩水漬け)などを私たち日本人の食卓に登場させるきっかけになったようにも思う。
クスクス ハリッサ
ブリック タヒニ
近年の外食産業の次なるビジネスチャンスと言われている「ハラール(イスラム食)」への業界の関心とも相まって、これまで異国の料理として食べに行くこともなかった北アフリカや中東の料理店を探して訪れる人々も増えてきていると漏れ聞く。
今から30年以上前、西洋料理と言えばフランス料理しか頭に浮かばない時代、一般の消費者にはイタリア料理=スパゲティ程度の認識しかなかった時代に「ティラミス」という菓子が流行し、それがきっかけの一つになって多くの人々にイタリア料理への関心が生まれてイタリア料理の流行⇒定着へと進んだ。昨今のアラブ料理への関心は、その時代を思い起こさせるものでもある。
これまでにも同じようなことが何度か起こって日本の外食産業や家庭料理の中に多くの国の料理が定着してきた。海外に行くと「ラーメン」「カレーライス」「とんかつ」「焼肉」「ステーキ(鉄板焼き)」などは日本での歴史自体は数十年あるいは百年あまりであるにも関わらず、「日本の食べ物」として認知されているし、日本料理の代名詞「寿司」「てんぷら」「すき焼き」も日本の食と外来の料理の融合したものであるとすると・・・、食の「流行」というものは熱が冷めてみると思い出以外は何も残さない一時的なブームと、その国や地域の生活や食文化にまで爪跡を残す大きなうねりとなるムーブメントの二種類があるのだと考えてみることもできるかもしれない。はてさて、ここ数年流行ってついにはスーパーやコンビニにまで新しい調味料として並び始めた塩レモンはいったいどちらなのだろうか?
シトロン・コンフィ
原材料はレモンと塩だけ・・・、でも賞味期限は3~4年先
市販の塩レモン
色々入っていてそれなりにおいしいが、賞味期限は半年もない