www.tsuji.ac.jp 辻調グループ校 学校案内サイト www.tsujicho.com 辻調グループ校 総合サイト blog.tsuji.ac.jp/column/ 辻調グループ校 「食」のコラム








鮭のスフレは、マルクのお父さんポールの創作した絶品である。古典的なフランス料理ならではの味と敬服せざるをえない。この料理の作り方を見せてほしいばかりに、私たちはマルクにはるばるアルザスから来てもらったとも言える。鮭のエスキャロップの上にスフレの生地を塗って焼き上げるのは、なかなか力量のいることで、よほどしっかりとしたスフレ生地でないと、すぐしぼんでしまう。(中略)彼の店では焼き上がりのふんわりとふくれた状態で、すばやくサービスされている。


(『定本 現代フランス料理技法全6巻』vol.2魚料理より辻静雄筆 )










オーベルジュ・ド・リルを
有名にした料理


鮭のスフレがのった大皿を持つポール



1976年、レストラン「ポール・ボキューズ」で一緒に研修生として仕事をした仲間にマルク・エーベルランがいました。その後マルクはアルザスに帰って、父ポールからまかされて、オーベルジュ・ド・リルの調理場を切り盛りしています。一緒に研修した縁で、前校長(辻静雄)にお願いし、マルクを本校(辻調理師専門学校)の特別講師として招聘していただきました。日本に滞在中の2週間、授業では彼の横について料理の手順などを解説して、その後は毎夜食事を一緒し、また週末には箱根に小旅行をしました。そんなことから、今度は私がオーベルジュ・ド・リルに研修に行き、この鮭のスフレはじめ、ポールとマルクの料理を学ぶ機会ができたのです。







アルザスの風土を支えにしたゆるぎのない味



理は、新しい流行にゆるがされない、この店独自の味が完全に確立されているという印象が強かった。これが限度というぎりぎりの線まできかせた塩味や、濃厚な味のものが多いのが特色と言えよう。焼き汁などを利用して手早く仕上げるソースがふえている昨今にあって、フランス料理の基本というか、種々の素材の味をとことんまで引き出して一つにまとめる、丹念なソース作りが守られていて、あらかじめ仕込み、湯煎にかけて保温しておくソースの種類が多いのが目立った。

また、アペリティフのおつまみとして出されるプレスコップフ(豚の頭肉のゼリー寄せ)、キッシュ、キャベツと鴨のソーセージ、うなぎの燻製などを見ると、アルザスの郷土料理を愛していることがうかがわれる。メニューにはないが、シュークルートマトロートなども注文があれば用意される。キルシュ、ポワール・ウィリアムクウェッチと30種近くもの果物のブランデーをそろえているのもアルザスならではのこと。チーズはマンステール、ワインもリースリング、トラミネール、トケ・ダルザスといったアルザス・ワインが楽しめる。


(『定本 現代フランス料理技法全6巻』vol.2魚料理より肥田順筆)






ポール&ジャン=ピエール・エーベルラン
『エーベルラン兄弟のアルザス料理』
柴田書店 1983年

オーベルジュ・ド・リルで提供している料理を中心に、ポールのレシピをまとめた著作。アルザス地方独特の料理が多くとり入れられている。

彼<ポール・エーベルラン>がとりわけ好むのは、土地の産物を使った料理である。それで猟鳥を喜んで料理するし、また魚も彼を熱中させる。ただし、魚は現在、この地方の河が汚染されてからというもの、輸入せざるをえなくなっているのだが。
ポールはヌーヴェル・キュイジーヌには無関心であるといってよい。
「私の就いた料理長ヴェベール氏は、自らの手書きの料理の作り方の本をくれました。それには彼がロシアで作っていた料理が多かった。例えば「キャサリン大帝のサラダ」Salade Catherine de Grande(フォワ・グラとさやいんげんのサラダ)というのがありますが、これが現在まるであたらしい着想であるかのように話されているのです」。ポールの主張によると、現代人は昔のようにたくさん食べられないので、シェフたちはただ昔の料理を簡素化しようとしているのにすぎない、ということである。「ただし、おいしいソースが欲しければ、クリームとバターを使わなくてはならないのですよ」。食事はだいぶ軽くなってはいるが、伝統的な基本には変わりがないのである。



(クエンチン・クルー著『フランスの大料理長たち』

三洋出版貿易株式会社1983年)







ポールからマルクへ、受け継がれるクラシック



もしい二代目マルクは着々と歩んでいる

数多い地方の3つ星レストランの中にあって、すでに老舗としての風格を感じさせるこの店には、頼もしい跡継ぎがいる。ポールの息子のマルクである。


エーベルラン親子
朝は他の料理人の出てくる8時までに市場に出かけ、店に帰るとすぐ父親の意見を求めながら、仕入れた材料でその日の特別メニューを考える。それから、肉、魚、オードヴルなどを担当する各セクションに指示を与える。父とともに、でき上がったソースなどの味を確認するのも彼の大事な仕事だ。ポール・ボキューズラセールなどでみがいてきた料理の腕は父親に勝るとも劣らない。父親の作り上げた伝統的な料理と並んで、彼独自の料理もメニューにとり入れている。得意は、フォワ・グラ、キャベツ、かえる、うなぎなどのアルザスの材料を生かしたもの。

ア・ラ・ヴァプール(高圧の蒸気を送って材料に火を通す方法。500gのオマールの場合、約1分で火が通る)や、スー・ヴィッド(真空包装にして保存および調理する方法。鶏、魚、野菜などを一度に大量に下処理し、真空包装にして火を通すと形がくずれず、味も逃げない)用の機器を取り入れ、調理時間の短縮や合理化も図っている。

(『定本 現代フランス料理技法全6巻』vol.2魚料理より肥田順筆)









小さな村で―― チームワークのよさは抜群



ローゼルンから
一番近い町、リボーヴィレまでは10km位あります。昼の休憩時間にちょっとした買い物や、用事をするために出かけたくても、路線バスなんかはこの村を通過しません。どうすればよいかとマルクに尋ねると、通りかかった車に乗せてもらうんだ、ほとんどが村の人で、あっちの方に向かっている車は必ずリボーヴィレに行くから大丈夫と、返事が返ってきて、何というところに来たのだろうと笑いが込み上げてきました。また車が通らない時は、お前が運転できるなら店のジープを自由に使ってよいからといってくれました。ジープもいつもキーは着けっぱなし、不用心だねと言うと、盗まれてもこのジープは皆が知っているから別の奴が乗っていればすぐ捕まるよ、と何とものどかなものです。本当に皆が家族と言った村でした。

私がそれまで仕事をした他のレストランでは、家族用の別メニューを食べるところがほとんどでした。しかし、エーベルラン家の人たちは部屋は別ですが、従業員と同じものを食べます。レストランの裏の離れの2階にはたいへん広い従業員用食堂がありましたが、料理人とサービスの人を合わせても20人くらいなのに、他にもいろんな人がいるのです。料理人の仲間にあの人たちは誰と聞いてみると、庭の手入れや店の掃除、リネン類の洗濯をする人たちで、みんなイローゼルン村の人を使っているというのでした。だからレストランの雰囲気が家庭的で、村の人皆がこのレストランを誇りにしているのです。


肉をさばいたり、ソーセージやスモークサーモンなどを作る係りから、洗濯係、庭師まですべて自給自足なのもここの特徴。総勢40人のうち半数以上が地元の人という従業員のチーム・ワークのよさは抜群である。定休日の火曜日にはテニスのトーナメントやピクニックにでかけたり、ポールが大のサッカー・ファンということもあって、サッカー・チームを作り、ドイツのタントリス(ミュンヘンにある3つ星レストラン)やボキューズのチーム、近くの村のチームと友好試合を楽しむこともある。

自分が子どものころから働いている人や幼なじみといったスタッフに囲まれ、父と叔父(ジャン=ピエール)に見守られて、マルクがこの店をどのように発展させていくか、これからがとても楽しみである。


(『定本 現代フランス料理技法全6巻』vol.2魚料理より肥田順筆)





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厨房


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