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連載コラム 和のおいしいことば玉手箱
日本には、昔から言い伝えられてきた「おばあちゃんの知恵袋」のような、食に関する言葉がたくさんあります。これらの言葉は、科学的にもきちんとした根拠があり、道理にかなっているということがほとんどです。ここでは、これらの食に関すること わざや格言などからおいしさを再発見してみます。
青菜に塩
青菜に塩 青菜に塩
解説

「青菜に塩」
 新鮮な青菜は、葉や茎にじゅうぶんな水分が行き届いてピンとしているが、塩をふりかけると青菜から水分が出てきてしんなりしてしまうことから、今まで元気だった人が、急に元気を失ってしょんぼりしてしまう様子をたとえたことわざである。
 塩は日本料理に欠かすことのできない調味料で、ただ塩味をつけるためだけではなく、おいしい料理を作るために数々の大切な働きをしてくれる。今回ご紹介する「ほうれん草ごま和え」でも、ほうれん草を色よく、やわらかくゆで上げるために、塩は欠かせない。
 まず、ほうれん草を色よくゆでるためには、ゆでる湯に塩を1.5%ほど加えるとよい。ほうれん草の緑色はクロロフィルという色素によるもので、長時間の加熱に弱く、ゆで過ぎると褐色の物質に変化してしまい、それによってほうれん草の緑色はあせてしまう。そこで塩を加えておくと、クロロフィルが安定し、退色しにくくなるのである。このとき塩の濃度は1.5%以上でないと、クロロフィルの安定化には効果が得られない。また、長時間の加熱に弱いので、ゆでたらすぐに冷やすことも大切である。
 そして2つめに、野菜をゆでるときに塩を加えると、やわらかくゆでられるという効果もある。野菜の細胞同士は、ペクチン質という接着剤のようなものでくっついていて、熱湯でゆでると、そのペクチン質に野菜に含まれるカルシウムイオンがくっついてゆで上がる。しかし、熱湯に塩を加えてゆでると、塩に含まれるナトリウムイオンがカルシウムイオンが占める場所を一部横取りしてしまう。ペクチンとの結合力は、カルシウムイオンよりナトリウムイオンのほうが弱いので、塩を加えるとやわらかくゆで上がるのである。
 また、「青菜に塩」に出てくる、野菜に塩をふりかけると中から水分が出てきてしんなりするという現象は、浸透圧の作用である。これによって、野菜の食感は大きく変わる。野菜に塩をふりかけてしんなりさせるのは、漬け物作りにも見られる作業だが、わかりやすい例でいえば、酢の物にする際のきゅうりの塩もみであろう。きゅうりの薄切りはそのまま食べるとサクサクした歯ざわりであるが、同じきゅうりの薄切りに塩をふってしばらくおいたものはパリパリになり、食べ比べてみるとかなり違う。これは、塩の作用できゅうりの余分な水分が抜けて歯ざわりがよくなったためで、酢の物にするならばこの後に、二杯酢や三杯酢につけて野菜に調味料の味をしみ込ませる。塩をふっていない野菜は表面だけにしか味がつかず、水っぽい酢の物になってしまう。
 このように塩をふって食材から水分を出す方法をとるのは、野菜だけではない。身のやわらかい魚や、生臭みが気になる背の青い魚の場合は、塩をふって水分を抜くことにより身が締まったり、水分と一緒に生臭い成分が除かれる効果もある。
 さらに、野菜も魚も、水分が抜けることで素材の持ち味が凝縮されるという点も見逃せない。

 また、日本では、塩はさまざまな伝統行事に使われ、塩に関して多くの逸話がある。
 現在のマンションなどでは見かけなくなったが、昔はどの家にも神棚があり、神棚には神社の神殿と同じようにお神酒、米とともに塩がそなえられる。塩は供物として欠かせない。その塩には「お清め」「お祓い」の力があると考えられたためで、お葬式などの不祝儀から帰った人を家に迎え入れるときにも、塩をふって「お清め」をする習慣もある。遺体の保存技術が進んでいなかった頃は、遺体の腐敗が進む様子を穢れ(けがれ)としたが、現在では亡くなった方が穢れているというのではなく、人が亡くなることによって生じる悲しさや寂しさを穢れとし(気枯れとも書く)、悲しさや寂しさで気(エネルギー)がなくなる状態を清めて、気が入るようにする意味がある。
 清めの塩といえば、インドのガンジス川で沐浴(もくよく)する人々を、テレビや本などで目にしたことがあると思う。インドでは川だが、四方を海に囲まれた日本では、海につかって「お清め」していたと思われる。海辺の神社では祭礼の際に、お神輿を海に浸す行事があったり、『古事記』には、身の穢れを清める「みそぎ」のために、海に体を沈めたという話が記されている。このような海につかっての「お清め」は、海から離れた山間部などではできない。そのため、海につかる代わりに、海水に含まれる塩が使われるようになったようである。
 そのほか、相撲の仕切りの前に力士が塩をまくのは、土俵自体が神聖な場所で、勝負の前に「お清め」するためである。土俵にまかれた塩は、殺菌・消毒の効果があり、土俵で転んで傷ついても化膿しないし、治りも早い。さらに塩には、土俵の土をほどよく締めかためる効果もあるようだ。

 料理店の店先に「盛り塩」がされているのは、中国の故事にならったものである。
 昔、何人もの奥さんを持つ皇帝が、毎晩牛車で彼女たちのところを訪ねていた。皇帝自身は公平に訪ねられるように順番に各家をまわるが、いつしかその順番もわからなくなってしまって、牛車の牛の行くがままにまかせたところ、毎晩同じ家の前ばかりで止まるようになった。不思議に思って調べたところ、その家の前にはいつも塩がこんもりと盛られていた。草食動物の牛は塩を好み、毎晩その塩を目当てに皇帝を引っ張っていたのである。その故事から、客を引き込む縁起物として、今も「盛り塩」がされている。

 『忠臣蔵』の物語の中でも、塩にまつわる話がある。播州赤穂(現在の兵庫県)の城主である浅野内匠頭が、江戸城中松の廊下で吉良上野介に斬りかかった。その争いの原因は、内匠頭が将軍から天皇の使者の接待を命じられた際に、接待を指南する上司の上野介に付け届けを贈らなかったために、きちんとした指南を受けられずにいじめられたためとされている。しかし、もっと複雑な背景があったようである。当時の赤穂は日本でも屈指の塩の生産地で、最高の塩を作っていたが、上野介の領地の吉良(現在の愛知県吉良町)饗庭(あえば)でも細々と塩を作っていた。こと塩に関しては、上下のパワーバランスが崩れ、上野介が内匠頭に製塩技術を教えて欲しいと頼んだようである。しかし、それを内匠頭が断ったことから両者の関係が壊れたという一説も、歴史家の間では根強い。塩にまつわるいろいろな人間模様があったということからも、当時はいかに塩が重要なものであったかということがうかがえる。
 ほかには「敵に塩を贈る」の故事になった上杉謙信と武田信玄の話も、生死を分かつ戦時下でに塩がいかに貴重なものだったかを物語っている。


このコラムのレシピ

コラム担当

レシピ ほうれん草ごま和え

タイ語の話せる日カレのおとうちゃん
人物 小谷 良孝
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