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「『古典』と『和菓子』だって?もう、いや!」と逃げ出さないでください。想像とおいしさとちょっぴり恋の世界を味わって頂きたいだけですから。百人一首の和歌を読んで私たちなりに解釈し、イメージを膨らませて作ったのがここにご紹介するお菓子です。和菓子の世界には、和歌や物語を元にして想像力を働かせ、作品に表現するという楽しさや遊びがあるのです。このページを通して、日本の良さを見直して頂けたらうれしく思います。 |
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阿波の国へ行く路にへだてる島の間に、鳴戸のうず潮を思い浮かべて村雨生地と白羊羹、小豆羊羹のマーブルでうず潮を現わし、色彩的にも、さびしさを表現してみました。
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78 源 兼昌(みなもとのかねまさ)
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生まれた年もなくなった年もはっきりしませんが、父親は美濃守(みののかみ)源俊輔(みなもとのとしすけ)という人です。前にも解説した通り(「稲葉」のコラムの豆辞典)、源氏なので何代かさかのぼると先祖は天皇家です。1100年代のいくつかの歌合せに出席したという記録は残っていて、平安時代中期の人です。歌人としてはあまり有名ではなかったようです。
さて、歌の方ですが、淡路島と千鳥を組み合わせて和歌に詠むことはよくありますが、そういった例の最初の歌のようです。『源氏物語』の中で光源氏が須磨に流された時に詠んだ歌をベースにしているともいわれます。
歌の意味は、
淡路島と須磨との間を行き来する千鳥の鳴く声を聞いて、幾夜目を覚ましたことであろう、須磨の関守は。
関守(せきもり)とは関所の番人のこと。千鳥は水辺に住む鳥で、日本には約10種あまりがいます。年中見られるもの・夏鳥・冬鳥など種類によって性質もさまざまなようですが、日本の詩歌では、千鳥は一般に冬鳥とされています。
いかにも現地にいて、目の前の風景を実写したような歌ですが、実はこの歌は「題詠(だいえい)」といってある題にもとづいて、想像で歌を作るという作り方をしたものです。今でこそ、京都から須磨まではJRだと新快速や快速を乗り継げば1時間ほどで行けますが、平安時代の貴族の感覚では、須磨という場所は地の果てのようなところでした。だから、在原業平のお兄さんの行平(ゆひきら)や光源氏が「流される」場所になるのです。こんなことを考えながらこの歌を解釈すると、寒い寒い冬の夜、千鳥の鳴き声にいっそう寂しさをかきたてられるような関守の心境が伝わってくるように思えませんか。 |
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