東京都台東区といえば“下町”の代表格。’70年代、一世を風靡した劇画「あしたのジョー」のストーリーが始まる街です。そんな下町の一角に自家焙煎コーヒーの店『カフェ・バッハ』があります。開店から30余年、今や地元の人たちだけではなく、全国からも「この店のコーヒーを飲みたい」と客が訪れる店となっています。普段着のカフェ、日常生活にしっかりと溶け込んだカフェの最良の一例のような店です。店主の田口護氏は開店以来、「本物の自家焙煎コーヒー」の道を探ってきた方ですが、今回田口氏は「野次馬隊」に参加。すべてのコーディネートを奥様にまかされました。6種類のコーヒーがスイーツでどう化けるのか、実に楽しみです。 |
|
|
|
主人公
|
1. コロンビア・スプレモ・ナリーニョ
2. ニューギニアAA
3. マンデリン・リントン
4. タンザニアAAブルカ農園
5. イエメン・モカ・マタリNo.9
6. グァテマラ・ウェウェテナンゴ・ポンデローサ農園 |
|
出会いを演出する人
|
田口文子 |
:『カフェ・バッハ』店主夫人。今回のトータルなコーディネートを担当。自らもパティシエールであると同時にコーヒーへの造詣も深い。 |
山田健一 |
:(国立校・製菓7期生)『カフェ・バッハ』店長。すばらしい風味のコーヒーを点て続けてくれました。 |
丹治聖子 |
:(大阪・製菓16期生)『カフェ・バッハ』副店長。今回、店主夫人とともに素敵なスイーツを製作してくれました。 |
|
|
出会ったスイーツ
|
1. フィナンシエ、イチジク入りレーリュッケン、イチゴのショートケーキ
2. パリブレスト
3. バッハ・ショコラ、ソフィー
4. タルト・オ・スリーズ、タルト・オ・カシス
5. チーズ・ケーキ、イチゴのタルト
6. ピュイ・ダム−ル、ガトー・バスク |
|
「今日は何飲む?」野次馬隊
|
E:辻製パン専門技術カレッジの主任教授。コーヒーの焙煎にも通じ、アルコール飲料が飲めない分コーヒーの風味にはうるさい。今回の参画に関して「勉強のつもりで」とは本人の弁。発言は少ないながらもその一言がなかなか・・・。
|
K:エコール・キュリネール国立の洋菓子教授。九州男児の寡黙さをもった美男子。的確に意見を述べてくれました。
|
T:『カフェ・バッハ』店主。’72年に自家焙煎を始めてから、世界40数カ国のコーヒー生産国、消費国を視察し、徹底的に自らの知識を深めるとともに現在バッハコーヒーグループを主催し、後輩の指導に専念している。あらゆる分野に造詣の深い人物。
|
N:店主の右腕的な存在。『カフェ・バッハ』のすべてを切り盛りしている。
|
S:男性。どちらかというと晩熟型(悪く言えば進化が遅い)。趣味はアイロンがけと靴磨き。このコラムの担当者。大の猫好き。
|
|
|
|
●6種類の中深煎りコーヒーを味わう |
|
(コロンビア)
|
田口夫人:まず、コロンビアです。淹れたコーヒーの色を見てください。こうやって(添えられていたスプーンで色を見る)。
|
S:すごく赤みがかっていますよね。
|
田口夫人:ワインだったらどのあたりの色でしょうか?
S:う〜ん。
T:原材料の質がよければこれぐらいの透明度はあるんですよ。これはほんとうに新鮮なコーヒーの色ですね。
S:いや〜実に透明感があるんですね。
T:悪い状態の豆をすべて取り除くとこういう色になります。
田口夫人:焙煎の過程で芯が残っちゃったりすると濁ることもあるんです。
S:風味のバランスはどのポイントですか?
|
T:一番基本的なものは何かというと酸味と苦味です。特にわかりやすいのは苦味のほうですね。苦味を最初に感じるでしょうね。でも、もし、酸味がなかったらすっこ抜けのシャバシャバのコーヒーになりますね。
S:なるほど。
T:どうしても苦味のほうが強く感じるので、酸味は知覚しにくいんですよ。ところがほんとうに酸味のないコーヒーを飲むと、信じられないぐらいシャバシャバですね。ワサビのない鮨みたいなものですよ。
S:このコロンビアはどうですか?酸味、感じます?
K:僕は酸味よりもやはり苦味を強く・・・感じますね。
|
田口夫人:比べたら確かに苦味のほうが、ね。
|
T:これだけの苦味があれば、酸味を感じることはなかなか難しいですよね。でも、酸味はけっこうあるんです。
|
田口夫人:酸味は尖った苦味を和らげるんです。ですから実際に酸っぱくは感じないけれど、苦味がまろやかになります。
|
S:じゃあ、仮にこのコーヒーに酸味がもっと少ないとすると、苦味がさらに尖ってくるということですね。
|
田口夫人:そうです。もっと激しくなりますね。
|
T:酸味の位置がわかっていないコーヒー屋さんがいるんですよね。まるでスモモのような酸味を出そうとするけれど、飲み物でああいった酸味があるとちょっときついですよ。
|
S:これは中深煎りですよね。これをもう少し浅く煎れば風味のバランスはどうなります?
|
田口夫人:酸味がもっと出てきます。煎り方が浅くなればなるほど酸味は増します。反対にさらに煎りを深くすると酸味はほとんど感じられなくなって、キャラメル化された甘さが強調されますね。
|
T:浅く煎って酸味が増したコーヒーと酸味のあるガトー、たとえば柑橘類を使ったケーキなどが意外と合うんですよ。
|
S:豆の種類に関わらず浅く煎った場合は酸味がたってきますか?
|
T:たってきます。もっと前段階でいうとコーヒーの木が若いと酸味が強いです。古い木になると酸味がない。
|
|
(ニューギニア)
|
T:どうです?同じ焙煎度合いでもコロンビアの苦さとはぜんぜん違うでしょ?色もニューギニアのほうが少し明るいです。
|
田口夫人:コロンビアに比べると風味がもっとタイトって言うか、スキッとしていて、味の要素がコロンビアよりちょっと少ない感じですね。
T:コーヒー豆としての成熟度合いはコロンビアよりいいですよ。豆も大きいですし。
E:少し青くさいですね。
田口夫人:この青くささは焙煎度合いをわずかに深めると取れてしまいます。さらに深く煎りますと苦いコーヒーになります。
S:コロンビアのようには甘さは出てこない?
|
田口夫人:苦味にもトロッとしたものとか、パサパサしたものとかありますね。そういった意味ではパサついた苦味になります。
|
S:ではニューギニアに最適な焙煎度合いは、というと?
|
田口夫人:やはりこの状態よりもほんの少しだけ深めでしょうか。ただ、『カフェ・バッハ』のコーヒーに関して言いますと、ベストな焙煎状態を必ずしも「良し」とは考えていないのです。コーヒーのアイテムが24種類ありますね。そうすると「おいしさ」というところから抽出すると偏ってしまいます。ですからコーヒー豆のもともとの風味を時にはあえて強調したりします。ですからこのニューギニアで言いますとこの風味が売りなんです。
|
S:なるほど。
|
田口夫人:全部同じになってしまったら面白くないでしょ。ですからワインなんかにも個性があるように、それぞれのコーヒーの個性をお客様に味わっていただきたいということです。それで登場するのがスイーツなんです。コーヒーと合わせた時の風味の相乗効果が大切なんです。
|
S:きっとこの「青くささ」も、なんらかのスイーツを一緒に食べれば気にならなくなるということがあるんでしょうね。
田口夫人:その場合のほうが「旨味」みたいなものが出てきますよ。
S:たとえばワインの場合だと、料理の風味との相乗効果で両方のおいしさが増すという場合と、まったく異なる個性がぶつかって新たなおいしさのようなものが生じる場合とがあると思うのですが、コーヒーとケーキの関係も似ていますか?
田口夫人:ええ、それで私たちは相乗効果的な風味の混ざったおいしさと、正反対の風味が強調し合うことによって生まれるおいしさを楽しむんです。どちらを楽しむかは、お客様によって違いますけれど。そのお客様によっておすすめするアイテムは異なります。
T:それが私たちの仕事。それがサービスっていうものですよ。それを見抜けない人はサービスができないですよ。
S:確かに。それはすべてのサービスに言えることですよね。
|
|
(マンデリン)
|
T:これは店で出している焙煎度合いよりは少し浅めです。
S:これ、とてもおいしいです。
E:旨味と甘みがある。
T:非常にまろやかでしょ。焙煎度合いを深くするとこれは消えますから。
S:苦味もさきほどのように尖っていないです。
T:これはね、ケーキ類と合わせるとちょうどいいんですよ。
|
S:今、ペーパーでドリップされていますが、これを布でドリップするとコーヒーは同じ風味になりますか?
田口夫人:変わりますね。変わりますけれどこの風味が出ないってことはないです。布のほうが蒸らしやすいとか、風味にまるみが出るとか言われていますが、そういったことは『カフェ・バッハ』のペーパードリップはクリアできていると思いますね。かえって布を一定の状態にしておくほうが難しいです。
|
|
(タンザニア)
|
S:コーヒーを点てる時の温度はどれぐらいが最適なんですか?
|
T:基本的に古いコーヒーの場合は90℃ぐらいがいいです。かなり新鮮で煎りたてのコーヒーの場合は82℃から83℃でしょう。
|
S:これけっこうワイルドな風味ですね。
|
T:アフリカのコーヒーですね。原点に近いんですよ。
|
E:重い。
|
S:厚みがあるね。
田口夫人:酸味があるようなお菓子と合うでしょうね。飲みごたえがありますでしょ。
S:ええ、風味に体積を感じるとでも言うのでしょうか。
T:私なんかボディーがあるって言うんですよ。
S:口の中に残る香りが先ほどのコーヒーより長いですね。
田口夫人:煎りがもっと深くなるとこの残り香が少なくなってきますね。これぐらいの煎り度が一番いいでしょうね。
|
|
(モカ・マタリ、イエメン産)
|
S:変わった香りですね、モカ・マタリは。この苦味はワインに含まれるような苦味ですね。今までのコーヒーの苦味とは少し違うんですよ。
|
E:チーズくさい。
T:何が原因かわかります?
S:いいえ。
T:発酵するからなんです。
S:あっ、これ発酵臭ですか。
E:いい発酵臭ですね。
S:確かに癖になるような臭いかも知れない。
E:揮発性のものを感じる。模型飛行機のエンジンの臭いっていいますか(笑)、そんな臭いを最初にパッと感じた。
|
〔割った豆の臭いをかいで〕
|
S:この豆の臭いをかぐと発酵臭は明解。汗の臭いというか、ね。なんか部室のロッカーの臭い(笑)。
|
E:体育会系のコーヒー(笑)。でも、甘みのあるコーヒーですよ。
|
田口夫人:モカって甘いコーヒーになりますよね。
|
S:煎りを深めるとどう変わりますか。
|
田口夫人:コクが出てきます。ある程度深く煎ってもおいしいコーヒーです。ただ、今感じているような微妙なところはちょっと薄れていきますね。
|
S:と言うことはこの焙煎状態が一番適していると。
|
田口夫人:いいですね。
|
T:この状態よりも少し手前で止めるともう少し酸味が出て、その状態がまたケーキ類と合うんですよ。
|
田口夫人:生のフルーツ、たとえばパッションフルーツなどを使ったケーキに、ま、苦いコーヒーと合わせる手もあるんですけれど、浅煎りしたモカがまた合うんですよ。良質の酸味とフルーツの酸味はよく合います。
|
|
(グァテマラ)
|
N:これは今流行の単一農園産の豆です。だから品質的な管理はしっかりとできていると思います。
T:この酸味、いいでしょ?
E:最初少し感じますけれど、すっと消えていきますね。
T:これぐらいになりますとケーキに関しても寛容性がありますね。色々なケーキに合います。
K:程よい酸味もありますし、味に厚みがありますね。しっかりした味のスイーツでも負けない感じがしますね。
|
|
これで前編は終了。正直言ってむずかしい。コーヒーの風味の差というのは実に繊細なのですね。
風味の差の要因はもちろん原豆にあるのでしょうが、その個性を引き出すのはどうも焙煎という作業のようです。でもそれはワインでも同じかも知れません。原料のぶどうの個性を引き出すのは、それをワインにするまでの過程なのでしょうから。さて、後編では田口夫人によるスイーツとコーヒーのすばらしいコーディネートを見ていくことにしましょう。 |
|
|
出会いの舞台
カフェ・バッハ
〒111-0021 東京都台東区日本堤1丁目23番9号 Tel:03-3875-2669 Fax:03-3876-7588 E-Mail:cafe@bach-kaffee.co.jp http://www.bach-kaffee.co.jp 営業時間:8:30〜21:00(L.O. 20:40) 定休日:金曜日 |
|
|
|