「悪魔のように黒く、愛のように甘い」とはかのナポレオンの右腕的な外交官タレーランがコーヒーを称して述べた言葉だといわれています。良質の豆を用いて、きちんと焙煎したコーヒーには、確かに特有の甘みを感じました。前編では同じ焙煎レベルの6種類のコーヒーを味わい、それぞれのコーヒーの微妙な風味の違いを感じ取ることができました。後編はいよいよすばらしいスイーツの登場です。スイーツと合わせるとコーヒーの風味がどのように変化するのでしょうか? |
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●スイーツと合わせてみる |
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(コロンビアと合わせる)
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田口夫人:バランスのいいコロンビアの風味にはバター生地のお菓子、たとえばフィナンシエのような、プレーンなものを合わせるとさらに旨味が出て、バランスがよくなると思います。
S:コーヒーだけ飲んだときに感じた「角」のような風味がきれいに取れてしまうようですね。
N:全体的に丸くなりますよね。
K:お菓子の油脂分の関係でしょうか、甘みが変わったような気がします。おっしゃるように丸い感じが出てきます。コクが増しましたね。
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S:コーヒーがおとなしくなりますね。
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N:たとえばこれが紅茶ですと、口の中の油脂分をすべて洗い流してしまうんですね。ま、これは紅茶の短所でも、長所でもありますが、こういった紅茶特有の性質のために紅茶を飲んだ後に何かを口に入れるといがらっぽく感じてしまうんですね。
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S:確かに「渋さ」が残りますね。
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N:ええ。それがコーヒーの場合は焙煎によって渋味要素が消えてしまうんです。ですからお菓子をメインにしている国のコーヒーは浅煎りはせず、深煎りが多いです。
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K:どれが合うかということになるとなかなか難しいですね。ただ、コロンビアの風味が変わることは確かです。
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N:うちの基準ではコロンビアは苦味と酸味のバランスが取れているコーヒーだと位置づけています。それから考えるとあまり風味が突出していないような、どちらかというと生地を味わうようなお菓子が合うかなって考えているんです。
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田口夫人:お互いが邪魔しないで、それぞれの風味がさらに膨らむ相乗効果があるように思えます。さらなる旨味が出てくる。
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S:無理なく合う。
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田口夫人:そうです。無理なく合うってことですね。ま、このような合わせ方をひとつの基準として考えれば選びやすいかなと思います。これ以外に私が合うと思うのは、普通のショートケーキです。イチゴのショートケーキが意外に合います。
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S:イチゴの風味が邪魔になることはないんでしょうか?
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田口夫人:よくなると思います。コロンビアの中にある酸味とイチゴの酸味が合うのでしょうね。
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S:同じイチゴを使うにしろ、たとえばイチゴのタルトのようなものだとどうでしょう?
田口夫人:もう少し味のはっきりしているコーヒーでもいいと思いますね。たとえば今日のコーヒーの中で言うともう少し苦味があって、メリハリのある風味のニューギニアとか、あるいはマンデリンのように苦味と色々な旨味とが一緒になっていて、イチゴと合わせたときに全体の風味がさらに増すようなものもいいと思います。
(イチゴのショートケーキが供される)
S:このスポンジ生地には何か滲み込ませています?
田口夫人:ええ、もちろん。キルシュ酒を少し。
S:うん、よく合いますね。
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(ニューギニアと合わせる)
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S:パリブレストですね。このお菓子を合わされたわけはやはりシュー生地?
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田口夫人:そうです。それとパリブレストにつきもののプラリネ・クリームでしょうか。このクリームの独特の味わい、ナッツの風味、それと淡白なシュー生地という組み合わせには、苦味もそれほど強くなく、すっきりしていて、あまりボディもなく、どちらかというとパリブレストの引き立て役としてのコーヒーが合うかな、と。
S:これはどう表現すればいいのでしょう?
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田口夫人:ニューギニアのあまり重くない苦味がプラリネの味をさらに引き立てて、パリブレストのおいしさを強調してくれると思います。
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S:たとえばこのパリブレストにはコロンビアでも合うのでしょうね。
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田口夫人:もちろんです。ですからコーヒーとスイーツの相性は「さらなる」って世界ですね。本日の中深煎りはどれでもOKでしょうね。
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T:あれがだめ、これがだめってことはないと思いますね。まずは何を求めているかということでしょう。
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田口夫人:プラリネのファンの方はこの香ばしい独特の甘さがお好きなんですね。ですからそれをより際立たせて、コーヒーがそれを支えるようなところで考えた組み合わせです。
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T:ま、引き立て役ですね。コーヒーは男性なんですよ。そして、ケーキは女性。男性は女性の引き立て役でしょ(笑)。で、引き立て役が悪いと引き立つものも引き立たないでしょ(笑)。
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S:コーヒーだけ飲んだときのニューギニアの個性のようなものが、消えるような気がします。
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E:うん、個性は消すかもしれない。だから多少粗悪なコーヒーでもお菓子と一緒だと飲めるということもある。
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T:もっと濃いコーヒーでないと個性は保てないと思いますね。濃い目のモカなんかだとしっかりと合うかもしれない。でも、このお菓子を紅茶で食べると悲惨なことになりますよ。それがあるから風味の薄いお菓子を作るのに苦労している店が多いのかも知れない。
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(マンデリンと合わせる)
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田口夫人:『カフェ・バッハ』のチョコレート・ケーキ、バッハ・ショコラです。
S:これは見るからに合いそうですね。
T:これは粉をまったく使っていません。チョコレートと砂糖と卵白を合わせてあるだけです。ザッハートルテを少しだけ上品にしたようなものです。もう少し変化のあるチョコレート・ケーキでもいいかも知れない。これは上から下まで同じものを6段重ねてあるので。
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S:チョコレート・ケーキとコーヒーの相性は絶妙ですよね。
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T:そうですよ。もともとはチョコレートの代替だったし、同じ名称で呼ばれていた時代があったと思いますよ。
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S:コーヒーの風味から考えると、もともとは薬のように考えられていたのではないでしょうか?
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T:そういう考え方はあったでしょうね。
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田口夫人:予定外のスイーツをひとつ加えます。ソフィーです。下が洋梨のフラン、それにチョコレート・ムースをのせています。
S:チョコレート系いいですね。コーヒーを飲むときはチョコレートを食べますから。
T:私と同じだ。いずれ、カカオ豆の焙煎やろうかな、と思っているんですよ。
田口夫人:確かに、煎ってみたいですね、カカオ。
S:このソフィーって誰かのスペシャリテですよね。
K:ヴァランスのダニエル・ジローさんのスペシャリテですね。
S:そうですね。確か娘さんの名前だったですね。
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(タンザニアと合わせる)
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田口夫人:タンザニアには、予定していたのとは異なりますが、タルト・オ・スリーズとタルト・オ・カシスを合わせてみます。サワーチェリーを使ったタルトとカシスのタルトです。
K:もともと厚みのあるコーヒーだとは思いますが、この酸味のあるタルトと組み合わせるとさらに奥行きが加わりますね。
T:なんかフランスのお菓子って、少し派手目のお洒落をした中年の女性って感じしない?日本人ってそういう感じはあまり好みではないでしょ。定着しないのはそんなせいかも知れないね。
S:うん、わかります。ドイツのお菓子は頬の赤い娘さんって感じですよね。
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T:そうそう。イタリアのお菓子は年頃のお嬢さんって感じ。
S:このチェリーの酸味がよく合いますね。
田口夫人:そう思って合わせました。
S:カシスも合いますね。好みからいうとカシスかな。
田口夫人:実はチェリーのほうはちょっとスパイスを使ってあります。コショウ少々とカルダモン。
E:なるほどね。何かはわからなかったのですけれど最初に食べたときに少し違うなって思いました。
T:コーヒーとカルダモンって深い関係にありますね。アラビアのコーヒーはカルダモンが加えてある。カルダモンを入れていないとアラビアン・コーヒーとは言えないっていうぐらい。
S:なんのために混ぜるのですか?
T:健康と風味。身体を活性化する。インドネシアでは丁子(ちょうじ)を混ぜますよ。
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(モカ・マタリと合わせる)
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田口夫人:モカにはチーズケーキを合わせます。チーズケーキとイチゴのタルト。
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S:うん、よく合いますね。両方とも合う。イチゴが大きくてたくさんあるので合わないかと思ったんですけれど、合いますね。
N:それはやはりモカというコーヒーの独特の風味が効いているのだと思います。
K:確かに。僕はこのコーヒーにショコラのような独特の香りを少し感じたんです。で、このチーズケーキも濃厚な香りと風味ですので、そのバランスは面白いですね。
T:かつてはコーヒーには柑橘系の風味は合わないって言われたものですけれど、合わないのなら合わせるようにしようと色々考えてやってきたら、意外と柑橘類の風味もいけますよ。それはそうと、うちのチーズケーキはチーズが多すぎないか?
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田口夫人:今、それを言おうと思っていたんですよ。
S:チーズ、チーズしすぎていますか?
T:『カフェ・バッハ』のお客さんははっきりした風味のお菓子が好みなんですよ。身体を動かしている人が多いので、ぼんやりした風味のものは人気ないんですよ。女性、子供さんは少ないですから。
S:男性が多いのですか?
T:ほとんどが男性ですよ。
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(グァテマラと合わせる)
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田口夫人:ピュイ・ダムールとガトー・バスクです。この間、ちょっとバスクへ行ってきたもので。
S:フランス側ですか、スペイン側ですか?
田口夫人:スペイン側の海側をずっとサンティアゴ・デ・コンポステラまで。巡礼の旅に(笑)。ピュイ・ダムールです。これは中にフランボワーズをそのまま入れています。
S:おいしいですね。コーヒーを飲むとこのお菓子のくどさがなくなりますね。甘さが和らげられる。
T:自分がおいしいと思える甘さの調節をコーヒーがしてくれるのですよ。
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S:なるほど。
T:自分で口の中に含むコーヒーの分量で食べているお菓子の甘さを調節するのです。それが紅茶だと駄目なんですよ。紅茶は渋いですから甘さを消してしまうんです。
K:このコーヒーに程よい酸味もあり、風味に厚みがあるので、しっかりした風味のヴァニラクリームや生地にも負けない感じですね。
S:コーヒーは単一でいただくよりは、やはり何かスイーツと一緒のほうがよいのでしょうか?
T:あったほうが豊かだと思います。スイーツとコーヒーは恋人どうし、パンとコーヒーは夫婦の関係だと思います。
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S:と言うのは?
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T:まずパンには人が生きていく上で大切なものという意味合いがあります。だけどスイーツっていうのはいつも定まったものではないです。反対に定まってしまうとつまらないってところがありますでしょ(笑)。
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S:そういうたとえを聞きますと、確かに先ほどおっしゃったようにスイーツは女性で、コーヒーは男性という比喩がよりよくわかります。
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T:『カフェ・バッハ』では、そういうことを考えた上でコーヒーを点てているのです。
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今回の出会いを振り返って
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コーヒーといえば私たちの「日常」に実に密着している飲み物だと言えるでしょう。でも、今回の取材で味わった『カフェ・バッハ』のコーヒーは、いわゆる「日常的コーヒー」とは似ても似つかないものでした。まず、同じレベルで焙煎されたコーヒーが産地によってこれほど微妙な香り、風味の差を持つということに驚き、そして、綿密に選別され、正確に焙煎されたコーヒーはとても透明感のある爽やかな飲み物だということを発見しました。コーヒーとスイーツの相性は店主の田口護氏が形容されたように、まさに「男性」と「女性」なのかも知れません。それは、ワインと料理の間で起こりうるような、意外性のある出会いではないかも知れません。ただ、それぞれがそれぞれの個性を高めあい、よりリッチな風味を味わえることは間違いありません。 |
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出会いの舞台
カフェ・バッハ
〒111-0021 東京都台東区日本堤1丁目23番9号 Tel:03-3875-2669 Fax:03-3876-7588 E-Mail:cafe@bach-kaffee.co.jp http://www.bach-kaffee.co.jp 営業時間:8:30〜21:00(L.O. 20:40) 定休日:金曜日 |
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