「完璧」という形容が適切な前編でした。「枯れたブルゴーニュワインと料理」という少し意地悪な設問に見事に応えてくださいました。白ワインと2品の料理の相性は今だかつてないほど完全なもの。さすがにブルゴーニュに惚れ込んでいる菊地シェフだからこそ作り出せた、白ワインと料理の素晴らしいマッチングの演出でした。後編は赤ワイン、やはり熟成19年のボーヌです。2品の料理が合わされます。後編にも「完璧」という形容がつくのでしょうか。 |
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主人公
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1.プイイ=フュイッセ“レ・クラ” 1992(シャトー・ド・ボールガール )
2.ボーヌ・プルミエ・クリュ“トゥーサン” 1986(ドメーヌ・アルベール・モロ) |
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出会いを演出する人
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東京・西麻布『ル・ブルギニオン』 オーナーシェフ 菊池美升
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出会った料理
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アミューズ・ブーシュ:チーズ風味のシュー、豚肉のクリーム煮とパセリを添えたもの
毛ガニと茄子とアヴォカドのミルフィーユ仕立て
セップ茸のヴルーテ、ブレス産鶏肉とお米のオニオン・ファルシ
ウナギとフォワグラのテリーヌのパネ、リゾット添え
真鴨とフォワグラのパイ包み、トリュフ風味のソース |
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『今日は何飲む?』野次馬隊
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Y:本業は某広告制作会社のクリエイティヴ・ディレクター。日本ペンクラブ会員。ワイン関係の著作も多く、クラッシック音楽への造詣も深い。著作に『今日からちょっとワイン通』『現代ワインの挑戦者たち』『そこまで聞くの?ワインの話』等がある。
KK:辻調グループ校西洋料理教授:優しそうな表情にだまされていけません。その授業の厳しさには定評がある。現在、「どっちの料理ショー」で活躍中。フランスでは伝説の名店「ピラミッド」等で研修。
M:才能豊かな女性。辻調グループ校のスタッフのひとり。いろいろな仕掛けを企む人。食べることと飲むこととヴィオラを演奏することをこよなく愛する。とりわけ飲むことは・・・
S:男性。どちらかというと晩熟型(悪く言えば進化が遅い)。趣味はアイロンがけと靴磨き。このコラムの担当者。大の猫好き。 |
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<赤ワインがサーヴィスされる>
Y:ああ、いいですね。素晴らしい状態です。ボーヌの古酒ならではの優しい風味が、本当にきれいに出ています。このドメーヌは中堅より上の醸造元です。小さい所ですけれど非常にしっかりした酒づくりをします。完全に伝統的な作り方ではなくて、どちらかというとボルドー的な作り方をするんですが、きちっと作っています。’85年まで新樽はあまり使わなかったはずなんですけれど、この年(’86年)から確か1/3使っていると思います。その翌年からさらに使うようになっているので、ですからこの年は過渡期の、ある意味実験的なワインですね。
KK:今は新樽の使用は増えているのですか?
Y:今は半分ぐらい新樽を使っているはずです。ボーヌは、ブルゴーニュの南半分の方に位置しているので、一般に北のニュイの赤ワインより長くもたないのじゃないかと思われていて、早く飲まれてしまうことが多いのですが、実は、熟成させると、こういう心地よいワインになることが多いんです。ヴィンテージ的には、前年の’85年がベストなんですが、あえて多少弱いところがある’86年を選ばれたのは、「熟成のピーク」というわれわれの要求を考えてくださったのだろうと思います。
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● ウナギとフォワグラのテリーヌのパネ、リゾット添え |
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Y:それぞれのワインにお料理を二品ずつというのは、これ、もしかしたら、先ほどの白と同じパターンかも知れないですね。最初の料理でまず若さを際立たせ、次は熟成感を際立たせるという・・・。
KK:この料理はおいしいですね。
Y:うん、おいしいですね。<ワインを飲んで>ワインが若々しい感じに変わりますね。ファッと艶が出てくるという変化は面白い。
M:白ワインとはいかがですか?
Y:やっぱりこの料理は赤ですね。
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M:そうですよね。
Y:白だと焦点が定まらない感じになります。
M:軽くカレー風味がしません?
S:します。します。
Y:あえて難を言えば、黒コショウが少し強すぎて、ワインの複雑味をカバーしてしまっているかもしれません。黒コショウが弱い部分を食べるとワインがいっそう美味しくなりますから。でもそんなところは細かい部分で、基本的には非常によく合うし、美味しいですね。ワインも料理も。これで文句を言ったら罰が当たる(笑)。
<雑談が続く>
Y:このワインは身体にやさしく沁みてきます。熟成したワインの余韻の沁み方がとてもやさしいですね。
M:いい表現ですね。余韻の沁み方って。
Y:やはりよいワインですね。
S:また先ほどの映画『モンドヴィーノ』の話なのですけれど、やはりミシェル・ロランやパーカーには同調できないですか?
Y:いや、マーケットそのものがあまりに激しくそちらのほうに動いているから若干批判的な意見は持っていますけれど、彼らが間違っているとは思っていないです。あれはあれでいいと思いますよ。
S:ワイン・マーケットには必要な人たちですよね?
Y:必要です。ただやり過ぎだと思います。例えばロランに関して言うと、コンサルタントってそんなにたくさんできるわけがないですよね。
S:数の問題?
Y:そんな数の葡萄畑を見にいくわけにはいかないでしょ。そうすると分析結果、あるいはサンプルとして送られたものを分析するしかないわけで、そういうものをベースにして畑ごとに異なる個性や事情を生かしたアドバイスをするのは、ちょっと無理ですよね。だから当然、画一的な指示にならざるをえなくなる。
M:ワインが画一的になるって、よろしくないですね。
S:あの映画では「テロワール」というものを非常に重要視するワイン製造業者とそうでないワイン製造業者の対比のようなものも描いていました。「テロワール」などを重視している人たちにはワインにロマンというか、物語を求めているような感じがして、逆にそうでない人たちはもっとクールに商品として見ているという印象を持ってしまうのですが。
Y:両者ともに、ワインにロマンとか物語性とかをつけようとは思ってるんじゃないですかね。ただ物語性のつけかたの切り口が違っていって、ロランの場合は「人」なんです。「人ができることはもっとすごいぞ」って…
S:いう風に考えるわけですね。
Y:でも、ロランだって「大地を生かすために人ができること」って言っているわけです。その「大地を生かすため」というときのバランスが人のほうに行ってしまう。逆側の人たちは土地のほうに行くようなことを言うのですけれど現実に行っているのはやはり人だから、実は人なんです。そこのところの切り口が、運べる文化と運べない文化があるというところに戻してあげないと、要するに文化と文明とは少し違うぞ、というところに戻さないと話がずれてくると思います。
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● 真鴨とフォワグラのパイ包み、トリュフ風味のソース |
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サーヴィス:パイで包んだジビエ、本日は北海道産の真鴨です。
Y:真鴨って11月15日から解禁じゃなかったですか?
サーヴィス:いえ、もう出ていますね。
Y:北海道はもういいのかな?
S:真鴨のパイ包み?トリュフは?
サーヴィス:若干フォワグラが入っています。トリュフはまだ冬のものではなく秋のトリュフなので、香りが少しやさしいかと。
Y:思っていた通りですね。ワインの熟成感がとても伸びました。
M:パターン2のほうですね。
Y:いや、これは素晴らしいですね。
M:今日はすべてが抜群の相性だったということですね。
Y:こんなことは珍しいですね。
M:料理が美味しいとワインも美味しい。
KK:料理は見事ですね。
Y:わかりやすいですね。
S:これぐらいわかりやすいと嬉しいですね。
KK:考えないでいいですからね。
Y:もしかしたらここにトリュフがなければワインの熟成感はもっと深まったかも知れません。熟成したワインに特有のキノコとか、コケとか、森の下生えとかのニュアンスが、トリュフとぶつかることで消されていますから。でもやはり、トリュフは料理としては、あって欲しいですよね。
M:香りの強くない秋のトリュフだって仰っていたので、そのあたりのことも考えてのことなのでしょうかね。
Y:相当細かいところまで気にしていますよね。でも、トリュフがあるほうがこのワインのエレガントな風味はかえって伸びますね。これでいいのかも知れない。
S:この店のように安定して満席状態を続けるレストランって、理由はひとつですよね。料理が美味しい。
Y:そりゃ、そうですよね。それにしても今回は素晴らしい。すべて完璧な相性だし、料理も美味しいし。
サーヴィス:シェフも「僕も食べたいよ」って言っていましたから(笑)。
Y:この料理は普段でもサーヴィスされているのですか?
サーヴィス:ア・ラ・カルトでご準備している場合が多いでしょうか。中のジビエがその時によって変わります。今は北海道産の小鴨、本当に鶉ぐらいの鴨です。
<菊地シェフ登場>
全員:美味しかったです。
Y:とても驚いたのですけれど、実は最初のワイン、プイイ=フュイッセを味わった時にこのワインに合わせる料理は二つの方向性しかない、要は後ろに隠れている艶とか、膨らみとかを出すか、あるいは枯れた感じを強調するか、といういずれかしかない、って話していたのです。そうしたら最初の料理でパっと艶を出してくれて、2品目で枯れ味の中にある辛味とか、要は古酒特有の旨みを引っ張り出していただいて、びっくりして、赤の方もどうなるのかな、と思っていましたら、やはり最初の料理で果実味を、次の料理で熟成感を引き出されて、素晴らしいなと思いました。
S:こういう風に考えて料理をつくられたのですよね?
菊地:せっかくなのでそういう風に…ま、ワイン好きなんで…。
Y:かなり意地悪なテーマを出しましたからね(笑)。
菊地:僕は、グレート・ヴィンテージではなく若くもないシャルドネとかピノ・ノワールというのは、か弱いところが若干見え隠れするワインで、そこがおもしろいと思っていますので・・・。
Y:そうですよね。わざわざ’92年という、白としてはちょっと酸が弱かった年と、赤も完璧な’85年ではなく、バランスはよいけれどパワーではちょっぴり劣る’86年でという微妙な選択をされていて、このシェフは相当な酒飲みだな、という印象を受けました(笑)。
S:ヴルーテに関しですが、僭越なんですがもう少し塩をきかせたら料理としてはよりかちっとしたものになるではないか、と…。ただ、ワインとの相性のことも考えられて敢えてそうされたかなと。
菊地:いえ、そこまでは考えなかったです。僕の傾向としてそんなに強く味はつけないほうです。特にソースのほうには味はつけないです。魚とか肉自体にはきちんとつけますが、ソースとかスープ状のものには味はあまり強くはしません。
M:見かけよりずっとやさしい味だったので、次の料理にもなんなくいけたと思います。
菊地:僕自身、塩というのは塩味が際立っているのではなくて、まわりの素材とうまく溶け合っているものが好きなので・・・。もちろん塩味がないとか、味がぼやけているというのはだめですけれど。
Y:僕は個人的にはあのぐらいがワインの風味にとっても一番よかったと思います。セップ自体の香りが弱かったので、あれ以上塩が強いとセップの風味が死んでしまうかなと思います。それと、鴨の料理のトリュフなんですけれど、ワインにとっては、もしかするとこのトリュフが無いほうが・・・。
菊地:普段だったらこの時期はまだトリュフは使っていないのですが、実は先週1個いただいたので、ちょっと使ってみました(笑)。トリュフの香りがまだ弱いので入れたのですけれど…。
Y:ええ、料理としてはあったほうがいいです。でもワインにとっては無いほうがいいかも知れません。今日の赤ワインにある苔などを連想させる温かい香りがトリュフによって消されてしまうので。ただ、それが消えても、熟成感はすっと伸びるので、シェフもきっと悩んだのだろうな、なんて思っていました。でもこれはこれで美味しかったので、邪魔もしないし、そんなことまで言ったら贅沢すぎますしね(笑)。
S:シェフは毎年夏の休みを利用してフランスのレストランに研修に行かれているのですよね。毎年、異なる店に行かれるのですか?
菊地:特に意識はしていません。同じところでもいいのですけれど、たまたま一昨年は『ピエール・ガニェール』、昨年は『アストランス』で、今年は『ルドワイヤン』に行きました。
S:『アストランス』の料理は、ある面でもう日本料理だとか?
菊地:そうですね。オーナーシェフのバルボさんの料理に対しての考え方もそういう部分があると思います。
S:出汁なども用いているそうですね。
菊地:はい、出汁も使います。それに上手ですね。僕が行っていたときは味噌田楽もやっていました。
全員:へーえ。
菊地:僕が以前フランスにいた時にも、賄いで味噌田楽を作ってあげると仲間の料理人たちも喜んでいたんです。ただ、その頃の味噌はフォン・ド・ヴォーで伸ばしたりしていたのです。でも、今は違います。もう味醂とか酒と合わせて、きちんと味噌を出汁で伸ばして、照りをつけてお客様に提供しています。厨房の調味料が並んでいるところにも白ワイン、ヴィネガーやオリーヴ・オイルなどと並んで、日本酒や味醂、それに醤油、味噌などが普通においてあります。
S:鰹節はひいていないのですか?
菊地:今年からひいているはずです。彼は日本に2ヶ月ぐらいホームステイしたことがあるので、日本の朝食、味噌汁とかに馴染みがあってですね、いわゆる海苔の佃煮が収納庫に並んでいて、「どうするのかな?」って思っていたら海苔のペーストとして使っていますよ。僕としては「これはだめだよな」と思ったりしていたのですけれど、最後に客席に座ってそういった料理を食べてみると決して日本料理ではなく、バルボさんのフランス料理になっているから「これでいいんだよな」と思いました。テクニックなどにおけるフランス料理の知識はすごい方ですから、そういう方が日本の食材を取り入れているだけであって、日本料理を出しているというのとはまた違うような気がします。
Y:さきほどの話に戻るのですが、ひとつの料理で若さのようなものを引き出して、次の料理で枯れ味のよさを引き出されましたが、そのときのコツみたいなものはあるのですか?
菊地:ワインの楽しみってふたつあると思うのです。さきほど言われたように同調していくような楽しみと、少し足りないものを補うと言うか反対の要素を持ってくる楽しみ方と。補うマリアージュって言うのでしょうか。その両方をいろいろ考えて、ですね。
Y:そうですね。特に白に合わせた最初の料理でヴィンサント・ヴィネガーを使われましたよね。あの白は単独だと少し酸化臭がありました。でも、ヴィンサント・ヴィネガーでそれが消えましたよね。あのあたりの消し方みたいな感じは…。
菊地:あの白は僕が思っていたのより、少し熟成が進んでいたんですよ。で、「あれっ?」とは思ったのですけれど、でも、僕の中ではぜんぜん問題なかったですし、あえて…。
Y:ヴィンサント・ヴィネガーにも軽い酸化香があるじゃないですか。ですからそれによって消したのかな、という印象もあったんですけれど。
菊地:そうであったらとても良かったのですが(笑)。
M:最初はバルサミコ酢を用いる予定だったのでしょう?
菊地:そうですね。通常はバルサミコ酢なんです。でも、このプイイ=フュイッセに合わせるには違う酢のほうがいいなっていうのと、ヴィンサント・ヴィネガーも少し甘みがあって酸味のある風味なので、アヴォカドとか蟹と相性がよいかな、と。普段は使っていないんですよ。ま、それが偶然よく合ってよかったです(笑)。
Y:最初、一口食べた時は「少し酸が強すぎるかな」と思ったんですけれど、ワインを飲んだ瞬間に素晴らしいなと思いましたね。実はこのシリーズで全部の相性が素敵だなっていうのは初めてなんですよ。
菊地:嬉しいです。
S:すべてストライクゾーンに入りました。
Y:こうやって残ったワインを飲んでいると、料理がないのがさびしいぐらい(笑)。
全員:本当にありがとうございました。
菊地:いえ、いろいろ勉強になりました。
Y:すごく嫌味な設問をしたので(笑)。
菊地:僕も最初はワインリストから選んでいただけると思っていましたので(笑)、でも、僕も好きなワインだけに、開けることができましたし・・・。
S:では、デザートで今回の素晴らしい出会いを締めましょう。
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今回の「今日は何飲む?」は、すべてが完璧な相性でした。この企画が始まって以来はじめてのことです。さすがにブルゴーニュに惚れ込んで、ブルゴーニュ・ワインをこよなく愛し、そして、何よりも料理をこよなく愛する菊地シェフならではの演出でした。ワインもさらに美味しく、料理もさらに美味しくなる組み合わせに“出会う”ことは実に至福の時間だということを身をもって感じ取ることができました。「素晴らしい」の一言です。
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出会いの舞台
ル・ブルギニオン
〒106-0031
東京都港区西麻布3-3-1
Tel.03-5772-6244
Fax 03-5772-6344
営業時間: |
11:30〜13:30
L.O. |
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18:00〜21:30 L.O. |
定休日: 水曜日 |
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