3ヶ月に1軒のペースで3年間にわたり計12軒の店で繰り広げてきたこの「今日は何飲む?」、今回で最終回です。最終回はやはりワインとフランス料理との“出会い”ということにしたいと思います。選んだ店は大阪の郊外、高槻市にある『エッソンス・エ・グー』。開店からまだ2年ですが、関西の美味しいもの好きの間では定評のあるフランス料理店です。オーナーシェフの山田裕氏は辻調グループ校フランス校卒業後、フランスの『レジス・マルコン』(三つ星)、『クロ・ド・ヴィオレ』(二つ星)などで修行し、帰国後は関西、東京の有名フランス料理店で勤務した後、地元の高槻に店をオープンしました。ワインも現地へ自ら買出しに行くほどこだわり、非常な勉強家でもあります。今回選んだワインに対しては当日のお昼のサーヴィスを休み、料理を考えたとのこと。オーナーシェフが熟考した結果の“出会い”です。 |
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主人公
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1.サン=ジョセフ 2001(ダール・エ・リボ):品種はルサーヌ種とマルサーヌ種。
2.クローズ=エルミタージュ 2003(ダール・エ・リボ):品種はシラー種。
これらの2本のワインは北部ローヌの自然派ワイン生産者ルネ・ジャン・ダール氏とフランソワ・リボ氏によるもの。
3.ピラミマ シラーズ 2002(マクラーレン・ヴェイル):品種はシラーズ種(オーストラリアではシラーをシラーズと呼ぶ)。1世紀以上の歴史を持つブドウ畑産。樽はアメリカン・オークを使用
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出会いを演出する人
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大阪・高槻『エッソンス・エ・グー』
オーナーシェフ 山田裕氏
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出会った料理
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アミューズ・ブーシュ:ワカサギのフリット
ホタテのブレゼ、丸大根のスープ
フォワグラとリンゴのロティ
イトヨリのムニエル
エゾ鹿のロティ
牛フィレのロティ、フュメ
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『今日は何飲む?』野次馬隊
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Y:本業は某広告制作会社のクリエイティヴ・ディレクター。日本ペンクラブ会員。ワイン関係の著作も多く、クラッシック音楽への造詣も深い。著作に『今日からちょっとワイン通』『現代ワインの挑戦者たち』『そこまで聞くの?ワインの話』等がある。
JH:辻調グループ校西洋料理主任教授。でも料理を作ることより実はワインが大好き。ワインの知識は中途半端でただいま勉強中のおじさん。ワインと料理のマリアージュとよく言われるが、それは本当にあるのか疑問をもっている。
M:才能豊かな女性。辻調グループ校のスタッフのひとり。いろいろな仕掛けを企む人。食べることと飲むこととヴィオラを演奏することをこよなく愛する。とりわけ飲むことは・・・
S:男性。どちらかというと晩熟型(悪く言えば進化が遅い)。趣味はアイロンがけと靴磨き。このコラムの担当者。大の猫好き。 |
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サーヴィス:白ワインをつがせていただきます。
Y:おーっ、けっこう濃い色ですね。
JH:すごいですね。
M:きれいな色!
Y:(香りを見て)あっ、これはよい酒ですね。
S:色的に、これはサン=ジョセフの典型ですか?
Y:かなり濃い目ですね。ひとつには亜硫酸を使っていないために熟成が早いのだと思います。サン=ジョセフより一格上のエルミタージュの白を10年、20年寝かせると、よくこんな色になります。
S:亜硫酸?
Y:酸化防止剤としてのSO2ですね。この醸造元は、それを一切使っていないということなんです。酸化防止剤を使わないということは、当然それだけ、酸化や熟成が早くなるということになります。ところで、これって、かなりマニアックなワインだと思いますが、お店では、どういう意図でオンメニューされたのですか?
サーヴィス:美味しいワインをまんべんなくそろえようとしておりますので。
JH:いかにもサン=ジョセフっていう風味ですね。個人的には、すごく好きなワインです。
Y:ぼくも大好きですが、人によって、好き嫌いの分かれやすいワインのような気がします。ま、今日は、あえてそういうワインを選んだわけですが(笑)。品種は、やはりルサーヌ種がメインみたいですね。
S:え?
Y:一般に、サン=ジョセフはルサーヌ種とマルサーヌ種という二種類のブドウ品種から作られているんです。昔は、質より量ということで、マルサーヌ種が多かったのですが、やはり品質的にはルサーヌ種のほうが上なので、現在では優れた醸造元はルサーヌ種を多目にする傾向があるんです。
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● アミューズ・ブーシュ:ワカサギのフリット |
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Y:美味しいですね。
JH:うん、美味しい。
Y:この地域の白って、松脂とかヘーゼルナッツとかを思わせる独特の香りが特徴なんですが、そういう香りと、フリットの香ばしさが、とてもよく合っています。
M:うん、確かに。
JH:この辺りのブドウ園は、すべてすごい斜面なんですよね。
M:へぇー、そうなんですね。
Y:エルミタージュとかコート・ロティとかは、とんでもなくきつい斜面です。コート・ロティなんか崖みたいです。
JH:エルミタージュは丘の部分の斜面が厳しいですね。サン=ジョセフもローヌ川にそって少し平地があって、その後が急な斜面ですね。この平地の部分で昔は果物を作っていたらしいです。現在でも果物畑が残っています。
S:土壌的にはブドウ畑にも果物畑にも適しているということなのでしょうかね。
Y:果物も基本的にはあまり豊かではない土壌を好みますから、そういう意味では共通でしょうね。
S:野菜はその逆なんですよね。
JH:この白ワインでどの料理までいくかですね。3品目が、確かフォワグラとリンゴでしたよね。
Y:フォワグラには、まちがいなく合うと思います。それにしても、熟成がとても早いですね。10年ぐらい寝かせた様な味が出ています。
S:このワインに関しては飲み頃ってことですね。
Y:完全に飲み頃ですね。
JH:このワインは、後どれぐらい寝かせておけるものなのでしょうね?白だから早いのでしょうか?
Y:やはり亜硫酸を用いていないということがありますし、今、既にこの色なので、これ以上は期待しないほうがいいんじゃないでしょうか。もちろん、すぐダメになることはなくて、まだ数年は全然大丈夫だとは思いますが・・・。この作り手はビオディナミという有機栽培の実践者です。ビオディナミでは、本来微量の亜硫酸の使用は認めているのですが、この作り手はまったく用いていないらしいです。その代わりに、発酵の際に生じる二酸化炭素を、完全には抜かずに少し残した感じで壜詰めするのが特徴だと言われていますが、少なくとも、このボトルに関しては完全に抜けていますね。瓶熟中に抜けたのかもしれません。
JH:亜硫酸っていつ頃から使い始めたのですか?
Y:容器の消毒用としてはローマ時代から用いられていたと言われています。ただ、ブドウの発酵のときに亜硫酸を加えたり、発酵後の酸化防止に使ったりというのは、19世紀ぐらいからじゃないですか。
JH:反対に使わないほうが難しいわけですよね。
Y:そりゃ他の雑菌の繁殖を防ぐことができますから。
JH:しかも考え方によっては、亜硫酸を使うほうが美味しいワインができるかも知れないわけですよね。
Y:ごく一部の例外を除いて、亜硫酸を使ったほうが確実に美味しくなると思います。近年作られているようなフレッシュでクリーンなワインは、亜硫酸抜きではちょっと考えにくいですね。このワインが無添加でも成功しているのは、ひとつには、白ワインなのにもかかわらず、抗酸化力の強いポリフェノール類がとても多く含まれている点と、もうひとつは、もともとフレッシュさを楽しむタイプではないという点ですね。ですから、多分つくりたての頃には、もう少し渋味やえぐ味があって飲みにくかったんじゃないかと思います。いずれにせよ、葡萄本来の個性を生かして、これだけ熟成力のあるワインに仕上げているんですから、相当よい作り手であることはまちがいないですね。
JH:この地域へ行くとブドウ畑と同じ敷地内にクルミの樹があったり、ヘーゼルナッツの樹があったりして、その香りがブドウにも移るとか言う人がいるのですが、ほんとうに移るものなんでしょうかね?
Y:それはないでしょうね(笑)。でも、話の種としては、面白いです。
JH:そうでしょうね。それはそうと同じワインをもう1本飲みたいですね。この調子で飲んでいると、たった1本じゃあ、フォワグラまでは、とてももちそうにありません(笑)。
Y:いいですね。それに、この手のワインは、ボトル差がどう出るかを確かめるためにも、もう1本開けておくのは、意味があると思います。とまあ、理屈もついたところで、ぜひもう1本お願いします(笑)。
S:同じ年のものをもう1本ですね。それでボトル差が出るんですか?
Y:ワインというのは基本的にボトル差があるものですから。
S:同じ作り手で、同じ品種で、同じ年でボトル差が出る、と。
Y:ワインは生き物ですからね。時として同じワインだとは思えないほどの差が出ることもあります。特にこのワインのように亜硫酸無添加の場合には、そういうことが起こりやすいですね。
JH:だからワインは面白い。で、この面白さがわかるようになるためには、ある程度ワインを知る必要があるということなんです。
M:となると、料理人があらかじめ飲んだ味に合わせて料理を作っても、サービスしたボトルの味は全然別だった、なんてことも起こりうるということですか?
Y:質のよいワインの場合には、大抵はわずかな「揺らぎ」のような幅の中に収まりますね。あくまでも、その「揺らぎ」の中での差なので、まったく別のタイプのワインになってしまうほどの違いは珍しいです。ただ、ひとつだけサーヴィスの側に注意していただきたいのは「このワイン、美味しいから同じものをもう1本ください」ってお願いしたときに、2本目に関してテイスティングさせない店が多いんですね。でも、テイスティングというのはそれぞれのボトルの健全度のチェックなので、当然テイスティングはさせるべきなんです。
JH:この話は大切ですね。確かに同じワインで2本目を注文すると、そのまま平気で注ぐ場合が多いです。1本目の入ったグラスに注ぎ足してくる場合さえありますから。
Y:そうそう。平気で注ぎ足しますよね。
JH:決してそのようなものではない、ということですよね。
Y:それはもう、絶対に駄目です。
S:ある意味、別のワインを出すぐらいに考えないと駄目ということですね。
Y:そう。例えばコルク臭にしても、このボトルの、このコルクにトラブルがあるかどうかってことですよね。別のボトルになれば当然コルクも別になるんですから、再チェックするのは、当たり前です。
JH:このことは是非強調しておいてください(笑)。 |
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● ホタテのブレゼ、丸大根のスープ |
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JH:大根とホタテですね。すごい「和」の香りがしていますね。
あさつきと大根の香りが混ざって日本料理の煮物のような香りがします。
Y:これ、あさつきというか河豚刺しに使う鴨頭葱ですよね。
JH:細い葱ですね。
Y:とてもキレイなアクセントになっています。
M:いただきます。なるほど。
Y:うん、「和」ですね、これは。
JH:このサン=ジョセフはアミューズのフリットのほうが合いましたね。シェフはたぶんフリットは無視して、ここから始めているんでしょうが・・・。
Y:確かにフリットのほうが合ってましたね。サン=ジョセフの風味が強すぎて、料理が力負けしてしまう感じがします。
S:ホタテの火の通し具合は、とてもいいですね。
M:すごく美味しい。
Y:この甘みは、どこから来ているんでしょう?
JH:ホタテでしょうね。
S:苦味は?
JH:これは大根から。
S:この大根という素材のせいで若干「和」の風味になるのでしょうか?
JH:それと葱でしょう。でも、我々が「和」と感じるだけで、フランス人はそうは感じないでしょうね。
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● もう1本のサン=ジョセフが注がれる |
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Y:なかなかいいですね。
S:色的には、さきほどのものより少し薄いでしょうか?
Y:それは、微妙なところですね。ただ、こちらのほうが酸味がきれいに出ているのは確かです。最初のボトルのほうが熟成していますね。
S:でも、同じ年。
Y:同じ年で。でも亜硫酸無添加の場合、これくらいのぶれだったら少ないほうですね。もう少しぶれが出てくるかなと思ったのですが。
M:でもほんとうに1本目のほうが香りも熟成していて・・・
Y:1本目のほうがクルミやヘーゼルナッツなどのナッツ系の香りがすごく出ていて、2本目はそれがなくなって逆に酸が力強くキレイに出てきています。
JH:確かに酸が強いですね。やはり違うものなんですね。
Y:この2本目はナッツ系のオイリーな香りが少ないし、松の香りも少ないです。そのオイリーな風味が熟成したルサーヌ種、マルサーヌ種で作ったワインの魅力なんですが・・・ただ2本目のほうが、酸がしっかりしているだけに、もし来年飲むのだとしたら、2本目のほうが美味しいかも知れませんね。
JH:いま飲むなら、確実に1本目のほうが美味しい。
Y:飲み頃になってますからね。
S:ところで、料理との相性ですが、この料理はあまり油系ではないですよね。アミューズのフリットはあの油の感じがよく合ったような。
Y:それですね。まさにその通りだと思います。
JH:この料理に関してはコメントが難しい。大根の苦味とホタテの甘味とホタテと大根の煮汁で作ったジュがあって、そこにこの2本目の場合は酸が、1本目の場合はオイリーさが合わさって、じゃあ何が生まれるかというと、そこが難しい。何も生まれないのかも知れない(笑)。もちろん邪魔もしていないのですけど、別個の何かが生まれるかというと難しい。ワインと料理を合わせるのって、やっぱり難しいですよ。
Y:ただこれぐらいの感じなら、なんの文句もないわけですよ。だから余り批評的に言わないほうがよいのかもしれません。それと、この料理には、酸がきれいに出ている2本目の方が意外に合っています。1本目だと「あれっ」と思う。熟成感とぶつかってしまうのですけれど2本目はなんの問題もなく合っている。
S:なるほど。
JH:1本目はワインだけ飲んでいるほうが美味しいですね。
S:2本目がこの料理と合うのは際立っている酸の問題なのですか?
Y:ひとつには熟成感も弱いからでしょうね。1本目は酒として完成されていますから、何も必要ないんですよ。
M:2本目を最初に開けていたら、また違ったコメントになっていたでしょうね。
S:この2本目とアミューズのフリットならどうですか?
Y:それも問題なく合うと思います。
S:ということは料理とは2本目の方が合わせやすいということですよね。
Y:要するに完全に熟成したワインってけっこう難しいんですよ。
JH:それからもうひとつ、食卓にサービスされたワインの飲み頃ってのも難しいですよね。たとえばこのワインの場合は、注がれてすぐに飲んだほうが美味しいですよ、というものもあるし、しばらく置いておくとさらに香りが開いてもっと美味しく飲めますよなんていうのもあるでしょ。作り手がそういったことをどこまで考えて作っているのか、たまたまそうなったのか。
Y:それは、ワインの作り手というよりも、1本1本のボトルの熟成の度合いの問題でしょうね。若いワインの場合には、しばらく置いたり、デカンタージュして強引に酸素をまぜて、熟成の度合いを進めたほうがおいしく楽しめるということがあるんですが、熟成が進んだワインでそれをやっちゃうと、熟成が進みすぎて、飲み頃をすぎてしまう危険性があるわけです。例えば、このサン=ジョセフの最初の1本の場合は、すでに熟成のピークなので、デカンタージュはせずに、ボトルから直接注ぐほうがよいでしょうし、一方、2本目はデカンタージュしたほうがよいように思います。空気に触れさせて、最初に香りをドンと出してしまってから注いだほうがおいしく楽しめるんじゃないでしょうか。
前編で注がれたビオ・ワインのサン=ジョセフ。あまりによいワインだったので予定外にもう1本のボトルを飲み比べてみました。ボトルが異なれば風味もこれだけ異なるのですね。ほんとうにワインは生き物です。後編はこのサン=ジョセフに合わせるもう一品、そして「難しいワインを選びましたね」と悩んでいたシェフが赤ワイン2本に合わせた3品の料理を出してくれます。そして今回は最終回、ワインと料理の“出会い”について、後編で何か結論が出るのでしょうか。
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出会いの舞台
エッソンス・エ・グー
〒569-1117
大阪府高槻市天神町1-13-19
フォレストコート101
Tel.&Fax 072-685-0313
営業時間: |
11:30〜14:00L.O. |
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18:00〜21:00L.O. |
定休日: 水曜日 URL: http://www14.plala.or.jp/eg/ |
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