前編での白ワインと日本料理の相性は実に素敵なものでした。料理によってワインが表情を変えていき、新たな発見がありました。いよいよ後編は赤ワインです。赤ワインはフランスが世界に誇るワインの2大産地のひとつ、ブルゴーニュ産のシャンボール=ミュジニーです。日本食文化とフランス食文化との出会いと言っても過言ではないでしょう。どこか格調の感じられるこの出会いを、高橋氏はどんな巧妙な演出で仕掛けてくるのでしょうか。 |
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●2本目の赤ワイン:シャンボール=ミュジニー 2001年(ミシェル・グロ) |
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Y:赤はシャンボール=ミュジニーですね。醸造はミシェル・グロ。このグロ家はブルゴーニュでもなかなかよい醸造家で、ミシェルというのは長男です。シャンボール=ミュジニーはブルゴーニュ・ワインの中でも最も香りが高いし、ある意味、最も女性的でエレガントなワインを生む村の名前をもつワインですね。
M:なるほど、シャンボール=ミュジニーというのは村名なんですね。
Y:そうです。このワインは上手に作っていますね。
S:これは2001年ものですけれど、まだ熟成はしていくのですか?
Y:ピノ・ノワール種のワインを長く寝かせようとする時には、村名クラスじゃなくて、せめてプルミエ・クリュ、グラン・クリュクラスでないと。
S:とても華やかな香りがします。
Y:このワインには新樽はまったく使っていないと思います。すべて古樽でしょう。
KK:口にふくんだ時の香りと飲んだ後の香りが少し違うような気がします。
Y:最後にちょっと重たい感じ、腐葉土とか苔とかといった、少し重い感じはしますね。このニュアンスはピノ・ノワール種のワインの場合はよく出ます。これが醸造先が変わって、もっとクラスが上のワインになると、そういう香りがさらに強調されてきます。
S:この香りはピノ・ノワール種の特長ですか?
Y:いや、そうでもないです。この類の香りはほとんどのワインが熟成すると出てくるものです。ですから、この赤ワインで感じてらっしゃる香りは、古樽から来ているものかも知れません。
S:ピノ・ノワールの最も特長的な風味はどのようなものですか?
Y:基本的には赤い果実、ラズベリーとかカシスとかの華やかな香りですね。とりわけ若い時はそうです。熟成するともっと香水を思わせるような別の華やか系の香りが出てきます。
KK:僕には始めての香りです。僕の持っていたピノ・ノワールのイメージとは少し異なります。
M:華やかというより、少し重いというか、渋いというか、そんな感じですよね。
Y:香りに少し重たさを感じるかも。でも、口に含むと赤い果実系の風味はありますよね。それに加えてスパイシーな香りもある。このスパイシーな香りは絶対に作り手のうまさですよ。
S:別の作り手なら出ない可能性もある?
Y:ま、シャンボール=ミュジニーは下手な作り手にかかるとただフルーティーなだけのワインになりますから。ワインの出来年としてはそれほど素晴らしい年ではないのに、これだけの風味を出しているのは立派ですね。
KK:後で高橋氏の意見も聞いてみましょうよ。また、違った表現をするかも。
Y:このワインを選ばれた理由はきっと、作り手がグロ家であることがポイントのように思います。
KK:料理は何でした?
Y:近江牛って仰ってましたね。何だったか変わったものをつけるって。あっそうだ、生海胆。赤ワインと生海胆はどうでしょう?
KK:もちろん海胆は焼いていると思いますけれど。あるいは熱いところにのせているか、でしょ。
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●料理四品目:近江牛の幽庵地漬け焼き、生海胆のせ |
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M:これは海胆も全部一緒にいただくのでしょうね。
S:僕はこの味は好きです。
KK:日本料理で難しいのは肉の扱いです。魚は扱えるのですが…。
Y:この料理でこのワインを飲みますと、ワインの後味に湿った香りの重い感じがあるのが前に出てしまいますね。
KK:そうです。
Y:逆にいうと少しひねたブルゴーニュが好きだという人には、その隠れていた風味が前に出てきたということで喜ばれるかも知れません。
KK:肉の特長が弱いですよね。
S:確かに肉というより海胆ですね。海胆の風味だけが感じられるぐらいです。
Y:僕の好みでは海胆とこのシャンボール=ミュジニーはぶつかりすぎますね。ちょっと無理があるかなって。
S:なるほど。確かに単独で飲んだときとは違うワインになります。
Y:もっと重いワインになって、果実味とかフルーティーな香りが消えます。
KK:もし、この料理の最終的な味付けに、山椒とか、生姜とか、あるいはもっと風味の強い中国パセリなどを用いたとしても同じことでしょうか?
M:山椒は合うでしょう。
Y:山椒はまったく問題ないでしょう。かえってスパイシーな香りが出てくるかも知れません。この料理の場合、やはりこのワインの持つ果実味を殺してしまうのはもったいないですね。
KK:いずれにしろ、もう少し肉の風味が欲しいですね。
Y:この肉がフィレではなくロースだったら話が変わってきますよね。
KK:脂があるからですね。
Y:そう、脂があるから。この脂を少し炙ったりしていたらずいぶんと違ったかも知れません。
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● 料理五品目:フカヒレと胡麻豆腐の小鍋仕立て |
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Y:これはふだん出されている料理ですね。
KK:そうです。
Y:うん、意外に合いますね。と言うか両方とも風味があまり変わりませんね。こういう風に料理もワインもお互いが邪魔をせず、美味しく食べ、飲むことができるというのが理想ですね。
S:なるほど。
Y:要は引き立て合ったりとか、引きずり降ろし合ったりとかではなくて、何も変わらない。料理もワインも美味しい、これがひとつの理想ですよ。
M:こうやって食べてくると、ワインと日本料理は合いますね。
S:合いますね。
Y:特に熟成した赤ワインなんて絶対和食ですよ。ヨーロッパの濃い風味の料理だったら、熟成による繊細な風味が殺されてしまうかも知れないですよ。
S:ワインはもっと日本料理店の中に入り込んでもいいぐらいですよね。
KK:料理人がワインのことをもっと知る必要があるでしょうね。ただやはりワインでも酒でも、嗜好品だと思うのですよ。最終的にどのワインが好きかっていうのは個人の好みですよね。そして、例えばこの作り手のワインが云々というような知識に関することは、また別の話だと思います。
Y:僕も基本的にはワインと料理の相性は好き好きだと思います。たとえば風味が強調し合うような相性だと、好きな人と嫌いな人が必ず出てきますから。
S:高橋さんはワインがお好きなんですよね。
Y:でなきゃ、このようなチョイスはないでしょうね。白ワインの甲州などはどちらかというとマニアックなチョイスですよ。甲州種っていうブドウは日本のワインにとって本当に奇異なブドウで、よく甲州種ではよいワインができないって簡単に言われる方がいますけれど、でもカベルネ・ソーヴィニヨンでもピノ・ノワールでも、実はその土地の風土が選んだ品種なんです。甲州種も同じです。で、この甲州種というのは実はヨーロッパの品種で、おそらく奈良時代にシルクロードを通って入ってきたと言われています。そして、日本の自然の中で自生してきた品種でしょうから、日本の自然の中でワインを作ろうとするときに絶対に無視できない品種だと僕は思うんですよ。
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● 焼き河豚の混ぜご飯 |
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● ココナツ・アイスクリーム、トリュフ・アイスクリーム、晩白柚(ばんぺいゆ) |
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● 高橋氏登場 |
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全員:今日はありがとうございました。美味しかったです。
高橋:楽しんでいただけました?
Y:特に白ワインが面白かったですね。合わせたそれぞれの料理による風味の伸び方が面白かったです。2番目の料理と合わせたときは爽やかな果実味がサッと伸びましたし、3番目の料理の場合だと樽の香りが強調されてきましたし、そのあたりの合わせ方による表情の違いのようなものが特に面白かったです。
高橋:白ワインは合わせやすいですね。
S:赤ワインは難しいですか?
高橋:難しいです。合わせる料理が限定されてきます。僕は魚が得意なので、どうしても赤だと難しくなります。
Y:でも、今日のシャンボール=ミュジニーの風味だと、むしろ白身魚の焼いた料理などのほうが合ったかも知れませんね。
高橋:なるほど。
Y:表面的にパッと果実味が出るワインではないですからね。奥の風味の中に隠れている苔とか、よく言えばトリュフとかの香りのニュアンスが、肉というより海胆と合わせることによって表に出てきますが、もちろんこのような香りのニュアンスを好む人には問題ない合わせ方だと思います。このあたりは計算されたのですか?
高橋:お肉自体も醤油系の風味を控えるようにして、今日のお肉は味噌幽庵に漬けているのですけれど、僕はワインの果実味に関しては、できるだけまろやかになるように考えています。あまり果実味が出てしまうと料理のほうの表現が変わってきますので、料理のほうに重きをおく場合は果実味が控えめなワインを選び、白についてはデリケートな味に合わせるということが基本になりますので、ワインの香りを全体の風味の調和に利用するということをします。
Y:ただ最後のお料理は普段どおりの味付けですよね。あれは面白かったです。つまりワインを合わせても、料理もワインの風味も変わらない。
高橋:そうです、そうです。出汁のベース自体が鶏ガラと豚ですので、あえてワイン用にする必要もなく、例えば樽の香りのきいた白ワインでも合わせやすかったりします。そのあたりはお客様の楽しみ方で、どこをどのように楽しむかというのがポイントだと思います。フレンチで鴨肉の料理などを食べていて、少し甘めのソースに果実味のする赤ワインを合わせてくるというのはよくやることですが、僕自身はあの甘いソースに赤ワインは合わないと思っています。
Y:僕は、ワインと料理の相性っていうのは邪魔しなければそれでいいと思っています。ですから最後の料理とワインの相性がまったく影響しあうことなく、両方とも美味しいっていうのは理想のひとつだと思いますね。ただ、最初の3品はどれも違う「表情」で、それぞれが面白かったです。
高橋:割と得意な分野なもので(笑)。あの白子も焦げ臭がついていますからね。そのあたりで、どのラインで合わせるかということですね。白ワインの場合は香りというものとコクというものを合わせるようには努力していますけれど。
Y:今日のお献立は、普段「ワイン献立」といわれるものなのですか?
高橋:はい。そちらに入ります。鰹出汁を一切使わない献立ですね。僕は鰹の風味は合わないと思っていますので。
Y:やはり合わないと思われますか?
高橋:合わないと思いますね。
Y:僕は若いワインだと鰹出汁と合わないと思いますが、けっこう熟してひねてくると意外と合うと思います。
高橋:どういう組み合わせが考えられますかね?
Y:同じものでも熟してくると不思議な香りになるじゃないですか。熟成香っていうのが生じてきて、場合によると少し醤油に近い香りが出てきます。そういった香りって案外合うように思えます。
高橋:なるほど、ね。僕は鰹節は香りだと思っています。味で言いますと鯖節もありますけれど、鰹節との違いはやはり香りだと。ですから香りを主としてしまう料理に対して別の香りを合わせてくるというのがちょっとどうかな、ということがあるのです。
Y:なるほど。合わないって仰るのはそういう意味なのですね?
高橋:そういうことです。で、日本酒ですとその香りが割と合いますので、よりいっそう鰹の香りが引き立つということになると思います。これが白ワインの香りが入ってくるとあまりいい香りになりません。それで個人的にはあまり合わせたくない、ということなんです。後、酸ですね。酸が鰹の風味に合いませんね。邪魔になってえぐみが出てきます。
S:結局のところは日本料理とワインは十分に合うということですね。少しそれる質問なのですが、このシャンボール=ミュジニーは作り手がグロ氏であるということで選ばれたのですか?
高橋:え〜、いや、値段ですね(笑)。値段とブランドとのバランスですね。名前が売りやすくて、値段がそこそこというのが魅力ですね。
Y:わざわざ、グロ家のなかでもミシェル・グロ氏のワインにしたのはそのコスト・パフォーマンスですか?
高橋:そうです、ね(笑)。甲州ワインは合わせやすいので個人的な趣味で置いているのです。
全員:ほんとうに楽しかったです。
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今回の出会いを振り返って 自らソムリエの資格をとり、通常の献立の中に「ワイン献立」を立てているほどワイン好きの高橋氏の演出はさすがでした。この出会いを見る限り、日本料理には何の問題もなくワインを合わせられることがよく理解できました。後は確かに料理人の考え方次第なのでしょう。要は、伝統をしっかりと踏まえつつ、新たな食文化をオープンなマインドで見ることができる高橋氏のような料理人が、今後の日本料理のさらなる発展に欠かせないのかも知れません。料理というものの持つ可能性、そして、ワインというものの持つ可能性を再認識できた数時間でした。 |
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出会いの舞台
木乃婦
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