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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
息をひそめて待ち続けるシャスール
   まもなく今シーズンも終わりのフランスのジビエ。フランスの人口約6000万に対して160万人の狩猟人口がいると言われています。需要・供給共に年々減ってきているようですが、まだまだ季節になると、楽しみにしている食通たちのためにレストランのメニューに登場する根強い人気です。
   ジビエは野禽(ジビエ・ア・プリュムGibier à plume)と野獣(ジビエ・ア・ポワルGibier à poil)の2種類に分けられます。野禽には雉(フザンfaisin)、山うずら(ペルドローperdreau)、真鴨(コル=ヴェールcol-vert)、小鴨(サルセルsarcelle)、山しぎ(ベカスbécasse)などがいます。野獣はさらに大型野獣(グロ・ジビエGros gibier)と小型野獣(プティ・ジビエPetit gibier)に分類され、小動物には野兎(リエーヴルlièvre)や穴兎(ラパン・ド・ガレンヌlapin de garenne)などがおり、今回紹介するのは大型動物のシャモワchamois、イザールisard、セールcerf、ビッシュbîche、シュヴルイユchevreuil、サングリエsanglierなどです。


フランス語名 日本語名 特徴
シャモワ
chamois
イザール
isard
スイスレイヨウ(雄)
スイスレイヨウ(雄)
子どもはシュヴローchevreauと呼ばれる。 体長110〜135cm。体高75〜85cm。体重40〜50kg。雌はひとまわり小さく約30kg。15歳で年寄りの域に入り、平均寿命25歳。幼少期は耳よりも角が短く、4歳を過ぎると耳よりも長くなる。
シャモワはアルプス山脈、イザールはピレネー山脈の呼び名。性別の判断が付きにくいが、雄は力強く、三角形のシルエット。雌はほっそりしている。角は15cmの長さまで伸び、約70g。狩猟は難しく条件付きで許可され、売買は禁止されている。草食。
シェーヴル
chèvre
スイスレイヨウ(雌)
セール
cerf
アカシカ(雄) 6か月まではファオンfaon、1歳までは雄はエールhère、雌はビシェットbichette。1〜2歳までの雄はダゲdaguetと呼ばれる。
体長160〜260cm、体高75〜160cm、体重は雄150〜200kg、雌80〜110kg。平均寿命は15歳。最老で25歳。耳は細長く、雄にのみ角が生え、毎年生え代わるたびに枝の数を増やしていき、最大で130cmにもなるという。夏毛は赤褐色、冬は灰色がかった栗色。狩猟できる野獣の中では最も大きい。草食。
ビッシュ
biche
アカシカ(雌)
アカシカ(雌)
シュヴルイユ
chevreuil
ノロジカ(雄) 6か月まではファオンfaon、1歳まではシュヴリヤールchevrillard、2歳まではダゲdaguetと呼ばれる。体長95〜140cm、体高60〜90cm、体重は雄が15〜30kg、雌が約22kg。平均寿命は7〜8歳。長くとも15歳。夏毛は赤褐色、冬毛は濃い灰色。尾が短いのが特徴。草食。
シュヴレット
chevrette
ノロジカ(雌)
ノロジカ(雌)
サングリエ
sangrlier
イノシシ 3か月まではアン・リヴレen livréeと呼ばれ、狩りが禁止されている。6か月まではマルカッサンmarcassin、6か月から1歳まではベット・ルッスbête rousse、1歳からはベット・ド・コンパニbête de compagnie、2歳になるとラゴragot、3歳ティエー=ザンtier-ans、4歳カルトゥニエquartenier、と年齢によって呼び方が変わる。体長は90〜180cm、体高55〜110cm、体重50〜150kg。雌は80〜90kg。平均寿命は15歳だが30歳まで生きられると言われている。毛が黒く、すばっしこいので、仕留めるにはテクニックが要求される。性別の判断が難しく、仕留めた後、生殖器で判断することが多い。肉食。

狩猟免許証   狩猟免許証

狩猟免許証

   さて、狩りをするには? まず、狩猟免許(ル・ペルミ・ド・シャセLe permis de chasser)を取得しなければなりません。試験は筆記と実技と2段階あり、筆記はジビエの動物について、それぞれの特徴や生息する地域など知識が重要視されます。16歳から受験できるテストですが、年々難しくなってきているそうです。また、両親や親戚などが既に免許を持っている場合は問題ないのですが、なんの伝もなく新たに挑む場合は別の手間がかかるそうです。信用問題といったところでしょう。
   その後の実技テストでは空弾を使い、陶器のお皿を的に見立ててのシュミレーションテストです。7枚のうち2枚の赤いお皿があり、この赤いお皿は撃ってはいけません。また、落ち着いた行動を取れるかどうか、メンタル面も評価のうちに入ります。
   狩猟免許を取得すると野禽の狩猟をすることができますが、野獣の狩りをしたい場合は追加料金を払い、両方の狩りができるようにします。
狩猟用の銃 銃も弾も、購入時には狩猟免許書提示が必要   狩猟用の弾 獲物の大きさによって弾中の鉛の大きさも変わる

狩猟用の銃
銃も弾も、購入時には
狩猟免許書提示が必要

 

狩猟用の弾
獲物の大きさによって弾中の鉛の大きさも変わる

   これで免許は取得できましたが、まだ狩猟に出かれられるわけではありません。その年に狩猟をするための狩猟許可書(ラ・カルト・ド・シャスLa carte de chasse)という「場所代」を購入します。狩猟地域の広さによって支払う料金も違ってきます。狩猟場所は私有地と国有地があり、私有地の場合は土地の所有者に、国有の場合は狩猟する村に対して、場所代を払います。1シーズン通して何回も有効のもの、9日間か3日間1回のみ有効のものがあり、狩猟を行わない年には必要はないなど、それぞれのニーズに合ったものを選べるようです。
   他に、身の安全のための保険の加入や、狩猟に欠かせないフュジfusilと呼ばれる銃と弾が必要です。


  地域 特徴
私有地 フランス全土。新聞の広告にも不動産のように紹介されている。決められた狩猟地域(面積)を所有者か管理人に割り当て、その年の動物生息数やシャスール(狩人)の人数により、場所を割り当てる。 許可を取るのには公営に比べて費用が割高。都会に住んでいる人には狩猟地域が思うところを選べるので色々なシチュエーションが楽しめる。
獲物は売買が可能。
国有地 狩猟地域を1か2つの県が選べる。住居地あるいは出身地に限る。2つの県を選んだ場合は、その2県が隣合わさっていることが条件。 許可を取るのに費用が割安。
獲物は自身で賄う。

ジビエの解禁
   野獣に関してはノロジカは8月から解禁されるようですが、多くの動物はアルザス地方を除き9月の第2日曜日に解禁され、2月の初旬まで狩猟をすることができます。解禁後すぐの9月はまだ暑さが残る時期で、すぐに内臓が傷んでしまうというデメリットがあります。
蛍光色のものを身につけることが義務付けられている   チームの要 犬

蛍光色のものを身につける
ことが義務付けられている

 

チームの要 犬

   いよいよ狩猟の日。シャスール(狩人)たちは夜明け前に山中に入ります。野獣の場合はチームを組みます。少なくて3〜4人、平均で7〜8人、それぞれの役割(追い詰める・待ち構えるなど)を決めておきます。そして大事な役割を果たすのが犬です。人間よりも臭覚や聴覚が優れている犬は狙った獲物を探し続けます。中には、獲物を見つけたときに異なる反応をして、獲物の種類を区別する犬もいるそうです。
仕留められたイノシシ これからお腹を開く

仕留められたイノシシ
これからお腹を開く

特にイノシシはそのすばしっこさと、体毛が黒いことから探しにくいことで、シャスールの狙いはこのイノシシとされています。寒さの中ひたすら待つこと数時間……犬の鳴き声を合図に獲物を追い込んでいきます。森の中をどんどん追い詰めます。イノシシなど頭の真中に弾が命中すると跳ね返る場合もあるそうです。また、当たり所が悪いと実際に食するところが少なくなってしまうこともあります。お目当ての獲物を長時間、寒い中をじっと待ち続けたシャスールたちの喜びもひとしおです。
   しとめた獲物は引きずるか、おんぶをして下山し、狩猟協会に属する管理人に、日にち、場所、動物の種類、重さなど足につけたリングとの確認をしてもらいます。
   大きい獲物はチームの中で分配されます。先ほど述べた狩猟場所を私有地で行った場合はその後、業者やレストランに売ることもできます。
足につけられるリング。とらえた日付と県名が分かるようになっている

足につけられるリング。とらえた日付と
県名が分かるようになっている

   肉は最低でも10日間ほど寝かせ、このことをフザンダージュfaisandageと言います。こうすることによって、柔らかくなり、風味がよくなります。ではここからは解体に入ります。まず皮と身の間に身が傷つかないように切り込みを入れます。手首のこぶしを使って、剥いでいきます。そしてもも肉、背肉、肩肉、フィレなどに解体していきます。皮を剥いでいるときは鹿だったのに、解体して部位肉になると動物という生々しさが薄らいで、おいしそうな食肉に見えてきます。

シュヴリヤール(子ノロジカ)の解体 内臓を処理後、皮を剥ぐ   もも肉、背肉、フィレ、肩肉に分ける

シュヴリヤール(子ノロジカ)の解体
内臓を処理後、皮を剥ぐ

 

もも肉、背肉、フィレ、肩肉に分ける


   市場ではシーズンになると、肉屋のショーケースにジビエの肉が並びます。ジビエの肉は肉の色が濃いところから「黒い肉(ヴィヤンド・ノワールviande noire)」と表現されますが、肉によって特徴があります。

肉屋のショーケース シーズンにはジビエの肉が並ぶ   ジビエのテリーヌ   それぞれの肉の産地、シーズンが書かれている

肉屋のショーケース
シーズンにはジビエの肉が並ぶ

 

ジビエのテリーヌ

 

それぞれの肉の産地、
シーズンが書かれている


  肉色 肉質
シャモワ
イザール
黒い パサパサしている
セール
ビッシュ
赤い 牛肉に似ている
シュヴルイユ
シュヴレット
赤と黒の中間色 独特のくせや風味がある
サングリエ
子どもの頃はピンク色
豚肉に似ている

ノロジカの背肉(左)ともも肉   イノシシのもも肉(左)と背肉

ノロジカの背肉(左)ともも肉

 

イノシシのもも肉(左)と背肉


   大型のジビエ肉の調理法は、牛肉や豚肉と大きな違いはありませんが、調理の前にマリネといって、赤ワインや香味野菜などと一緒に漬け込んでおきます。首肉、肩肉、胸肉は煮込みに、背肉やフィレ肉はローストやソテーにして、好みによりますが、中心をロゼといわれる(ミディアム・レア)の状態で食べられることが多いです。また、独特の肉質には甘味と酸味のあるグロゼイユやカシス、季節の洋梨や栗、アクセントのある香辛料が合うといわれています。ソースにはマリネの液体を使い、こしょうの効いたソース・ポワヴラードsauce poivradeや、それをベースにグロゼイユのジュレを加えたソース・グラン=ヴヌールsauce grand-veneurがジビエ料理の代表的なものです。

   大型ジビエには様々な種類がありますが、今回はイノシシ料理を写真で紹介します。

イノシシのテリーヌ   子イノシシのロースト、ソース・ポワヴラード

イノシシのテリーヌ

 

子イノシシのロースト、
ソース・ポワヴラード

     
イノシシの煮込み   イノシシのもも肉のロースト

イノシシの煮込み

 

イノシシのもも肉のロースト


   今シーズンのジビエは間もなく終わってしまいますが、フランス料理の秋冬の風物詩「ジビエ」。最初は独特の風味から敬遠しがちですが、日本でもメジャーになってきている今日。作るのは難しいかもしれませんが、ぜひレストランに出かけられてみてはいかがでしょうか?
   最後に、ジビエの取材は免許を取得していないと難しいのですが、シャスールであるフランス・エスコフィエ校のコアール先生に協力していただきました。取材を通じて知れば知るほど、まだまだ知らないことが沢山あることがわかり、ますます興味がわいてきました。



 

コラム担当

エスコフィエ鴨のアイドル
人物 高橋 晶子
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