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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
マスタードはフランス料理の名脇役
ボーヌの町並み

ボーヌの町並み

広がるブドウ畑

広がるブドウ畑

  フランス東部に位置するブルゴーニュは古くから良質なワインの産地として知られ、その中でもディジョン(Dijon)からボーヌ(Beaune)にかけては、ブドウの収穫を終えた晩秋の頃にブドウ畑が黄金色に色付くことからコート・ドール(黄金の丘陵)と名が付けられています。ブルゴーニュの中心に位置するディジョンはパリから車で約3時間の場所にあり、かつてブルゴーニュ公国がオランダまで勢力を広げていた時代、外国とのいろいろな交流が盛んに行われ、芸術、科学、学問が発展しました。今もその当時の歴史的建造物が数多く残った街です。
  さてディジョンの有名なものと言えばそう、マスタードですね。ディジョンマスタード(moutarde de Dijon)と呼ばれる伝統的なマスタードは強い風味を持ち、フランス料理には欠かせない調味料の一つです。なぜこのディジョンでマスタードの生産が盛んになったのか?ディジョンのあるブルゴーニュ地方はちょっと街を離れると広大なブドウ畑が広がっています。もちろんこの畑から収穫されたブドウからは良質のワインが生産されますが、もう一つお酢(ワインヴィネガー)も生産されるのです。このワインヴィネガーがマスタードを作る上で最も重要な材料の一つとなります。ディジョンマスタードといっても、現在ではほとんどがディジョン近郊に工場を持つ「マイユ」「ファロ」「レーヌ・ド・ディジョン」「テメレール」の4社などが知られています。
ディジョンマスタード ファロ社 ブラックマスタードシード

ディジョンマスタード

ファロ社

ブラックマスタードシード

  マスタードは香辛料の一つでクロガラシ(ブラックマスタード)またはチャガラシ(ブラウンマスタード)の種子(マスタードシード)をすりつぶしてワインヴィネガーを加えペースト状にしたものを言います。ディジョンマスタードとは、ブラックマスタードシードのみ、もしくは油分を除いていないブラウンマスタードシードを粉砕、ろ過して作られたマスタードのみに適用される名前です(このディジョンマスタードという名称を保護するためにフランスでは1973年に法律が制定され、原料や使用する液体の種類などに厳しい規定がされています)。さらに伝統的なディジョンマスタードは「ヴェルジュ」(ヴェル→緑 ジュ→汁)と呼ばれる熟していないブドウの汁をマスタードシードを粉砕する際に加えて作られます。これを加えることによって、まろやかな風味のマスタードを作ることが出来るそうです。
昔使われていた石臼

昔使われていた石臼

  日本ではマスタードと言えば「マイユ」社のものが一番有名かも知れませんね。今回ご紹介いたしますのは「ファロ」(Fallot)社。私が今、勤務しているフランス・レクレール校でもこの「ファロ」社のマスタードを使用しています。創業が1840年と古く、フランスでミシュランの星を獲得しているレストランの多くのシェフが愛用しているマスタードの一つです。「ファロ」社のマスタードの特徴の一つにマスタードシードを粉砕する際に、近年では機械化が進む中でも、昔ながらの石臼を使用し製造していることがあげられます。なぜ機械を使わずに石臼を使うのかを聞いてみたところ、マスタードシードを粉砕する際に大切なのは、温度を上げないことだそうです。機械で大量に粉砕する際に、摩擦熱などでどうしても温度が上がってしまい、マスタードの持つ、辛み、香り、色、つやが損なわれてしまいます。それを防ぐために「ファロ」社では石臼を使い、温度を30度以下に保ちながらマスタード本来の辛み、香り、色、つやを最大限に引き出す製造方法を取っています。そのため機械化された他社での1時間あたりの生産量を「ファロ」社では一日がかりでしか生産できないとのことでした。
  この原料のマスタードシードの大半は、近年ではカナダからの輸入によるものを使っていますが、「ファロ」社ではさらに昔ながらのディジョンマスタードに近づけるために、マスタードシードの栽培にも取り組んでいます。そして、年間に生産するマスタードの50%以上を世界各国、主にアメリカ、カナダ、シンガポール、香港、そして日本に輸出しています。マスタードと聞くと黄色の物を想像すると思いますが、フランスではさまざまな香りと色のマスタードを見ることが出来ます。マスタードシードの入った粒マスタード、バジルやエストラゴン風味のマスタード、緑コショウを使ったマスタード、蜂蜜とバルサミコ酢を使ったもの、ディジョン地方名物のパン・デピス(pain d’épices)の風味をつけたものなどヴァラエティに富んでいます。それぞれのマスタードが独特の風味を持ち、料理のアクセントとして使われています。今回いろいろな風味のマスタードを料理と一緒に試食しましたが、中でも私のお気に入りはカシス風味のマスタードです。これを「ブーダン」(豚の血を混ぜて作ったフランスのソーセージ)につけて食べると、カシスの持つ酸味とフルーティーな甘みがブーダンの持つ独特の香りと相性がピッタリでした! 日本でもインターネットや大手百貨店などで風味の違うマスタードを入手することが出来るようです。
左からバジル風味とカシス風味 手作りマスタード体験 陶器や缶に入ったマスタード

左からバジル風味とカシス風味

手作りマスタード体験

陶器や缶に入ったマスタード

  今回取材した「ファロ」社では残念ながら製造工場は見学できませんでしたが、昔使っていたマスタード製造のための機具や、マスタードの歴史を知ることの出来るビデオ上映、小さな石臼を使っての手作りマスタードの体験できる見学コースがあります。この手作りマスタード、家庭でも楽しんでみるのはいかがですか! 材料はいたってシンプル。マスタードシード、ヴィネガー、塩、この3つです。家庭にあるすり鉢のようなものにマスタードシード、塩を入れます。そこにヴィネガーを少しずつ加えながら、すり潰していきペースト状になれば完成です。ヴィネガーの種類を変えたり、香草などを加えていろいろな風味のマスタードを作ってみるのも楽しいかも知れませんね。



コラム担当

Caliente
人物 桐明 美香
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