辻調塾in代官山蔦屋書店:第2回トークイベント「今だから、辻静雄の話をしよう!《うまいもの事典》」
9月15日に開催された復刊記念のトークイベント、
第2回 辻調塾in代官山蔦屋書店 「今だから、辻静雄の話をしよう!」は
フランス料理店「ル・マンジュ・トゥー」のオーナーシェフ谷昇さんと、
料理通信編集長・君島 佐和子さんをお迎えしました。
8月より、毎月1冊ずつ復刊されている辻静雄ライブラリーの2巻目は、
『うまいもの事典―これが世界最高の味だ』。
内容は「うまいもの事典」にとどまることなく、
「フランス料理の学び方」や「フランス料理 理論と実際」などにもおよび、貴重なお話を伺うことができました。
谷さんは、第3回辻静雄食文化賞の専門技術者賞を受賞、
君島さんは辻静雄食文化賞の選考委員ということでどちらも辻調グループとは縁の深いお二人。
まず最初に、辻静雄の略歴を紹介、生前のインタビューVTRが流れました。
谷さんは、辻静雄の本をよく読んでいらっしゃるということで、
君島さんより最初の一冊について尋ねられると、「フランス料理の学び方」をあげられました。
1972年にこの世界に入った当時、辻静雄のことは知らなかったという谷さん。
料理は、自分で考えなければ自分の料理なんて作り上げられない。
昨今は、一人の料理人がでてくると、料理も右向け右。
それがスタンダードになっていく。そのこわさを理解していない人が多い。
僕は、数冊の技術書を買ったが、同じ料理ひろげて並べても、作り方がすべて違っていて、
どれから始めればいいのかまったくわからない。
そんなときに出会ったのが「フランス料理の学び方」だったといいます。
「まず、料理の写真が載っていないのが、センセーショナル。文章を読んで理解しなければいけない。
これは、やばい世界に足をつっこんだと思いましたね。相当やらなきゃいけないと思いました。
この本からそれを学びとりました。それから辻静雄が師匠となり、
他の本を読んでも理解できるサジェスチョンを与えてくれました。」
もともと、歴史に興味があるという谷さんは、日本人には(フランス料理の)戻る場所がないとおっしゃいました。
日本人の持つうまみと、欧米の人たちが持つうまみは、まったく異なるもの。
DNAにきざまれれたものは、私たち日本人には、決して到達することはない。
だからこそ、私たちは何を学べばいいのか、どこに帰るべきなのか。
それを、この本から学びとったと。
また、「フランス料理の学び方」は、料理とは奥深く、おもしろい。
そして自分のやっていることは大したことではないということを示唆してくれた。
僕は、辻静雄の本を読みすぎていて、具体的な印象に残るフレーズがない。という谷さん。
「タイトル自体が僕にとっては、ヌーベルキュイジーヌであった」。
辻静雄の著書の中に「フランス料理 理論と実際」があるが、
「理論」としたときには、「実践」とくることが多い中、このタイトルは「実際」という言葉を使っていることに、
はじめは不思議な印象を受けたと話す君島さん。
しかし、読んでみて、自分の取材体験を振り返っても、
ここまで料理の技術を一つひとつ言語化してくれるケースはまずない。
特に料理人の方は、体にたたきこまれているので、無意識にやっていて言語化されることが少なく、
この本の中では、見事に言語化されていて、これを読んでなるほど、これは理論だと感じた。
また、辻静雄が実際に、フランスを見てまわり、体験したその有様は、なるほどこれは実際だと思った。
料理が、土地や気候風土、民族という環境が存在し、その中で生まれてくるものが料理であって、
個人の料理は、その先にあるということ、
その環境が生み出した実際の有様というものが存在しているのが料理なんだいうことを、
教えてもらった本でしたと、君島さんはおっしゃいました。
谷さんは、辻静雄の時代には、情報を文章化することが唯一の伝播方法であり、
当時の日本には(フランス料理の)実際がなかった。
だから、文章化しないと偽物ばかりが広まってしまう時代だったことを考えると、
辻静雄自身、自分が後進のために残せるものが何かを
常に自問自答していたのではないかと思うと話し、
君島さんは、自分の仕事に照らして、技術を知って食べることの重要性を感じていることを、
「料理に究極なし」の一文を引用し、また辻静雄がそういう姿勢で料理で向き合っていたことに感銘を受けたと話しました。
また、君島さんは、今のフェイスブックをみていると
日常のプライベートな情報が「情報」とされ、「情報」の質への危惧を抱く中、
辻静雄は圧倒的に自分とはおよそ関係のない「情報」を書いていて、
これは本を開いて読まない限り得られない「情報」であり、
関連してフランス人の記録に残す意識が強いというエピソードも紹介。
また君島さんのフランス料理人としての谷さんへの信頼の背景には、
谷さんが経験だけではなく、歴史や原書にあたって理解されていることをあげ、
谷さん自身は、歴史を理解することが自分を謙虚にしてくれる。
と言葉を添えられました。
谷さんは、最後に「おいしいもの事典」についてふれ、
知らないことを知る楽しさを教えてくれた本だと評し、
谷さん自身、自分でも本を執筆する側として、本の最後に書かれている
「何刷」を気にしているとのこと。
「おいしいもの事典」は、1976年3月31日初版発行、4月30日9版発行。
これは当時、どれだけ世の中が辻静雄の情報に飢えていたかがわかる。
と締めくくりました。
最後に辻芳樹校長からの質問、「これからの若い料理人の持つべき基礎とは」という問いに、
谷さんは「えらい人になるのではなく、すごい人になれ。技能と技術をあわせもつ料理人に。
若い人たちには、もっと熱き心を持って現場に来てほしい。決めたのは自分自身だから。」
と、答えました。