ヤニック・アレノ「Hotel Le Meurice」総料理長[第3回]
聞き手:柴田泉氏(月刊「専門料理」編集長)
●では、料理そのものについての質問をさせていただきます。仕事がら今までインタビューさせていただいた料理人の方々に「料理にとって何が最も大切だと思いますか」という問いを投げかけてみますと、ある料理人さんは「素材と加熱と味付け」だと答えられ、また別の料理人さんはそこに「ソース」を加えます。アレノさんの場合、この質問にはどのように答えられますか?
私は料理にとって一番重要なことは目に見えないことだと思っています。それはさまざまなディテールが集積されたものです。もちろんこれらの集積はお客様には見えません。
●「ディテール」と仰るのは具体的にはどのようなことなのでしょう?
例えば厨房にモリーユ茸が入荷されたとします。料理人はひとつひとつをしっかりと検品し、選んだモリーユ茸をしっかりと洗い、正確に下処理し、ていねいに火通しします。こういった作業はお客様は見ることができませんが、料理から感じとることはできます。厨房における日常のすべての動作、すべてのジュ、すべてのソース等々がとても大切なディテールです。私はこれらのディテールこそが他の店との差異化の最も大きな要因だと考えています。
入荷されたモリーユ茸の香りを嗅ぎ、このジロール茸にはほのかにアブリコットの香りがあるので、アブリコットと合わせてみよう、とかいう風味の探求の跡というのは料理の中に明白に表現されるものです。そして、それをお客様は感じ取るのです。でも、私にとって最も重要なことはその熟考のプロセスにあるのです。
●確かに今仰ったことはアレノさんの料理に表れていると思います。そこですごく具体的な質問になりますが、例えば先ほど作られた"鳩胸肉のチョコレート風味"におけるサクランボ、セロリ、レモン皮、ココアと鳩の内臓とかいうパーツ(ガルニチュールの)組み合わせがとても独創的だと思いました。こういう組み合わせの発想の源はどのあたりにあるのでしょうか?
ひとつの料理を説明することは難しいことです。その料理が発想され、創られていく場に居合わせないとなかなかうまく説明できません。
この料理の場合は、まず、チョコレート風味の料理を作りたかったということがあり、最初にベースになる風味を味わって、その風味に基づいてガルニチュールには何が合うか、風味のバランス、コントラストなどを考えるわけです。最終的に決まるまでは数十回も試作をし、微妙な調整を何度もする必要があります。もちろん提供した結果、お客様に不人気ということもありえます。
●とても手間をかけられている料理ですが、グラン・ムニュの内容は年4回ぐらい変えますよね?それぞれでアントレ、魚介、肉などで何種類ぐらい提供されているのですか?
アントレが6種類、5~6種類の魚介類、5~8種類の肉料理、これはジビエなどの季節では入手できるジビエの数によって異なります。6種類のデザート、それからいわゆる"ムニュMenu"ですね。全部で約30種類ぐらいですか。昨年はだいたい100種類の料理、デザートを提供しました。
●これだけ繊細な風味の組み合わせで料理100品作る発想の源、例えば日本が好きだし、旅行が好きだ、と仰っていましたが他に何かこれがヒントになったというものがあれば教えていただけますか?
沢山あります。まずはお客様を喜ばせたいという気持ちがあります。それから自分のチームに多くのことをしっかりと伝えたいという気持ちがあります。
インスピレーションを得るのは例えば旅行もそうですし、自分の肉体的、精神的な状態もあります。また散策している時にふと鼻先に漂う香り等々からのこともあります。
例えば昨年、ボーリュー・シュール・メール(南仏のリゾート地)で、散歩していたらイチジクのいい香りが漂ってきました。私は足をとめてその香りをしっかりと嗅ぎ、分析しました。そして、イチジクを用いた料理をすごく食べたくなったのです。こういうことは頻繁にあります。要はいつも注意深くあるということです。
●チームの人たちにいろいろ伝えることもとても大切な作業だとは思うのですが、どのような説明をされるのでしょうか?
新しい料理を作成する時に関して言えば、これはチームとの共同作業ですよね。そこにチームがいて、みんなが味わって、意見を言い合ってその料理を完成させていきます。時には一番新米のスタッフにも意見を述べる機会を作ることもあります。彼らから「なるほど、そんなことは考えなかったよ」っていうような意見が出ることがあるのです。
●では料理を考える段階から共同作業ということはあるのですか?
新しい料理はいつ頭に浮かんでくるかわかりません。眠ろうとしているときに浮かぶこともあれば、朝、起きた瞬間に浮かぶこともあります。あるいは夏のヴァカンスを、海辺で過ごす時間を想像して浮かぶこともあります。特別な決まりはありません。
●今までの料理の中に"スペシャリテ"はいくつもあると思うのですが、代表的なものはなんですか、と聞かれたらなんと答えられますか?
私はいわゆる"スペシャリテ"と呼ばれる概念に入りこむことをできるだけ避けるようにしています。この概念に入り込んでしまうと「この料理人はこの料理しか作らない」ってことになってしまいます。ですから私は自分の"スペシャリテ"を語ることはしたくないのです。現在40歳ですので、50歳ぐらいになればこれが私の"スペシャリテ"だって言うことにします(笑)。
Hotel Le Meurice
228, rue Rivoli
75001 Paris, FRANCE
+33.01.44.58.10.55
ヤニック・アレノ氏<シェフズ・インタビュー>第4回目は、4月6日更新予定です。
お楽しみに!